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計画


月曜日、火曜日と新しい仕事はどんどん進む。・・・というか、やってくる。


ほとんど社内の雑用係といったところ。


でも、社内を歩き回ると、いろいろな人に会えて楽しいことがわかった。


知っていた人もいれば、新しく話すようになる人もいる。


今まで外の事務所にいた俺には、社内の人たちとの交流が新鮮だ。





新人のグループ指導案も、どうにか提出した。


あとは、決定した日程が配られる金曜日を待つだけ。





ただ、困ったことが1つ。いや2つかな。同じ内容なんだけど。


知り合いの女子社員たちが、俺の顔を見ると、佐伯に会わせろと言うのだ。


そして、男たちはコバちゃんに会わせろと言う。(西村は何回も言う。)


みんな結構しつこくて、「検討するから」と答えないと離してくれないという状態。


まるで俺が2人のマネージャーか何かみたいだ。だんだん面倒になってきた。


佐伯もコバちゃんも嫌がるだろうとわかっているからなおさらだ。


中には、


「佐伯さんの好きな女性って、どんなタイプ?」


なんてきいてくる人もいる。面倒なので、


「仕事ができて、芯が強くて、かわいい人。」


と、橘さんのいいところを並べておいた。間違ってはいないはず。


本当にうっとうしくなってきたから、向こうの歓送迎会のときになんとか話をしてみることにした。





緑川さんとの接点は、今のところ、ほとんどない。


向かいの席だということが接点と言えば接点だけど、話す機会はほとんどないのだ。


俺は指導案作りと新しく覚えなくちゃいけないことで頭がいっぱいで、彼女が話しかけてきても「はい。」か「わかりました。」くらいしか返事をしなかった。


緑川さんが不満そうな顔をしたのは何度か見たけど、橘さんに意地悪をしていたことを思い出して、ほうっておいた。それにご機嫌をとって、勘違いされたら困る。





火曜日の夜。


元の職場の歓送迎会があった。


自分が送り出されて、自分の代わりに新しい人が来たのを見るっていうのは、思いの外淋しい気分だった。


特にここは初めての職場だったし、みんなとの絆が深い。


誰でも順番に経験することで、これからも何度もあることなんだろうけど。


グループ指導で新人を連れてくるのは人事課から連絡が行っているはずだけど、お世話になる課長と係長に直接話をする。


「大丈夫。みんな出払ってたら、椚さんが自分で説明すればいいだけだしね。」


そんな。


「それじゃぁ、淋しいじゃないですか。」


と俺が言うと、


「そんなことしないよ。」


と、笑いながら答えてくれた。ありがとうございます。


森田くんは橘さんの話どおり、元気な男の子だった。


素直なところが岩さんたちにも気に入られていて、仕事も順調に進みそうだ。


いい環境で仕事が始められてよかったね、森田くん。





終了後、4人で2次会に行くことにした。


森田くんも行きたがったが、2軒目はダメだと橘さんに諭されて、不満そうな顔で帰って行った。


しばらく新しい仕事や職場の話題で笑い合っているうちに、橘さんが佐伯を「勇樹くん」と呼ぶのに気が付いた。


この前、橘さんから話は聞いていたけど、やっぱりドキッとする。


佐伯は?と見ると、クールさを崩さないようにしているけど、明らかに嬉しそうだ。


しかも、俺にちらっと、自慢げな視線を送って来た!


くそ!


だけど、ここで俺が腹を立てても、橘さんはきっと笑うだけだな。


俺を「椚くん」以外の呼び方で呼んでくれって言うのも、なんだか大人げないし・・・。


佐伯め。


そうだ。あの話があった。


「同期の河野さんが、佐伯と飲みに行きたいって言ってきたよ。」


「えぇ?俺、そういうの、いやですよ。」


言うと思った。


「それに、一回行ったら、何回も呼ばれそうじゃないですか。」


それも予定通りの答え。


「うん。河野さんだけじゃなくて、異動してから何人にも言われてる。」


「勇樹くん、人気者ー。」


橘さんが朗らかに合の手を入れる。


ずいぶん調子がいいな。今日もだいぶ飲んじゃったのかな。


橘さんは、飲んでも深刻にならないからいいけど。


「コバちゃんにも、紹介してくれって、うるさい人がいるんだよね。」


「あたしもやだなあ、そういうの。」


だろうな。


「でも、このままだと、俺も何か月もみんなに言われ続けそうで困ってて。だって、4月の初日から始まって、社内で顔を合わせるたびに『よろしく』って言われてるんだぞ。」


うんうんと橘さんはうなずいている。


「そんなこと言われても。」


佐伯とコバちゃんが声を会わせるように言う。


「一緒にやっちゃえばいいんじゃない?」


橘さんが、明るい声で割って入った。


「一緒にって?」


コバちゃんが橘さんの方を向く。


「両方の飲み会を一緒にして、やるの。」


一瞬、2人はポカンとした顔をして、それから笑いだした。


「あたしの周りには男の人が集まってて、佐伯さんの周りには女の人が集まってる飲み会ってことですか?」


「そう。芸能人のファンの集いみたいな。」


橘さんは楽しそうに説明する。


「それ、変じゃないですか?」


と佐伯。


「そうかなあ。でも、気楽だと思うよ。立食にすれば席が決まらないから、参加者みんな、平等に話せそうだし。」


橘さんののんきな様子を見ていたら、俺もなんとなくよさそうな気がしてきた。


「平等って、春香さん、そんなお気楽な。・・・まあ、立食なら一か所にいなくていいわけだし、逃げ場所もありそうだけど。」


お、コバちゃんは少し前向きになって来た?


