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4月23日(1)




新人のグループ指導で元の職場へ行く日。


人事課の出席確認のあと、社用車に新人たちを乗せて、事務所へ向かう。


午前中は所内で業務の説明をしてもらって、午後は建設中の現場を3か所回って帰ってくる予定。


9時半ごろ事務所に着いたら、なんとなく閑散としていた。





まずは課長にあいさつと新人を紹介して、近藤係長の席へと向かったが、どうやらいないようだ。


「おはようございます。」


橘さんが席を立って来てくれた。


「なんだか、人が少ないようだけど。」


「実は朝一番で、田中さんから連絡があって、係長と岩さんが出かけちゃったの。」


田中さんというのは、去年、橘さんのことが気に入って、うちに大きな仕事を任せてくれたお客様だ。


あの人からの呼び出しでは、係長も行かないわけにはいかないだろうな。


「で、急きょ、わたしが業務説明をすることになりました。隣の係の業務は主任の青木さんが。」


「そう。よろしく頼みます。向こうにもあいさつしてくる。きみたちはちょっと待ってて。」


新人を橘さんにまかせて、隣の係長さんにあいさつに行く。


もう現場に出かけた人も多かったけど、残っている人はみんな笑顔で迎えてくれてほっとした。


業務説明の時間を確認する。最初に青木さんが1時間、そのあと橘さんが1時間だ。


戻ると、橘さんが新人たちを打ち合わせテーブルに移動させてくれていた。自己紹介は済ませたようだ。


「佐伯とコバちゃんは?」


「佐伯さんは現場を見に行って、お昼には戻る予定。コバちゃんはすぐに戻ると思うけど・・・。」


と言っている間に、缶コーヒーを手にしたコバちゃんが戻ってきた。


「あ、椚さん。おはようございます。」


「おはよう。こちらが小林さんだよ。」


新人たちにコバちゃんを紹介すると、彼らの目が丸くなった。


いつもボーイッシュなスタイルのコバちゃんだから、今日もパンツスタイル。


顔のつくりがきれいなのはもちろんなんだけど、脚の長さも半端じゃない。


久しぶりに見ると、俺も改めて感心してしまう。


「小林(りん)です。よろしくお願いします。」


コバちゃんの声を聞いて我に返った新人たちがそれぞれにあいさつする。


「ちょっとお茶でも入れてくる。」


と言って橘さんが去り、コバちゃんが手を振って席に戻って行くと、新人たちの口が一斉に開いた。


「あの脚の長さ!すごいですね!」


「顔が小さい。バービー人形みたい。」


「あんなに完璧な人、こんなに近くで見たのは初めてです!」


まあ、当然の反応だな。


「彼女は仕事もバリバリやるよ。」


俺が言うと、新人たちは感心して頷いていた。


橘さんがお茶を出してくれて、「またあとで」と言って席に戻ると、入れ違いに青木さんが加わった。研修開始。





12時まで20分を残して、橘さんの業務説明は終了。


彼女はにこやかにあいさつして席に戻ると、パソコンに向かって入力作業を始めた。相変わらず速いな。


新人たちは、たくさん詰め込まれて混乱気味の頭を振りながらぼんやりしている。


「戻りました。」


ドアが開く音がして声がした。あの声は佐伯だ。


「お帰りなさーい。」


橘さんの声がひびく。久しぶりに聞くと、一層和むなぁ・・・。


自分の席へ大股で歩いて行く佐伯の後ろ姿。


橘さんに呼びとめられて立ち止まると、一言二言、言葉を交わしてから振り返った。


「!」


新人たちが息をのむ音が聞こえたような気がする。


そりゃ、そうだろうな。今日もまったく隙がない。


「椚さん、お疲れさまです。」


と言って近付いてくる佐伯を、無言で見つめる新人たち。言葉が出ないみたいだ。


俺も立ち上がってあいさつする。


すると、松川さんが勢いよく立ちあがって自己紹介をした。それにつられて松井さんも。


