グループ指導担当
4月2日(金)。
朝一番で新人グループ指導の担当者への説明会があった。
担当者は全部で15人。
名簿を見ていたら、同期の知り合いの名前もいくつかあって、少しほっとする。
橘さんが、去年、俺がいてほっとしたと言ったことを思い出した。
こうやって、去年の彼女の気持ちをなぞっているんだ、と思った。
グループ指導は全部で7日。初回は4月16日の金曜日だ。
2回ほど全体研修の時間もあるけれど、大半は俺たちが予定を組む。
橘さんがやったように社の車を使って外へ行くことも可能。
社全体がこの研修をバックアップすることになっているから、いろいろな職場で業務の説明を受けることもできる。
ただし、それには各グループが重ならないように(あるいは一緒にできるように)日程調整が必要なので、担当者は計画表を来週の火曜日までに提出しなくてはならない。その週の金曜日に、調整後の日程表が配られる。
去年の指導例を見ながら説明が続き、最後に注意事項に入る。
ケガや急病時の対応、迷惑行為の禁止、指導担当の信用を損なわないようにすること、などのあとに
「恋人を物色するような気分でやらないこと。」
そんな人、いるのか?
「毎年、何人かの新人から苦情があります。指導担当がグループの特定の1人と親しすぎるという内容です。」
毎年!?
そのあと、その人たちってどうなるんだろう?そのまま恋人同士になるのかな?
そんなことで思考が止まっているうちに説明会が終わった。
「椚さん。」
職場に戻ろうと資料をまとめていたら、名前を呼ばれた。
顔を上げると、同期の・・・三上さんだ。さっき名簿に載っていた。
「三上さん。久しぶりです。」
「お久しぶりです。総務課に来たんですよね。本社はいかがですか?」
「まだ、よくわかりません。でも、みんな親切なので、ありがたいです。」
エレベーターに向かって歩きながら話す。
三上さんとは新人研修のあとは、同期会で何度か会った。
同期の女性陣の中でもしっかり者だったけど、それは今も変わらないように見える。
「グループ指導担当みんなで、顔合わせを兼ねて飲み会をやろうっていう話が出てるんですけど、椚さんはどうですか?」
「いつ?」
「来週の金曜日です。決定した日程表が配られる日。」
総務課の歓迎会は水曜日だっけ。元の職場は火曜日だ。
「行けると思います。」
「じゃあ、もし都合が悪くなったら、わたしに連絡してください。職場は3階ですから。」
俺が階段で戻るからと言うと、三上さんは軽く頭を下げて、エレベーターに向かった。
こういう集まりでテキパキと話を進めていく三上さんは、相変わらずしっかり者だなあ、と感心した。
遠藤さんから新人研修を優先にするように言われ、グループ指導の予定を練る。
去年の指導例はあまりにもいろいろで、見ているとますます迷ってしまう。
自分のときのことを思い出してみる。
部屋で中村さんの話を聞いたな。でも、浮かぶのは中村さんの様子ばかりで、話の内容はよく思い出せない。
俺は不真面目な新人だったんだろうか。
そういえば、本社の中をぐるぐる歩いたこともあったっけ。地下の機械室も見せてもらったな。
社用車を洗ったことも思い出した。
ああ、そうか。
中村さんは自分の仕事の経験を生かして、あの研修を組んだんだ。
遠藤さんも「新人の気持ちを前向きにするため」って言っていた。
実際に役に立つかどうかよりも、彼らが社内の様子や人を知って、会社に溶け込んでいけるように支援してあげることが大切なんだ。
そこまで考えて、さて、自分には生かせる経験があったっけ、と考える。
経験といえば、あの事務所だけ。
とりあえず、あそこに連れていく日を入れよう。
事務所の仕事の説明と現場回りで1日。
外に出るのは新人たちにも気晴らしになるだろうし、俺もあの事務所が懐かしい。
日にちは2回目の4月23日に決めた。
