表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/77

新しい人間関係



課長は入社式に出ているので、中村さんが自分で昇進の挨拶と異動者の紹介をした。


隣の経理課にも異動の女性が1人いた。


総務課は隣に経理課が並んでいて、その反対側に壁を隔てて人事課がある。その3課が総務部で、建物の5階を占める。


「椚 良平です。」


名前を言って頭を下げたけど、目の前に並んだ顔はどれも優秀そうに見える。


やっぱり自信がない・・・。


「椚くんの席はそこだから。みんな、あとはよろしく。」


中村さんの声が聞こえて、はっと我に返る。


示された席は5人席の左端だった。


総務課は席が2つの島に別れていて、総勢10人。


俺は中村さんと同じ島の、一番カウンターに近い席。中村さんは窓側。


俺の席とカウンターの間には、作業用の広めの机が置いてある。


荷物を持って自分の席へ。


俺と中村さんの間に男の人が一人。同年代のようなので、ちょっとほっとする。


「よろしくお願いします。」


と、まずはその人に挨拶した。


「よろしく。遠藤です。椚さんより3年先輩だよ。年は1つしか違わないけど。」


銀縁の眼鏡をかけた、鋭そうな人だ。仕事もできるんだろうな。


「山口です。どうぞよろしく。」


遠藤さんの向かい側の女性。ふっくらと優しいお母さんの雰囲気。30代半ばくらい?


俺も頭を下げる。


「緑川佳菜子です。よろしくお願いします。」


俺の向かいの女性。可愛い雰囲気のあるきれいな人だ。


女性2人のうしろに6人の席があり、そこまでが総務課。


そちらからも名前を名乗ってくれたけど、俺の頭はもう満員。机の上に総務部全体の座席表があるのを見てほっとした。


「仕事の説明は僕がするよ。二人で組んで動くことも多いから。ロッカーに荷物入れに行く?」


遠藤さんが声をかけてくれる。


「はい。」


立ち上がって、遠藤さんについて行こうと振り向いたとき、背中あわせの席の経理課の人と目が合った。


あれ?見たことある。誰だっけ?同期じゃないし。


ロッカーへと歩きながら、遠藤さんが5階の案内をしてくれる。トイレ、自販機、給湯室、更衣室、会議室、非常口・・・。


気さくな人でよかった。


ロッカーに荷物を入れて席に戻ると、さっきの人が椅子ごと俺の方を向いて話しかけてきた。


「椚。」


いきなり呼び捨て!?そんなに親しい人だっけ?


それにしても大きな声だな。


・・・あ!あのときの!


「西村・・・さん。」


去年、橘さんを車で迎えに来たときに会ったヤツだ。


あのとき、俺がもう少し着くのが遅かったら、橘さんはこいつと付き合ってたかも・・・いや、違うか。


彼女はきっと断ってたな。


俺が告白しなければ、自分から言おうと思ったって言ってたじゃないか。


そんなことが一瞬で頭の中を駆け巡った。


「昼飯は誰かと約束ある?」


「い、いや。まだ。」


「じゃあ、うまい店を教えてやるから一緒に行こう。」


なんだろう。親切なのか?警戒した方がいいのか?


