日曜日はデートです。
4日振りに橘さんに会えた!
俺が異動してからは、毎日、メールや電話をしているけれど、やっぱり会う方がいい。
天気が良くて暖かい日なので、外をぶらぶらと歩く。
電話では話しきれないたくさんのことがあって、いくら話しても話題は尽きない。
お昼を食べながら、佐伯からの謎のメールを思い出して、橘さんに何かあったか尋ねた。
彼女は何も、わざわざ何かをしてあげた記憶はないと言う。
俺も、詳しい事情は言いにくかったので、そう言われると、それ以上はききにくい。
「何かしてあげた・・・?してあげる。何かあげる。やってあげる。」
どうやら“あげる”関連で何かを思い出そうとしているらしい。
「ああ!“呼んであげる”っていうのがあった。」
橘さんはくすくす笑いながら、金曜日の歓迎会でのことを話してくれた。
「森田くんがバレーボールをやっていたって分かったら、コバちゃんが喜んじゃって。コバちゃんもバレー部だったんだって。」
あ、そこからね。
「で、佐伯さんとコバちゃんは、森田くんのことを『康太郎』って呼び捨てで呼ぶことにしたの。佐伯さんは相談役だからね。森田くんも嬉しそうにしてた。」
子分としてこき使われそうだな。
「わたしが、その名前が弟と似ていて親近感が湧くって言ったら、自分も弟扱いでいいって言うの。だから、わたしも『康太郎くん』って呼ぶことにしたんだ。」
18才は無邪気でいいよねえ。でも、それは森田くんの話だよね?
「そしたらね、」
橘さんはまた笑っている。
「佐伯さんが、『俺は康太郎の相談役で兄貴分だから、自分も橘さんの弟と同じだ』って。『だから、名前で呼んでくれ』って言うんだよ。」
なんだって!?
「あんまり駄々こねるから、飲み会のときだけ『勇樹くん』って呼ぶことで落ち着いたの。」
それだ・・・。やられた・・・。
「佐伯はだいぶ飲んでたのかな?」
「うーん・・・。森田くんが未成年なのに、コバちゃんが面白がって森田くんのお酒を頼んじゃって。何回も。それを取り上げて、わたしと佐伯さんで分担して飲んだから、どのくらい飲んでたかわからないな。いつもよりは多めだったかも。」
橘さんはけっこう酒豪だからな。
それにしても。
「佐伯って、酒飲んでもクールなイメージ崩さなかったのに、駄々こねるなんて、路線変更なのか?」
「わたしも少しびっくりした。でも、よく考えたら、あの中ではわたしが一番お姉さんなんだよね。」
だからって、本当に甘えなくてもいいじゃないか。
佐伯、意外に甘えん坊さんなのか?今までは無理していたのか?
それにしても、こんなこと河野さんたちが知ったら・・・橘さんが危険だ。
ゴールデンウィークの相談をしていたとき、彼女が俺の実家にあいさつに行くと言い出した。
すっかり忘れていた。俺も、橘さんのご両親にきちんとあいさつをしていない。
今年は5月1日から5連休なので、その中で、両方の親の都合のいい2日間にそれぞれ行くことにした。
順調に話が進んでいて嬉しい。
嬉しくなったので、また指輪を見に行った。今日は買っちゃおうかな。
前とは違う店だったけど、店員の反応はおんなじだ。
一応、下見だと言って、あれこれ見ていると、
「試しにはめて御覧になりませんか?お出ししますよ。」
と言われた。
橘さんが俺の顔を見たので「いいよ」と頷くと、彼女は3つほど選んで出してもらう。
どれもシンプルなデザインの指輪だ。
それだけを見ると物足りないような感じがしたけど、彼女の指にはめると、どれもよく似合う。
そのあと彼女は、店員と話しながらいろんな大きさのリングをはめている。サイズを測っているのかな?
こういう指輪を買うときは、お持ち帰りじゃないって初めて知った。
サイズを直してもらわなくちゃならないのか。
ふうん。
橘さんの駅の改札口まで送ってさようなら。
でも、前みたいに「また明日」じゃない。
まあ、今日は「また明後日」だけど。
別れ難くて、彼女の手を離すのが一瞬遅れた。
橘さんは、ちょっと驚いた顔をして振り返って戻って来ると、
「ほら。」
と笑って、左手首を俺の目の前に差し出した。
そこには二人で買った腕時計。
異動した日から一緒に使い始めた。
「うん。」
俺も自分の腕時計を見る。
「おやすみなさい!」
彼女が、下を向いていた俺の髪をくしゃくしゃっと乱してから改札口を抜けて行った。
俺は乱れた髪のまま橘さんを見送る。
この腕時計で、二人の時間がつながっている・・・と信じよう。
* −−−− * −−−− * −−−− * −−−− * −−−− *
橘 春香
久しぶり・・・って、たった3日、会わなかっただけなのに。
一緒にいるのがこんなに楽しいなんて忘れてた。