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佐伯勇樹(3)回想・その1


去年の4月1日、橘さんが俺たちの職場に来た。






「橘 春香です。よろしくお願いします。」


課長の隣であいさつしている女性は、小柄で真面目そうな人だった。


優秀だと事前に聞いていたから、なるほど、と思った。


席は俺の向かい。


仕事を教えることにもなっている。


情報どおりなら、仕事を教えるのは、それほど大変ではないだろう。


席を指示されてこちらにやって来ると、コバちゃんがすぐに自己紹介をして、そのまま椚さんを紹介している。


中学の同級生?


ずいぶん昔の知り合いだな。


そんなこと言われても、迷惑かも知れないのに・・・と、思ったら、橘さんが思い出したらしく、椚さんに言った。


「ああ!あの椚くん!」


椚さんに“くん”付け!?


ちょっと引くよって思った次に聞こえた言葉は、


「大きくなったわねえ。」


だった。


コバちゃんが吹き出して、俺も笑いをこらえるのに苦労した・・・。


なんだか、ちょっと変わってる人かな?


係長が仕事の引き継ぎの話をしたので、俺が自己紹介をすると、橘さんはこっちを見た。


俺を見ると驚いた顔をして――これはよくあることだ――そのあと、ちょっと困った顔をした。


「よろしくお願いします。」


と彼女は言ったけれど、顔を上げても俺を見ようとはしなかった。


俺、雰囲気悪かった?


今まで、女性からあんな態度をとられたことはなかった・・・と思う。


たいていの人が驚いたあと、そのままぼうっとしているか、嬉しそうな顔をする。


うぬぼれだって言われるかもしれないけど、もうこれは仕方のないことだ。


容姿を褒められるのは中学生くらいのころからしょっちゅうで、初めからずっと嫌なことだったけれど、大学生になってからはあきらめの境地に達した。


うちの両親はしつけに厳しかったから、他人に礼儀正しくするように教えられていた。そのおかげで、本当に親しい人以外に、不機嫌な顔を見せることなどできなかった。そのうえ、この外見のせいで他人に誤解されることも多く、その警戒心から、周囲の人の反応や感情の変化には敏感になった。


常にきちんと、適度に親切そうで、でも馴れ馴れしくなく。


それが、初対面の人に対する俺の接し方。


なのに、困った顔をされた。


嫌われるようなことはしてないはずなのに・・・。


けっこう傷ついた。


椚さんに、中学のときはどんな人だったのか尋ねてみても、優等生だったという答えしか返って来なかった。






そんなことを気にしていても仕方がないと気持ちを切り替えて仕事に戻る。


橘さんが戻って来たけれど、どうしたらいいのか分からなくて自分の仕事を続けていたら、彼女から声をかけられた。


「お忙しいところ申し訳ないのですが、引き継ぎはいつごろお願いできますか? それまでに見ておく資料とかありますか?」


・・・話し方が堅い。


初対面で緊張しているのだろうけれど、なんだか丁寧過ぎるような気がするのは考え過ぎだろうか。


落ち着かない気分のまま、引き継ぎのためにまとめてあった資料を取り出して渡す。


「今日と明日は手が離せないので、今はこれを見ておいてください。引き継ぎはあさってにしましょう。」


自分の言い方が少し冷たいような気がした。


「それと、なるべく早く、電話に出られるようになってくれるとありがたいです。」


厳しいかもしれないけど、別に意地悪で言ってるわけじゃないぞ!


なんとなく、心の中で言い訳しながら言うと、橘さんは


「がんばります。」


と緊張した声で言った。


それからは一言も俺に話しかけることはなく、終業時間まで熱心に資料を見ていた。






夜、コバちゃんが内輪で歓迎会をしようと言い、仕事をもう少し片付けたかった俺はあとから参加した。


俺が行くと、橘さんとコバちゃんと椚さんは、だいぶ打ち解けた雰囲気になっていた。コバちゃんの明るい性格が、こういうときには役に立つ。


俺が到着しても、その雰囲気は変わらなかったようだけど、橘さんは俺にはあくまでも礼儀正しいだけだった。


そして、少したったころ、橘さんは先に帰って行った。


コバちゃんが、俺が行くまでの間に交わされた話を面白可笑しく話してくれた。


それを聞いていると、ますます俺に対する態度と、2人に対する態度が違うと思えてきた。


コバちゃんは女性同士だし、椚さんは14年ぶりとはいえ同級生だったわけなんだけど・・・。


なんとなく、引き継ぎをするのが不安になってくる。







ここから1年間の回想に入ります。


気分転換のつもりでお付き合いくださいませ。

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