男の子たちも呆然としながらそれに続く。


彼らに微笑みながらあいさつを返す佐伯。俺が見てもかっこいい。


けど、飲み会で橘さんに甘える姿をみんなは知らない・・・と思ったら、ニヤリと口元が緩んだ。


続いて係長の近藤さんと岩さんが戻ってきて、また橘さんの「お帰りなさーい」が響く。2度も聞けるなんて、今日は幸せだ。


近藤さんと岩さんにもあいさつと新人の紹介。


そのまま新人を交えて雑談をしているうちに、お昼休みになった。






橘さんとコバちゃんが新人をお昼に誘ってくれて、6人で賑やかに出かけて行った。


俺は久々にコンビニ弁当を買って、佐伯と並んで打ち合わせテーブルで食べることにする。


2人で自分たちの新人研修の思い出を話して、笑いながら食べた。


佐伯は、自分はグル―プ指導担当からひいきされていたと思うと言う。彼の担当は女性だったそうだ。


そういえば説明会で、毎年そんな苦情があるって言われたっけ。


あのときはよくわからなかったけど、ここに当事者がいたとは驚いた。






午後、事務所を出発するときに、橘さんが駐車場まで見送りに出てきてくれた。


男の子2人が車に乗り込んだあと、残った松井さんと松川さんが、橘さんに小声で話しかけた。


「あの、椚さんの決まった女性って、橘さんですか?」


なんで急にそんなことを!?橘さんもびっくりしているようだ。


驚いて2人を見た俺に、松川さんが続ける。


「あの、椚さんの恋人は“はるかさん”っていう名前だって、うわさで・・・。」


ああ。松川さんのところには、そういうふうに流れていたわけね。


「ここ、椚さんの元の職場だし、それに、その時計、ペアですよね?椚さんと橘さんがお話ししてるときの雰囲気も・・・。」


今日は外に出るからと、腕時計をしてきたんだった。


「ずいぶんよく見てるのねぇ。」


橘さんが苦笑した。


「そのとおり、なんだけど、まだ秘密なの。実は本社にわたしに恨みを持っている人がいてね。」


と橘さんが、秘密を明かすように二人に言った。


「椚くんの身を守るために、内緒にしているの。あなたたちも、まだ言わないでくれる?」


真剣な顔で二人の顔をのぞき込む。


「は、はい。その人って、男の人ですか、女の人ですか?」


「それを言ったら、誰だか分かってしまうかもしれないから言えないな。あなたたちは知らない方がいいから。」


松井さんと松川さんもつられて真剣な顔でうなずく。


俺は笑いをこらえながらそれを見ていた。


まったく橘さんは冗談が好きだな。まあ、緑川さんのことを思えば、まるっきり嘘ではないか。それとも本当に?


「もう行くよ。」


疑念を振り払いながら俺が言うと、二人も車に乗り込んだ。


出発して少ししたとき、松井さんが俺に向かって言った。


「私、橘さんが好きです。」


「そう?」


「はい。親切だし、仕事の説明のときも、お昼も、いろいろ話してくれてとても楽しかったです。それに、仕事をしているところも素敵でした。」


「そうそう、それにあの『お帰りなさーい』が優しくて。」


松川さんが続く。


「私もあんなふうになりたいし、橘さんのお役に立てたらいいと思います。」


と松井さんが締めくくった。


だから約束を守る、と言ってくれているんだと気付いた。


ありがとう。


「そう。じゃあ、今日は橘さんに会えて、コバちゃんにも、佐伯にも会えたし、ここに連れてきて正解だったね。」


「はい!」


4人とも元気に返事をした。






* −−−− * −−−− * −−−− * −−−− * −−−− *




橘 春香




やっぱり名前はうわさになっていたんだな。


わたしだってことも気付いている人は多いかもしれないけど、まあ、仕方ないか。







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