コーヒーの香り
日曜日。
前の晩に橘さんと話して、今日は少し遠出して大型アウトレットモールに行くことになっている。
今月の初めにデパートに行ってから、彼女はインテリアショップめぐりに夢中だ。
先週も輸入家具の大型店に行って何時間も過ごしたし、今日行くところも、インテリアの店が充実しているアウトレットモールだ。
俺は橘さんと一緒なら何でも楽しいし、彼女に秘密にしたいことがあるから、彼女が何かに夢中になっているのは都合がよかった。
こっちの駅が通り道なので駅で待ち合わせをしていたのに、俺がうっかり寝坊してしまい、橘さんがうちまで迎えに来てくれた。
ダイニングテーブルに座って待っている橘さんにコーヒーを出すと、それを飲みながら彼女が言う。
「椚くん、いつもペーパーで淹れるの?」
「いつもはインスタントを使うけど、休日はこっち。」
と、挽いて買ってある豆を見せる。
「さすがに家で挽くところからはやらないけど。」
「わたしもね、やったことがあるんだけど、自分では美味しくなかったんだ。」
けっこう味にうるさいとか?
「椚くんのは美味しいよ。わたしがやったときは、淹れてるときはいい香りなんだけど、飲んだら焦げ臭い感じで。何回やっても同じだったから、自分ではインスタントで済ますことにした。」
「じゃあ、俺たちの間では、コーヒーを淹れるのは俺の仕事ってことにしようか。」
嬉しそうに、にっこりする橘さん。
「いいね、それ。ずっとだよ。」
もちろん。
出るのが遅くなったので、アウトレットモールに着いたのは午後になってからだった。
さすがに広くて、店を移動するだけでもたいへんだ。
でも、いろいろな店があっておもしろい。
家具だけじゃなくて、キッチン用品や食器もたくさんある。
食器くらいなら買ってもいいよと橘さんに言うと、
「両方で持っている食器を調べてからじゃないと無駄になるから、今日はいいや。」
と言う。
「でも、このカップは買っちゃおうかな。」
と言いながら、うすいレモン色のマグカップをひっくり返したり、のぞきこんだりして調べている。
「椚くんのところに置いておいてもいい?」
カップを持って、俺の顔を見る橘さん。もちろん、どうぞ!
「だけど、ペアじゃないの?」
「ペアにすると、飽きたり、壊れたりしたときに、ほかのを使いにくいから、いいの。あ、時計みたいに長持ちするものは別だけど。」
ちょっと変わった考え方みたいな気がしたけど、まあいいや。
でも、
「“飽きたり、壊れたり”って、俺とってことじゃないよね?」
「え?まさか!違うよ!」
大笑いして、否定してくれた。よかった。
「じゃあ、俺にも1つ選んで。橘さんの家に置いてほしいから。」
そう頼むと、彼女はしばらく真剣な顔をして棚を見ていたけど、急にこっちを見て
「ここじゃない。さっきの店。」
と言う。
彼女は自分のカップのお金を払うと、俺を急かしてさっき出てきたばかりの店に逆戻り。
まだ3軒目だったのに、逆戻り?
確か、インテリアの店は7つか8つあるって言ってたと思うけど?
夜。
橘さんのカップが棚に入っているのが見える。
彼女がすぐそこに立って笑っているみたいな気がした。
* −−−− * −−−− * −−−− * −−−− * −−−− *
橘 春香
椚くんのカップ。
いつかはわたしのカップと戸棚の中に並ぶはず。
ペアじゃないけど、きっと並べたらしっくりくると思って選んだ。
もうすぐ実家に行く日だな。
そういえば、椚くん、やっぱり何か隠してるような気がする。
ときどき慌てて話題を変えたりするし。
本人は、わたしが気付いてないと思ってるみたいだから言わないけど、いったい何?




