優秀な社員?
午後は遠藤さんと一緒にあちこちからの呼び出しに応じながら、指導案を考えた。
体を動かしている方が、思いつきやすいような気がする。
席に戻ったときにメモに追加して、10個くらい案がたまった。
4時半ごろ、三上さんがやって来た。
西村も仕事を中断できると言うので、遠藤さんにことわってフロアの隅にある打ち合わせ机へ。
3人でそれぞれ考えた案を挙げる。
その中から1日と半日の研修を1回ずつ、合同でやることに決めた。
半日の分が倉庫整理だ。3グループでやれば、かなり片付きそう。
日程の空いているところを突き合わせ、5月7日と14日に決めた。
「助かった!」
思わず安堵のため息が出る。
「こちらこそ、西村さんと椚さんが一緒なら心強いです。」
三上さんが言った。
「お二人とも優秀だって評判の方ですから。」
うーん。中村さんが言ってた、あれか。
「西村はともかく、俺については誤解だよ。」
誤解は早く解かないとね。
「そんなことないです。みんなが言ってますよ。」
と三上さんは言い張る。西村が付け加えた。
「椚が中村さんのご指名だってことは、本社中が知ってるんだぞ。優秀だと思われても仕方ないな。」
「西村もそう思ってるの?」
「俺はうわさじゃなくて、自分で判断する。2日目じゃ分かるわけないだろう?俺は本当に優秀だけど。」
「自分で言うんだ。」
三上さんは俺たちを見て笑っていた。
でも、たぶん西村は本当に優秀な社員なんだろう。
彼の仕事中の集中力はすごいし、ほかの社員の間違いを指摘するときは適切でわかりやすい。
経理課ではリーダー的な立場らしいことも気付いていた。
一応、性格もいい(と思う)。
「三上さんだって、テキパキしてるよね。新人のころからしっかり者だったよ。」
と言うと、
「その評判を落とさないように、頑張らないといけないですね。」
と、三上さんは笑った。
打ち合わせを終わらせて席に戻りながら考えた。
“優秀な社員”って何だろう。
仕事を進める能力が高いということ?
確かにそうだ。
橘さんを思い出す。
彼女には“優秀”という称号が与えられていて、確かに仕事が速くて正確だった。
仕事がきちんとできるように、彼女はとても努力していたと思う。
でも、それだけじゃない。
彼女が来て、仕事がやりやすくなったと感じたっけ。
職場の中が和やかになったって、青木さんは言っていた。
そんな風に、全体の調和をうまくいかせる目配りとか、そういう何かがあるのかもしれない。
中村さんが優秀だと言われるのも、同じような何かがあるような気がする。
俺が新人のときから中村さんは頼りになる先輩で、今は信頼できる上司だ。
この人なら大丈夫と思える。
“信頼”とか、“信用”とか、“安心感”とか、そういうものがある人。
俺は仕事ではそんなに目立たないけど、そういうものがある人間でありたい、と思った。
橘さんのためにも。
そうは言っても、仕事の努力も大切だよね。
夕方、正面入り口の自動ドアの調子が悪いと連絡が来て、あれこれやっているうちに遅くなってしまった。
昼に橘さんから、今日は内輪の歓迎会だってメールが来ていたから、今ごろは4人で騒いでいるだろうな。
今夜は彼女の声が聞けるだろうか。
寝る前に電話してみよう。
9時ごろ、佐伯からメールが来た。
『竹田の件での椚さんへの貸しは、返してもらいました。』
そういえば、貸しって言ってたな。
会ってないのに返したことになったなんて、よくわからないけど、もう忘れていいってことか。
橘さんが何かしてくれたのかな?
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橘 春香
森田くんの内輪の歓迎会。
居酒屋に来たけど、森田くんにはお酒は飲ませません!絶対ダメ!
コバちゃん、ダメだってば!
これは佐伯さんが飲んでください。
あれ?わたしは何杯目だっけ・・・?
そういえば、康太郎くんって名前、弟と似てて親近感が湧くのよね。
佐伯さんが「康太郎」って呼んでると、一瞬、弟が呼ばれてるような気がする。
弟扱いでいいの?
じゃあ、わたしも「康太郎くん」って呼ぼうかな。
え?
じゃあって、佐伯さん・・・。