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“ファンの集い”(2)



開始予定の40分くらい前にレストランに着いた。


部屋の様子を見せてもらって、荷物部屋や化粧室を案内してもらった。


外階段から上がってドアを入ったところが小さいロビーになっていて、廊下の隅にはソファも並べてある。


荷物を置いて、お店の人とメニューの確認をしてから、橘さんはお化粧を直すと言って出て行った。


俺は時間をもてあまして廊下をブラブラする。


佐伯とコバちゃんは、なるべくギリギリに来ると言っていた。


みんながそろっている部屋に2人一緒に入ってきたりしたら、きっと芸能人のカップルみたいに見えるだろうな。大騒ぎになりそうだ。





最初に到着したのは西村と何人かの男子社員だった。あとから3人来ると言う。


荷物部屋を教えて、会場に入っていてもらう。


西村は廊下に出てきて、俺と一緒に案内役を買って出てくれた。


「河野さんたちはみんなでまとまって来るって。身支度に時間がかかりそうだったから、たぶんギリギリになるよ。」


どうやら伝言を頼まれて来たらしい。


女の子たちの身支度って、いったいどれくらいのことなのかよくわからない。


そういえば、橘さんは?


化粧室の方を振り返ると、橘さんが歩いてくるところだった。


俺の隣に立っている西村に気付いたようだ。


「西村さん!こんにちは!」


と声をかけた。


突然、女性の声で呼びかけられて、西村は驚いたらしい。飛び上がるような勢いで振り向いた。


「橘さん?」


さらにびっくりして目を丸くしている。


「お久しぶりです。」


とお辞儀をする橘さんに、慌ててあいさつを返している。


「な、なんで?今日?」


すごい慌てようだ。そりゃそうか。


「小林さんの付き添いなんです。女性の知り合いがいないと不安だからって頼まれて。」


「そ、そうなんですか。」


あー、すごい汗だ。大丈夫か、西村。


「今日は小林さんとたくさん話してくださいね。彼女、すごくいい子なので。」


「は、はい。」


西村が少し気の毒になり、「ちょっとの間、ここ頼む。」と頼んで、橘さんを連れてそこを離れた。


化粧室の手前に、もとは電話スペースだったらしいくぼみがあったので、そこに橘さんを連れて行く。


「西村さん、緊張してた?」


やっぱり。橘さんは気付いてないんだ。


「去年の秋に会ったとき、西村が橘さんに何を言おうとしてたかはわかってる?」


彼女はさっと頬を赤くした。


「・・・たぶん。」


この様子だと、それはちゃんと理解しているらしい。


「で、この前、橘さんが俺と結婚することを知って、今日はコバちゃん目当てで来てる。」


「うん。そうだね。」


ここまでの話で、わからないかな?


「告白しようと思っていた相手を前にして、ダメだったから次を狙ってるなんて、ばつが悪いじゃないか。」


「ああ、そうなんだ。別に浮気したわけじゃないんだから、そんなこと気にしなくていいのにね。」


橘さんは気にしないんだろうけど。


「じゃあ、やっぱりわたしは目立たないようにしてないとね。」


そうだね。





華やかな笑い声が聞こえる。女の子たちが到着したらしい。


くぼみから顔を出すと、西村が荷物部屋を指示しているのが見えた。


みんなコートを着ていて服装はわからなかったけど、靴は全員、信じられないようなハイヒールだった!


「気合い入ってるねぇ。」


橘さんも顔を出して見ている。


女性陣が荷物部屋へ消えたあと、俺と橘さんは西村のところに戻った。


開始予定時間まで、あと10分。


男性3人もさっき来たと西村が言うので、彼にも部屋に入ってもらうことにした。


あとはコバちゃんと佐伯が到着するのを待つだけだ。


橘さんとソファに座って、2人を待つ。


ん?何か、会場が騒がしいような・・・?


