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2週目



(たちばな)さんが職場になじんできて、みんなのペースが戻ってきた。


出張の行くときと戻ったときの


「いってらっしゃーい。」



「おかえりなさーい。」


の橘さんの声が、事務所の雰囲気全体をなごやかにしたように感じる。


隣の係は技術系の男職場だけど、わざわざこっちに向かって


「じゃ、行ってくるから。」


という人もいるほどだ。


まだ短い期間なのに、彼女のその声が聞こえないと違和感を覚える。


橘さんは自然なあいさつのつもりのようで、何の気負いもない。





仕事は、やっぱりよくできる。


金子さんが担当していたのは、いろいろな調査などのデータ入力と俺たちみんなの業務管理、書類作成など、全員とつながりのある仕事だ。


橘さんは最初のうちこそ佐伯(さえき)に助けを求めていたが、最近はひとりでパソコンとにらめっこしている時間が増えた。


昨日頼んだ書類は、予想外の早さで完成して戻ってきた。


入力が速くて、チェックもしっかりできていて、画面を見ながら


「あれー。また違ってる。」


とは言っているけれど、できあがった書類には間違いがほとんどない。


感心して褒めたら、


「子どもの頃、そろばんをやっていたから、何かを見ながら作業するのが得意なのかも。」


だって。それだけじゃないと思うけど。





4月も下旬に入ったころ、コバちゃんの誘いで橘さん、佐伯、俺の4人で一杯やることになった。


「春香さんの仕事が順調なことに、カンパーイ!」


コバちゃんの音頭に橘さんは


「何もかも、佐伯さんの引き継ぎがわかりやすかったおかげです。ありがとうございました。」


と、佐伯に頭をさげた。


ちなみに、橘さんを「春香さん」と呼ぶのはコバちゃんと岩さんだけ。岩さんは「春香ちゃん」だけど。


佐伯は(モテるから自然と警戒していて)女性に対して、誤解させるような馴れ馴れしい態度はとらない。


俺は・・・中学のときの彼女のイメージから抜けきれなくて。相変わらず「僕」だし、敬語。


そういえば、橘さんは佐伯には敬語で俺には友達口調だよね。その差はどこから?


「なんか、(くぬぎ)くんは中学のときのイメージが抜けなくて。ちょっと・・・その、・・・頼りない・・・っていうか。」


控えめのつもりかもしれないけど、けっこうズバリと言ってると思うよ。


佐伯もコバちゃんも爆笑してるし。


「だってね、隣の席になったことがあって、よく消しゴム貸したり、シャー芯あげたりしたじゃない?」


そういえば、そうだっけ。


「委員会が一緒になったときは、クラスへの伝達事項とか、ちっともやってくれなかったし。」


スミマセン。


それにしても二人とも同じ理由だとは、恐るべし、第一印象。




しばらくたって、コバちゃんから質問。


「春香さんは、彼氏はいるんですか?」


ずいぶん単刀直入だけど、こういうところがコバちゃんらしい。


橘さんは「あら」っていう顔をして笑った。


「実はね、去年の暮れに別れたの。3年くらいつきあってたんだけど。」


そんなこと、正直に言わなくてもいいのに!逆に俺が焦る。


「同じ会社の人で、オープンでつきあっていたから、前の職場でもみんな知ってるし。みんなも、同期会とかで聞くかもしれないよ。」


と言って、サラッと話してくれた。





3年前に3才年上の人に申し込まれて、付き合い始めたこと。


年齢のこともあって、そろそろ結婚かなー、と思っていたこと。


去年のクリスマス前に別れたこと。


理由は、相手に新しい女性が現れたことだと。


「だけど、彼が言ったこと、よく考えてみたら、本当に好きだったのかどうかわからない。」


相手は、その新しい女性に告白されたそうだ。彼女がいるのは分かっているが、自分にチャンスをもらえないかって。


「その人の目を見ていたら、わたしにそういう目で見られたことがなかったって思った、って言われてね。そうかもって思った。」


そんなこと、あるのだろうか?よくわからない。


「でね、別れてしばらくしたら、彼には申し訳ないけど、ものすごい解放感なの。すごくいい人だったから、もしかしたら断る理由がなくて付き合っていたのかも知れない、とか思って。」


こんな言われ方して、かわいそうなのは相手なのか?


「3人とも、最後のところは内緒にしてね。」


と、橘さんは笑って言った。


こんな話でも暗くならないのは橘さんの人柄なんだろうか。





恋愛話ついでに、モテる・モテないという話題になった。


佐伯とコバちゃんは、もちろんどこでも大人気で、うっかりできないと言う。


二人とも、すでに注目を浴びることを仕方がないこととして受け入れている。


だから、常に用心を怠らないそうだ。


そうでないと、自分たちの態度を都合のいい方に勘違いされて、お互いに嫌な思いをすることになるから。


俺は、自分は普通・・・だと思っている。今までに何人か彼女もいたし。


橘さんは、自分はモテないと言った。


だから、告白されたときに有頂天になって、よく考えないで付き合っていたんじゃないかと思う、と。





* −−−− * −−−− * −−−− * −−−− * −−−− *


橘 春香



思いきって話しちゃうのは気が楽になっていいな。


隠しごとって面倒だし。


でも、みんなを驚かせちゃったかも?



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