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4月2日


2日目。


朝、昨日のお礼とあいさつを交わして、業務開始。


今日は佐伯は現場回りで一日いない。


橘さんは机のパソコンを立ち上げて、メールの設定をしているらしい。うちの会社では社内用のメールアドレスが割り当てられている。そのあと、金子さんが残していったらしいデータを見ながら、資料と見比べていた。


と、電話の音に反応して顔をあげた。


コバちゃんが電話をとっている。


「はい。開発相談室、小林です。」


さわやかできびきびした受け答えがコバちゃんの持ち味。いかにも有能なかんじ。


橘さんは控えめにだけど、しっかりコバちゃんの話すことを聞いていたようだ。


そのあとも電話が鳴るたびに、誰かが話すのを聞いて、資料を見ている。


(俺は別に彼女を観察していたわけではなく、あくまでも隣だから気付いちゃってるだけで。)





午後、コバちゃんと岩さんが外回りに出かけ、居残りは係長と橘さんと俺の3人。


隣の係(俺たちのうしろ側)にも人はいるけど、席のまわりがスカスカで、橘さんはちょっと緊張しているように見えた。


「あのう、椚くん。」


小声で呼ばれた。


「はい。なんでしょう?」


橘さんに話しかけられると、なぜか背筋が伸びて丁寧な言葉遣いになる俺。彼女は友達口調なのに。


「わたし、電話に出てみてもいいかな? 今日は留守番が少ないし、伝言くらいならわたしでも受けられるかも。」


そういえば佐伯が、早く電話に出られるようにって言ってたな。


「やってみますか?」


「うん。」


この係では土地の相談を扱っている。


大きな金額が動くこともあるので、不用意に答えたりするのは禁物だ。


ほかでは使わない言葉もあるし、ガラの悪い相手のときもある。


「じゃあ、電話で話すときは・・・。」


注意事項と聞き取りの基本項目を説明して、何かきかれたらすぐに代わるように念を押す。





次の電話が鳴ったのは、それからしばらくたってから。


彼女はちらりとこちらを見て小さくうなずき、受話器をとった。


「はい。開発相談室、橘です。」


予想していなかった声と名乗りに、係長がおどろいてこちらを向くのが見えた。


隣の係のメンバーも、振り返って見ている。


新しい職場に配属になったとき、なかなか電話に出られない人は多い。


業務内容がよくわからなから、相手にどんなことをきかれて、どう答えればよいかわからないからだ。


周りも自分の経験でその気持ちはわかるから、しばらくの間はみんなでフォローする。


でも、橘さんはそういうことに甘えなかった。役に立とうと頑張っている。


やっぱり優等生だ・・・と、一瞬思ったけど、そうじゃなくて、彼女は努力家だ。


そんなことに感動している俺って、何?




「少々、お待ちくださいませ。」


電話を保留にすると、彼女がこちらを向いた。


「岩田さんの担当地区のご相談だけど、出張から戻ってから折り返しお電話するってお伝えしていいのかな?」


「何時になるかわからないから、僕がもう少し詳しく聞いておきます。」


と言うと、にっこり笑って「よろしくお願いします。」と受話器を差し出された。


俺はちょっとドキドキしながら電話に出て、このドキドキは彼女が電話に出たことへの緊張感だと解釈した。


無事に初めての電話が終了して、ほんとうにほっとした。





終業時間になって、俺がまだ帰らないと言うと、橘さんは何か手伝うことがあるかときいてきた。


引き継ぎが終わるまでは頼める仕事がないと答えると、


「じゃあ、来週からがんばります!」


と言って、彼女は帰っていった。お疲れさま。




30分ほどすると、コバちゃんと岩さんが戻ってきた。


そこで、午後の電話のてんまつを話しながら、岩さんにメモを渡す。


「えぇーっ!」


と驚くコバちゃん。


「ガッツがあるなぁ。」


岩さんはものすごく感心している。


たぶん、佐伯の厳しい目にも合格だな。





* ---- * ---- * ---- * ---- * ---- *


橘 春香



とりあえず、2日目も終了。


電話に出るのは、さすがに緊張したな・・・。


でも、それよりも明日の引き継ぎだよ!


佐伯さんの顔を見るのは、やっぱり無理な気がする。


でも、そうだ!


私から話す必要はないかも。説明してもらえばいいんだもんね。


よし。なんとなく、頑張れる気がしてきた。




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