「ちょっと見てくる。」


橘さんをそこに残して会場へ行ってみると、1組の男女が言い争いをしていた。女性の方は俺の同期の渡辺さんで、男の方は人事課の林さんだ。


そばにいた河野さんに尋ねる。


「どうやらあの2人、付き合ってたらしいんだけど、お互いに相手に秘密にして今日の会に来たらしくて。付き合ってるのも、社内では秘密だったみたいで、誰も気付かなかったの。」


河野さんも、参加者を抽選までして決めた手前、苦い顔をしている。本気の人もたくさんいたようだったから。


そんな周囲の様子にはお構いなしに、2人は相手のことを非難している。


俺から見たら、お互い様だと思うけどな。


「椚くん。」


うしろから橘さんが呼んでいる。


「佐伯さんとコバちゃんが来たよ。今、荷物を置きに行ってる。どうしたの、あの2人?」


と言い争っている2人を見る。


「付き合ってるらしいけど、お互いに内緒にして、この会に来たんだって。」


「あらら。」


みんなおろおろと2人を取り巻いている。どうしたらいいかわからない。


「あれ?あの子知ってる。わたし、行ってくるね。」


そう言うと、橘さんは俺の横をすり抜けて、渡辺さんの方に足早に近づいた。


「美樹ちゃん!どうしたの?」


渡辺さんは、はっとして橘さんの方を見た。


「橘さん!」


2人を取り巻いていた今日の参加者全員の間に、おどろきが広がった。


最近のうわさで彼女の名前を耳にしている人が多かったうえに、1年ぶりの登場だ。


しかも、騒ぎの中心にいきなり出てきたんだから、これ以上劇的な登場のしかたはなかったんじゃないだろうか。


一瞬ののち、渡辺さんが橘さんに抱きついた。と、思ったとたん、大きな声で泣きだした。


「ちょっと出よう。」


そう言って、橘さんが渡辺さんを部屋から連れ出す。


すれ違いざま、俺に一緒に来るようにと目配せをしたので、扉を閉めてついて行った。


橘さんは渡辺さんをソファに座らせて、落ち着かせようとしている。そこへ林さんが、申し訳なさそうにやって来る。


コバちゃんと佐伯が荷物部屋から出てきた。2人とも、まるで雑誌から出てきたみたいだ。


「どうしたの?」


コバちゃんが俺に尋ねる。


「ちょっと手違いでケンカがあって。」


「すみません。」


林さんが謝っている。


「ごめんなさい。それはもういいんです。」


渡辺さんがあわてて立ち上がる。それにつられて橘さんも。


「泣いたのはそっちじゃなくて、橘さんに会えたから、なんです。」


え?どういうこと?


「私、橘さんの隣の係で、新人のときからずっと仲良くしていただいてたんです。でも、一昨年の暮れにあんなことがあって、橘さん、すごく辛そうで。」


そう言って、また泣きそうになる。


「異動でいなくなってしまってからもずっと気がかりだったんですけど、私からは連絡しにくくて。そうしたら、」


と、橘さんの方を見た。


「まさか、ここで会えるとは思ってなくて。」


橘さんも感動したらしくて目を潤ませている。俺も、橘さんのことを心配してくれた人がいたことが、とても嬉しかった。


「ごめんね。連絡しなくて。心配してくれてありがとう。」


そう言って、渡辺さんの手を取る。


「橘さん、指輪?」


「あ。うん。」


橘さんが一瞬、俺を見る。そして、ちょっと小さい声になって。


「椚くんにもらったの。」


「じゃあ、あのうわさ、本当なんですね!よかった!」


渡辺さんは、また橘さんに抱きついた。


「いつ渡したの?」


コバちゃんが俺をつつく。


「さっき。」


「この会で発表ってことですか?」


佐伯が残念そうな顔で言う。やった!佐伯に勝った気がする。


「発表ってほどじゃないけど、気付いた人にはそうだよって言うつもり。」


「椚。どんな様子?」


声が聞こえて振り向くと、西村が様子を見に出てきた。そして、そのまま唖然とする。コバちゃんと佐伯を見て、何も言えなくなったらしい。


「大丈夫。今、行く。」


渡辺さんは、急かされて化粧を直しに行った。戻って来たところで、佐伯が彼女をエスコートして部屋へ連れて行く。


コバちゃんは西村に・・・と思ったら、西村は「絶対無理!」と怖気づいてしまったので、林さんに頼んだ。


部屋の中から悲鳴が聞こえる。悲鳴と言っても、恐ろしいことがあったわけじゃないのは確かだ。






* −−−− * −−−− * −−−− * −−−− * −−−− *




橘 春香




ほかの人に、椚くんとのことを喜んでもらえるのって、すごく嬉しい!


さて、今日の会はどんなことになるのかな?


コバちゃんにも素敵な人が見つかるといいけど。







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