「あ、俺も行っていい?」


「あれ?遠藤さん、愛妻弁当じゃないんですか?」


「今日は寝坊した。」


「じゃあ、12時に急いで出ましょう。椚、昼にな。」


そう言って、西村は仕事に戻った。


「知り合いだったんだ?」


遠藤さんが俺に言う。


「まあ、ちょっと・・・。」


それしか言いようがない。


「ふうん。あ、仕事だけど、」


15cmくらい積み上げた書類をボンと机に載せてくれる。


「これは各種の資料とマニュアル。仕事の概要はこっちで・・・。」


5枚にまとめられた引き継ぎ書をもらって、遠藤さんのレクチャーが始まった。





総務課の仕事は、中村さんが言ったとおり、本当に雑多な仕事が多いことがよくわかった。


社員が仕事をするのに必要な物や場所を管理する。どこかの課に振り分けられていないことはすべてだ。


例えば建物の管理には、清掃、修理、点検の手配、会議室や倉庫の割り振りと鍵の管理、蛍光灯や給湯器などが調子が悪かったら、なんていうのがある。


異動や破損で机やロッカーが足りなくなったときの世話とか、コピー機やシュレッダーなど共同で使用している事務機械の管理、会社の車の管理など。


そうかと思うと、課長以上が集まる会議の手配や、課内では解決しづらい問題の相談(どんなものがあるのかな?)というのもある。


なんだか、優秀とかそういうことは関係なくて、体が健康ならどうにかなるんじゃないだろうか、と思えてきたころ昼のチャイムが鳴った。





西村に急かされて、遠藤さんと俺は財布と携帯電話をポケットにつっこんで外へ向かう。


このあたりはオフィス街で人が多いから、安くてうまい店は急がないと入れないらしい。


どうにか目当ての店に腰を落ち着けて、一息つく。


さて。どうしたものだろう。


西村と話す話題なんてない・・・と思う。


「椚。お前が結婚するっていううわさを聞いたんだけど、相手、誰?」


と西村から切り出した。ずいぶんストレートに来たな。


遠藤さんが乗り出す。


「そのうわさ、椚くんの異動が発表になってからずっとくっついてるよね。『テレビで結婚宣言した人』って、みんな言ってる。」


やっぱり。


「相手はまだ公表しないことにしてるんですけど。具体的な日程も決まってないし。」


橘さんを守るために。


「俺は知る権利があるんじゃないかと思うけど。」


と西村。そう言われると、断りにくい。


遠藤さんは話がよくわからないので、戸惑った様子で西村と俺の顔を見比べている。


「彼女がうわさに巻き込まれるのは避けたいので・・・。」


「遠藤さんなら大丈夫。黙っててくれる。」


あくまでも逃げ腰の俺に西村が保障すると、遠藤さんはうなずく。


この様子じゃ話さないと収まりそうにないな。仕方ない。ため息ひとつ。


「橘春香さん。」


「あー!やっぱり!」


西村!声が大きいよ!


遠藤さんは驚いた顔。そうだよね。中村さんの元の彼女だもん。


「中村さんは知ってるの?」


「今朝、話しました。『よかった』って言ってくれました。」


「もしかしたらって、思ってたんだよ!」


西村はとてもくやしがっている様子だけど、こうやって発散してるだけかも。険悪な雰囲気ではない。


そうして、遠藤さんに説明を始めた。


「去年の秋、橘さんがこっちに来ていたときに偶然会って、久しぶりに話をしたんです。春先のうわさから立ち直ったようだったし、デートにでも誘おうと思ったら、こいつが現れて。」


遠藤さんが笑う。


「西村君は、思ったらすぐ行動の人なのに、先を越されたんだ。」


「西村・・・さんは橘さんのこと好きだったの?」


そこをきいておきたい。


「『西村』だけでいいよ。」


了解のしるしに頷く。


「入社のときは目立たなかったから気にしてなかったけど、彼女が仕事で経理課によく出入りしてて、だんだん話すようになったんだ。それで、今度会ったときに誘ってみようと思っていたら、中村さんと付き合い始めちゃって。」


あらら。


「相手が中村さんじゃ勝ち目がないし、そのときはあきらめた。で、去年のうわさが流れてびっくり。」


「じゃあ、異動の前に告白すればよかったのに。それに、異動してからでも電話とかメールとか、方法はあるじゃない。」


遠藤さんがサラッと言う。そ、それは困る!


「俺がうわさを聞いたのは3月の半ばだったんですよ。男はこういう情報が入りにくいから。そのころは仕事が忙しくて、橘さんと話す時間なんてとれなかった。」


よかった。西村がうわさに疎い男で。


「それに、用事もないのに電話やメールなんかしたら怪しいですよ。もともと親しいならともかく、同期ってだけじゃ。あーあ。俺は橘さんとは縁がないんだな。」


とため息をつく西村。意外に奥手なんだな。


定食が運ばれて来て、職場の情報をいろいろと聞きながら食べた。確かに美味しい店だった。


「ところで椚、緑川さんには気を付けろよ。」


緑川さん?


「あ、そうそう。総務部の男性陣は“対緑川さん同盟”を結んでるんだよ。」


遠藤さんも声をひそめて言う。


「何ですか、それは?」


「今は時間がないから、夜に一杯どう?今日は空いてるか?」


西村が提案。


今夜は早く橘さんにいろいろ話したかったけど、新しい職場の情報も大切だから仕方ないか。


行けると言うと、遠藤さんも行くと言った。


「今週は妻がお迎え担当だから。」


遠藤さんは奥さんと1週間交代で、子供の保育園の送迎を担当しているそうだ。残業も、送迎のない週にまとめてやるという。


子供のいる人には、それぞれいろいろな子育ての形があるものだと思った。


西村も仕事をなんとか切り上げると言い、今日の終業後に出かけることになった。







* −−−− * −−−− * −−−− * −−−− * −−−− *




橘 春香




新人くんに引き継ぐ仕事の整理ができない〜。


明日の朝に来るんだよね。


18才って若いなあ。


森田 康太郎くんだっけ。


弟と名前が似てるけど、どんな子だろう?










評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