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春に向かって(2)


3月30日に佐伯、コバちゃん、橘さんが内輪の送別会をしてくれた。


コバちゃんが、お世話になった御礼にとプレゼントを用意してくれていた。


「あたしが椚さんにプレゼントしても、春香さん、嫌じゃないですよね?」


と、気を遣いながらくれたのはパスケースだった。


橘さんは


「もちろん、コバちゃんなら、全然OK!」


と言ったあと、よかったねと俺に笑って言うと、


「あれ?ごめん。ちょっと。」


と、慌てて席を立ってしまった。何となく、涙が見えたような気がしたけど、気のせい?


佐伯とコバちゃんは彼女の様子には気付かなかったみたいで、そのまま話は続いたけど、なかなか彼女は戻って来ない。


戻って来たとき、彼女はメガネをかけていた。


橘さんのメガネ姿を見るのが初めての佐伯とコバちゃんは、


「かわいい!」「似合いますよ!」


と大騒ぎだった。


「コバちゃんが椚くんにプレゼントをしたのを見たら、この一年、本当にみんなにお世話になったなあと思って、ちょっと涙が出ちゃって。自分は残るのに。年をとると涙もろくなって困るよね。」


と困った顔をして橘さんが笑う。そんなことを素直に口に出す彼女に、コバちゃんが


「春香さんがそんなこと言ったら、あたしも悲しくなる〜。」


と言って、抱きついた。


「橘さんは、椚さんと毎日会えないことが悲しいんじゃないんですか?世間一般の恋人同士は、毎日会えない方が普通だと思いますよ。」


と佐伯がからかい、橘さんは「ちがう〜!」と怒った顔をしたけど、メガネ顔が子供っぽくて怒っても可愛いだけ。


それからは、いつもの通り4人でたくさん笑って、俺にとってはとてもいい感じの送別会になった。





帰りは橘さんと一緒にと思ったのに、今日は少し飲みすぎた様子の佐伯が


「大丈夫です!橘さんは俺がきちんと見届けますから!」


なんて言い、橘さんも


「コバちゃんが一人になっちゃうから、椚くんはそのまま帰って。」


と言うので、仕方なく駅で彼女と別れた。


確かに佐伯がついていれば心配はないだろう・・・けど、俺の気持ちは複雑だ。


佐伯が年末に橘さんと同じ方向の部屋に越してから、朝や帰りに、ときどき一緒になると彼女から聞いている。


彼女は相変わらず佐伯のかっこよさに緊張すると言ってるけど、佐伯が気付かない程度だから、うまく隠しているようだ。


それ以外に、彼女が困った様子を見せないということは、佐伯があくまでも同僚として接しているということだ。


今だって、彼女は向かいのホームから元気に手を振っている。


だけど!


橘さんは、自分に決まった相手がいるから、それを知っている人は自分を好きにならないと思っている。たぶん。


そんなことないのに。


自分だって、自分という決まった相手がいる中村さんを好きになった女の子が出現して、悲しい思いをしたじゃないか。


なのに、佐伯が俺と彼女のこと知っているからと安心して、佐伯に対して警戒心がないんだ。


それが不安だ。


佐伯のことを疑ってるわけじゃなくて。あいつは信用できる。


でも、彼女のその警戒心のなさが、佐伯に対してどう作用するのかが不安なんだ。


「佐伯さん、優しい顔してる。」


コバちゃんが、橘さんに手を振り返しながら話しかけてきた。


「え、そうかな。」


「離れてるからはっきりとはわからないけど、あたしにはあんな顔で話しかけないよ。」


とニヤリとして、続けて言った。


「メガネの春香さん、可愛いもんね!椚さんは見たことあるんでしょう?」


「ああ。秋葉原に出かけたときに。大変だったんだよ。」


「デートで秋葉原?椚さんらしい。」


そう言って笑うコバちゃんに、秋葉原で橘さんがどれほど人気者だったかを話してあげた。


その間に電車が来て乗り込む。反対ホームにも電車が入って来た。


先にこっちが出発して、窓から橘さんたちは見えなかった。


「人気者と言えば、」


とコバちゃんが真面目な顔をして言った。


「あたしのこと、みんながモテるって言うけど、毎日一番長い時間を一緒に過ごしてる職場の人があたしを好きにならないって、変じゃない?春香さんの方が人気があるような気がするし。なんか、あたしは外見だけ良くって中身のない人間みたい。」


何を言ってるんだか。酔っ払ってるのかな?


「コバちゃんは俺たちの仲間なんだから、それじゃダメなの?」


「うーん・・・。ダメじゃないか。みんなに認められてるもんね。」


そうだよ。


「わたしも春香さんは大好きだし。」


「橘さんも、コバちゃんのこと好きだよ。それに、職場中の男がコバちゃんに、『結婚して!』なんて言ってきたらどうする?」


「うわ!勘弁して。それは耐えられない。」


コバちゃんは怖そうな顔をして首を振った。それでも、


「少し、春香さん風にイメチェンしようかな。」


と言いながら、窓ガラスに映った自分をチェックした。






総務課に移ったら、中村さんに橘さんとのことを話すことは避けられそうにない。


どんな風に話そうかと少し不安のまま3月最後の日も終わった。







* −−−− * −−−− * −−−− * −−−− * −−−− *




橘 春香




椚くんには言わなかったけど、総務課にはあの子がいるんだよね・・・。


やたらとわたしのこと目の敵にしてきたけど、椚くんには大丈夫かなあ。








なかよし編、ここで終了です。


次からは椚くんが新しい職場でがんばる予定です。



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