グループ指導開始
16日からいよいよ新人のグループ指導が始まった。
朝、指導担当が紹介され、新人たちがグループごとに別れて座っているテーブルに着く。
俺の担当は男女2人ずつの4人。2階、3階、4階と人事課から一人ずつ。
人事課の男の子は見覚えがあったけど、あとはわからない。
「よろしく。」
と緊張しながら席に着くと、彼らも緊張した様子であいさつを返してきた。
西村が隣のテーブルに着いたのを見て、ちょっと安心した・・・のも束の間、彼の大きな声が耳に飛び込んできた。ちょっとうるさい。
自己紹介をしようとしたけど、西村の声が大きくて、自分の声がうちの新人たちに聞こえているのかよくわからない。
「西村。」
後ろを振り向いて、西村の袖を引っ張る。
「もう少し、小さい声でできないかな?」
「あ、椚さん!」
声のした方を見ると、森田くんがにこにこと手を振っている。あれ、西村のグループなのか。
「頑張れよ。」
と言うと、元気に「はい!」と返事した。
「俺の声、うるさい?」
西村が言う。
「うん。ちょっと。」
「いや、違う。お前の声が小さいんだ!しっかり声を出せ!」
なんだよ。そりゃあ、緊張してるけどさ。
自分の担当する新人の方を向いて、仕切り直し。
「総務課の椚です。今年、外の事務所の開発相談室から異動してきたばかりです。どうぞよろしく。」
そのあと、4人にも自己紹介をしてもらった。
みんな緊張気味だけど、一生懸命な様子が伝わってくる。
自分もこんなふうだったのかな。
用意してあった日程表を配り、内容の説明をする。
彼らにはグループメンバーも研修の内容も、今日、初めて知らせることになっていた。
事前に知っていると、憂うつになってしまう人がいるから、と、俺たちは説明されている。
もし事前に彼らに知らされていたら、俺は指導担当として当たりか、はずれか?
・・・なんて、関係ないか。
俺の評価は、俺がやったことに対してあとから付けられるものだ。
今からそれを気にしても仕方ないじゃないか。
『決まったら、とりあえずやってみるしかないんだよ。』
また、橘さんの言葉を思い出す。
それに、自分がどんな評価をもらったか、ではなくて、自分がどれだけやったかが大切なんだ。
そう自分に言い聞かせて、新人たちに向かい合った。
初日は人事課が組んだ内容に沿って、グループ活動を行う。
指導担当と新人たちの距離を縮めるための作業が中心だ。
俺の担当する4人は、個性は違うけれどそれぞれに協力的で、バランスのいいチームと言えそうだ。
どちらかというと女の子の方が元気だろうか。
隣の西村のグループは、西村だけじゃなくて森田くんの声も大きかった。
森田くんがその天真爛漫さで、グループの雰囲気を明るくしているようだ。
西村と気が合いそうだし、うまい組み合わせだと思った。
昼食時、社員食堂で三上さんと一緒になった。
「どうですか?グループの様子は。」
と尋ねられて、
「いいチームだと思います。みんな協力的で。」
と答えた。三上さんは
「うらやましいですね。私のグループの新人たちは、おとなし過ぎるような気がして。」
と言う。
「でも、まだ始まったばかりだから。」
と俺が言うと、
「どうでしょうね。やる気があるのかどうか。課題もなかなか進まなくて困ってます。」
とため息をついた。
「難しいんですね。」
と慰めながら、気の毒だなあ、自分はラッキーだった、と思ってしまった。
長く感じた午後の研修もようやく終わり、来週の確認をして解散。
新人たちは、今日のレポートと感想を月曜日に提出することになっている。それは人事課を経由して、俺たち指導担当のところへも回って来るのだ。
俺たちも振り返りレポートを出さなくちゃいけない。
森田くんが走って来た。彼の元気さは、なんだかかわいい。
「椚さん!お疲れさまでした。」
「お疲れさま。初日はどうだった?」
「西村さんがすごくかっこよかったです!」
かっこよかった?