1日埋まったら、なんとなく弾みがついて、いくつか案が浮かんだ。
俺たちが社用車を洗ったように、何か体を動かす作業を入れられないかと思って遠藤さんに相談してみた。
「ああ!そういえば、あるよ。倉庫に防災グッズがしまってあるんだけど、それの整理はどう?ときどき課内でその話が出てたんだけど、時間がなくて、そのままになってるんだ。一部分だけでもやってもらえるとありがたいな。」
場所をきいて見に行くと、ほこりをかぶった段ボールの山だった。
大変そうだけど、みんなで協力してやるのは楽しいかも知れない。
グループ指導も、なんとかやれるかも。
昼に西村と一緒に社員食堂へ行った。
入り口を入ったところで、去年の秋に、西村と橘さんが一緒のところを見かけたことを思い出して、観葉植物の方に目が行った。
「お前、思い出してるな!」
と、俺の視線に気づいた西村がわき腹をつつく。
「まあ、確かにあのときの椚の慌てぶりは忘れられないけどな。ははは!」
くそ。
「ほんと、西村のあのがっかりした顔も見物だったね。」
こんな、学生みたいな会話もほっとする。西村と、橘さんの話ができてよかった。
食事を持って席に着くと、
「お隣、いいですか?」
と、声をかけられた。
社員食堂ではよくあることなので、どうぞと返事をしながら何気なく見上げたら三上さんだった。
俺にあいさつをしながら座る三上さんを見て、西村が不思議そうな顔をするので、同期だと説明した。
西村は経理課だから社員に知り合いは多く、もちろん三上さんのことも知っている。
3人でグループ指導の計画について話しながら食事をした。ほかの人の考えを聞くのは、俺にとってとても参考になる。
三上さんは、最初に指導の目標を設定していた。それに沿って計画を立てるらしい。しっかり者の彼女らしいやり方だ。
西村は去年の指導例の中から、自分ができそうなものを選ぶと言った。それも彼らしい方法だと思う。
俺はまだ検討中と言うと、三上さんが1回か2回、合同の日を入れないかと提案した。
そうすれば、俺たちはお互いに助け合えるし、新人も違うメンバーと交流できるからだ。
夕方までにそれぞれ指導案を考えて、夕方、3人で打ち合わせをすることになった。
「椚。彼女と今まで親しかった?」
「三上さんのこと?さあ。それほどでもないかな。同期会で2年前に会ったときには普通に話したけど。」
そもそも、本社の人たちとは交流が少なかったし。
「そうか。仕事で俺と話すときは、あんなに積極的じゃないんだけどな。」
「西村のことが恐いんじゃないの。」
「ふん!・・・彼女、橘さんがこっちにいたときに同じ課だったんだ。今もそのまま残ってる。」
ふうん。
「橘さんが、こっちで優秀だって言われてたこと、知ってるか?」
「橘さんが異動してくる前に、係長が言ってたよ。」
「三上さんもテキパキと有能な社員だけど、橘さんがいたから一番じゃなかったんだ。橘さんの場合は、仕事の出来だけじゃなくて、人柄もよかったから。」
やっぱりね。さすが、俺の橘さんだ。
「橘さんは、他人と自分を比べるようなタイプじゃなかったけど、三上さんはかなり悔しがっていたと、俺は思う。」
「なんだか、三上さんと話しづらくなっちゃうな。」
「お前は同期として付き合ってて構わないと思うけど、橘さんの話題は避けた方がいいかもって話。まあ今じゃ、彼女が“課で一番優秀”なんだから、満足してるだろうし。」
橘さんをライバル視していた人の話は、早くも2つめだ・・・。
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橘 春香
椚くんへメール。
『新人の森田くんが来ました!中学、高校とバレー部だったそうで、元気いっぱいです。仕事は岩さんとわたしから教えるけど、新人相談役は佐伯さんになりました。今日は森田くんを連れて、コバちゃんと佐伯さんとわたしで、内輪の歓迎会をします。』