「コバちゃんの彼氏がいやがりそう?」


橘さんが思い出してきく。


「ああ。あれは自然消滅してます。」


「じゃあ、それは問題ないね。1回やったら、あとは椚くんが断れるよねぇ?」


橘さんがにこにこと俺に話を振る。


「ああ。うん、あとは断るよ。」


2人は「うーん。」と考えている。


しばらくしてコバちゃんが言った。


「あたしね、行ってもいいけど、春香さんに一緒に来てほしい。」


「わたし?」


「だって、何かのときに助けてくれる人がいないと。佐伯さん目当ての女の人だと、知らない人ばっかりになりそうだから。椚さんは、あんまり気が利かなそうだし。」


気が利かなくてごめん。


でも、そうか。


橘さんは本社の人に会うのは嫌かもしれない。


「本社の人に会いにくかったら、この企画はボツでもいいよ。」


「俺が嫌だって言っても説得するくせに、橘さんにはそんなに優しいなんて、差別だ。」


佐伯が横から口を出す。


あたりまえじゃないか。彼女は本社で悲しい思いを経験してるんだから。


しばらく考えて、橘さんが答える。


「うん。別にみんなと対立してたわけじゃないから大丈夫かな。立食なら目立たなそうだし、みんな佐伯さんとコバちゃんしか目に入らないだろうから。」


「『佐伯さん』じゃありません。」


今のも?佐伯、チェックが行き届き過ぎ。


「どうせ俺も居場所がないから、部屋の隅に一緒にいればいいんじゃない。」


「全体で一組だけ成立してるカップルじゃ、逆に目立つかもよ。」


コバちゃんがあははと笑う。


「勇樹くんはどう?」


橘さんが佐伯ににっこりと笑いかける。佐伯を懐柔するつもりか。


「1回だけってことなら、仕方ないですね。椚さんの顔を立てますよ。」


なんだ、その偉そうな態度は。


そもそも、お前のそのルックスが問題なんだろうが!


橘さんは、俺のこんな気持ちを知ってか知らずか、佐伯を褒めている。


なんとなく、犬と飼い主みたいだ。


犬と言っても、佐伯の場合、血統書つきの大型犬だ。


「最近、佐伯さんのキャラが変わったような気がする。」


と、コバちゃんがひそひそと言った。


「椚さんがいたときは、男同士で・・・まあ、あたしもこんな性格だしね、もっと大人っぽい感じだったのに、金曜日も今日も、春香さんに甘えちゃって。」


「やっぱりそう?」


「うん。春香さんは、康太郎と話してるとお姉さんっぽくなっちゃうから、それに影響されてるのかもね。でも、佐伯さんの変わり具合が可笑しい!あれを見たら、本社の人たちも引いちゃうかもね。それとも、母性本能をくすぐって、ますます人気爆発とか?」


あはは、と笑うコバちゃん。でも、俺は複雑な心境。


そんな思いが顔に出ていたらしく、コバちゃんが言ってくれる。


「春香さんは椚さんしか見てないから大丈夫。それに、佐伯さんだって、春香さんを困らせるようなことはしないよ。」


そう信じるしかないよね。





今日は橘さんを送って遠回り。


・・・と言っても、佐伯も一緒だけど。


佐伯は橘さんに「勇樹くん」なんて呼ばれて、すっかり俺に勝ったつもりになっている。


「それ、いつまで続けるの?」


橘さんにきいてみた。


「佐伯さんに彼女ができるまで、かな?」


橘さんが佐伯の顔を見て、首をかしげた。


「そんな約束してません。ずっとです。弟なんですから。」


「でも、彼女は嫌がると思うけど。」


「そんな彼女はいりません。」


そこまで言い切るのか。


「まあ、佐伯さんが飽きるまでね。まだ始まったばっかりだから。」


くすくす笑いながら、橘さんは言う。


あーあ。


俺のことも「椚くん」以外の呼び方をしてくれないかな・・・。


そうこうしているうちに、彼女の降りる駅に着いた。





改札まで見送りに行く。


俺は、さよならを言おうとこっちを向いた橘さんの両手を取った。


「俺たちのこと公表するの、タイミングがよくわからなくて迷ってるんだ。」


橘さんは目をぱちくりして、俺を見る。


「テレビのことがあったから、橘さんがうわさの的にならないようにって思っていたけど、今回の異動で、俺自身がけっこう注目されているみたいで。」


中村さんのご指名だったことは、すでに彼女には話してある。


「たぶん、俺の相手が橘さんだってわかったら、また嫌な話が広まるかもしれない。」


橘さんが頷く。


「だけど、それは公表するのをいつにしても、同じかもしれないとも思う。秋に結婚するなら夏にって思っていたけど、今と何か月か先っていう違いしかないし。今度の会で2人一緒にいるところを見たら、みんな気付くかもしれないし。」


「わたしは、」


橘さんがにっこりして言った。


「椚くんがいいと思うときでいいよ。本社でたくさんの人に会うのは椚くんだから、注目されて大変かもしれないけど。わたしはこっちの事務所で、うわさからは遠ざかっているから気にしない。言いたい人には言わせておけばいい。」


強い人だ。


「それに、“テレビで結婚宣言された女”なんて、ちょっと自慢できない?しかも、最初の彼は優秀な中村さんで、次は注目の的の椚くんだなんて、わたしってものすごくいい女みたい。それとも魔性の女?」


そうやって、これも笑い話にするんだね。


「ありがとう。」


彼女の体を抱きしめる。


今日は突き飛ばされなかった。






* −−−− * −−−− * −−−− * −−−− * −−−− *




橘 春香





なんだかふわふわしていい気持ち。


ちょっと飲み過ぎたかも・・・。







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