4月3日
朝、佐伯にも、昨日の電話の話をした。
佐伯は「ふーん。」と、ちょっと意外なような顔をしたけれど、何も言わなかった。
今日は俺は一日外回り。
夜に歓迎会があるので、それまでには戻ってくる予定。
橘さんは具合が悪いのか、なんとなく顔色が悪いように見えるけど、今日はコバちゃんもいるから大丈夫だよね。
「戻りました。」
夕方、ガラスドアを開けると、
「おかえりなさーい。」
と、声がした。橘さんの声か。
今まで、誰かこんなこと言ってくれてたっけ? なんとなく楽しい気分。
橘さんは、朝とは打って変わって元気な様子で、向かいの席の佐伯と話している。
佐伯の様子を見ると、引き継ぎが順調に進んだことがわかった。
あいつは口ばっかりの人間や、やる気のない人間には、ものすごく冷たいのだ。
俺もほっとする。
・・・って、保護者か、俺は。
歓迎会。
居酒屋の個室で、退職された金子さんも参加してくれて、にぎやかに始まった。
金子さんは50代の女性で、先日、親御さんの介護のために退職したのだ。
送別会は終わっていたけど、宴会好きの金子さんは、今日も都合をつけて出席してくれた。
俺たちはみんな、金子さんにはものすごくお世話になった。
橘さんはそんな金子さんの隣に座って、聞かされるいろいろなエピソードに、楽しそうに笑っていた。
岩さんのおやじギャグにもおもしろそうに突っ込みを入れている。
俺は佐伯の隣。佐伯の向こうにコバちゃん。その向こうが岩さん。
向かい側に係長、課長、橘さん、金子さんが座る。
佐伯に今日の引き継ぎの様子をこっそりきいてみた。
「順調でしたよ。呑み込みが早いし、質問も的を外してないんです。俺もちょっと驚きました。」
俺もびっくり!こいつが誰かを褒めるところなんて、あんまり聞いたことがないのに。
「まあ、実際に仕事をやってみないとどうだかわからないけど、きちんとサポートしますから。」
「佐伯さんにここまで言わせるなんて、やっぱり優秀なんだねー。」
コバちゃんも感心している。
俺たちの会話が聞こえたらしく、係長が満足げにひとこと。
「事前情報は間違ってなかったってことだなあ。よかったよかった。」
それから、金子さんとコバちゃんの活躍で宴会は大いに盛り上がり、みんなでたくさん笑った。
お開きになったあと、駅まで歩きながら、コバちゃんが橘さんに言った。
「“橘さん”って、ちょっと長くて呼びにくいから、“春香さん”て呼んでいいですか?」
「あ、どーぞ!わたしも“コバちゃん”って呼ばせてもらってるし。」
橘さんの元気な返事。そして、もう一言。
「みなさんもご遠慮なくどうぞ!あっはっはー!」
・・・橘さん。だいぶ飲みましたね。
「もう一軒」はお誘いしません。
* ---- * ---- * ---- * ---- * ---- *
橘 春香
あー、おもしろかった!
引き継ぎも無事に済んだし、佐伯さんともちゃんとお話できたしね。
佐伯さんは顔だけじゃなくて、声もカッコいいなぁ。目だけじゃなくて、耳の保養にもなるね。
でも、やっぱり顔を見て話すのは無理だな・・・。
そういえば、椚くんがコバちゃんのこと好きだったなんて、金子さんに聞くまで全然気がつかなかった。
たしかに、コバちゃんと話してるときの椚くん、すごく楽しそうだもんね。
わたしって鈍感だなー。