「どんなことでも答えてくれるし、何でもテキパキ指示してくれるんです!」
そうか。憧れの先輩だな。
「よかったな。」
「椚。一杯行かない?一日目終了祝いってことで。」
西村がやって来る。
「そうだね。行こうか。」
と答えると、横から
「僕も行ってもいいですか?」
と森田くん。憧れの先輩とお近付きになりたいんだな。目がキラキラしている。
どうする?と西村に目で尋ねたら、
「いいけど、酒は飲ませないぞ。未成年だからな。」
と答えた。
「やった!」
森田くんは大喜びで荷物を取りに行き、俺たちにくっついて5階まで来た。
高卒の新人は多くないので、俺たちを待っている間、5階の人たちに珍しがられて、たくさん話しかけられていた。
森田くんは素直で、いろんなことに驚いたり感動したりするので、みんなに可愛がられるようだ。
1階に降りたら新人たちがまだたくさん溜まっていて、森田くんが俺たちと飲みに行くと知ると、それぞれ自分の指導担当を探しに散って行った。
俺たちのところにも、西村のグループの男の子―小金井君―と、俺のグループの女の子―松川さんと松井さん―がやってきて一緒に行きたいと言う。
俺と西村は
「おごらないからな。」
と念を押してから連れて行った。
外へ出たところで、女の子が一人追いついて来た。どうやら松川さんたちと仲がいいらしい。
「うちの指導担当は残業だって。」
と残念そうに、彼女たちに話している。
「誰?」
と西村が尋ねると、
「三上さんです。」
とその子が答えた。
ふーん。グループ指導で仕事がストップするから仕方がないか。
「三上さんのグループなら、これから一緒に活動することもあるから、一緒に行く?いいよな、椚。」
西村が誘ってあげている。
「構わないよ。」
3人の女の子たち―3人目は浅川さん―はきゃあきゃあと喜んで、歌でも歌いだしそうな上機嫌で、うしろからついて来た。
7人で、まずは乾杯。
森田くんと、お酒が飲めないという松井さんはウーロン茶で。
初日の感想を尋ねると、小金井君が初めに答えてくれた。
「2週間ぶりに同期の顔を見てほっとしました。それに、西村さんは僕たちを引っぱってくれそうな方なので、安心しています。」
ああ、わかるな。西村にはそういうところがある。
俺も彼といると気楽なのは、たいていのことを迷わないで決めてくれるからだ。
「三上さんは厳しいです。今日のグループワークは、目標に向かってビシビシ煽られました。」
と、浅川さん。
「すごく仕事ができそうな方ですね。」
「あ、私、三上さんの隣の係なんですけど、」
松井さんだっけ?松井さんと松川さんは、名前も雰囲気も似ててよくわからない。
「仕事は本当にできるみたいですよ。この2週間、いつもテキパキ忙しそうに動いてる姿しか見たことないです。」
「椚さんはやさしいです。」
と、松川さん(たぶん)が西村に向かって言った。それから、こっちを向いて付け足す。
「私の相談役が河野さんで、さっき職場に戻ったら、椚さんと同期だっておっしゃってました。」
なんか、いやな予感。
「私が、優しそうな人ですねって言ったら、『椚さんは結婚相手が決まっているから、好きになっちゃダメ』って言われたんですけど?」
やっぱり。河野さんらしい話題だな。
西村が笑って言う。
「結婚の話、ほかに何か聞いた?」
「あの・・・、椚さんが自分でテレビで言ったって・・・。」
西村が爆笑しながら、正月のテレビの話をし、新人たちは目を丸くした。
新人たちの間でも、俺は早くも有名人になりそうな勢いだ・・・。
「椚さんたち、来週は僕の職場に行くんですよね?」
と森田くん。
「そうだよ。」
「うちの先輩にすごくかっこいい人たちがいるんです。」
森田くんがほかの新人たちに向かって、自慢げに話す。
「河野さんに言われた!『入社早々に佐伯さんに会えるなんてよかったね』って。」
「私の相談役は男の先輩なんですけど、やっぱりうらやましいって言われました。」
松井さんたち女性3人は、職場の先輩たちから佐伯やコバちゃんのことを聞いたらしい。
「でも、そのときに2人が事務所にいるかどうかわからないよ。外回りがある仕事だから。」
「えー?椚さんから、その日は外に行かないように頼んでください!」
女の子ってみんなこうなのかな?
「俺も椚のグループに入ってればよかった。」
西村まで言うか?
「2人とも僕のこと『康太郎』って呼んで、親切にしてくれるんです!お兄さんとお姉さんみたいに。」
いや、きみは弟じゃなくて子分だと思うぞ。
「あと、もう1人お姉さんみたいな人がいて、お父さんみたいな人に仕事を教わっています。」
森田君が西村に向かって嬉しそうに話す。
「家族みたいな職場なんだね、森田君の事務所は。」
小金井君がうらやましそうに言った。彼は別な事務所の技術職だって言ってたっけ。
「僕の係は男の先輩ばかりで、そっけないし、華やかさもないです。でも今年、僕と一緒に女子の技術職が入ったんです。事務系の女の人は前からいたんですけど、こっちの集団に女子が入るのは初めてだそうで、先輩たちはまだ戸惑っているみたいです。」
「男女にかかわらず、メンバーが変わると職場の雰囲気は変わるからなあ。みんなでいい職場にできるといいよね。」
俺が言うと、小金井君は「はい。」と頷いた。
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橘 春香
椚くんへメール。
『佐伯さんとコバちゃんの都合とレストランの空いてる日を確認して、“ファンの集い”は28日に決まりです。レストランには予約の電話をしました。
参加者を集めるときには、必ず、絶対に、女性は佐伯さんに会いたい人限定、男性はコバちゃんに会いたい人限定、にしてね。合コンみたいに自分が選ばれなかったとか、誰も言わないように。男女それぞれ8人くらいまでかな。』




