新年会
1月中旬に事務所の新年会があった。
事務所全体での宴会は年に1回、この新年会だけ。少し大きな居酒屋の座敷を借り切って行われる。
隣の係は20人近くいるけど、普段はその人たちと仕事以外の話をする機会は昼休みや帰り際しかなくて、あいさつしかしない相手もいる。
でも、こうやってお酒の席で話をすると、とても楽しい人や物知りな人だったり、話が合うことがわかったりして、そのあと一緒に仕事を進めやすくなることも多い。
橘さんはコバちゃんと隣同士で、テーブルの端の方に座っている。そのほかは男ばっかりだから、その方が安心だ。
俺と佐伯はそれぞれ、隣の係の人たちの間に座って話がはずむ。竹田は俺を避けるように遠くに座っている。
お酒が進むにつれて座は賑やかになり、ふと橘さんの方を見ると、女性2人の周りには5、6人の男性陣が囲むように集まっていた。
去年まで未婚の女性はコバちゃんだけだったので、しつこくされて困ったときは、俺か佐伯のところに席を移動してくるように言ってあった。橘さんにもその話は伝わっているはず。
「橘さんが来てから、事務所が和やかになったねえ。」
俺と話していた青木さんが、俺の視線に気付いて言った。青木さんは30代前半で技術主任だ。奥さんと二人のお子さんがいる。
「あの『行ってらっしゃい』と『お帰りなさい』が効くね。」
「青木さんは、いつも家で言われているじゃないですか。」
「それでも、職場で言われると違うよ。事務所全体に一体感が生まれるっていうか、一緒に仕事してるんだなって思う。」
「そうなんですか。俺には、職場でしか聞けない言葉ですから、そこまで気付きませんでした。」
「早く結婚したらいいよ。ああ、そういえば、テレビで結婚宣言したんだってね。」
「恥ずかしいから、その話題はやめてください・・・。」
青木さんが大笑いしている間に、コバちゃんが席を移って来た。
「青木さんとは安心してお話できます!」
と言いながら俺と青木さんの間に座る。
「うちの若い者は、なかなかコバちゃんと飲む機会がないからね。そんなにしつこかった?」
と青木さん。
「まあ、少しですけど。怪しくなる前に移動して来ました。」
と笑って、青木さんと話し始めた。橘さんは・・・?
席をはずしていたみたいで、ちょうど部屋に戻って来たところだった。
さっと部屋を見回してコバちゃんが俺の隣にいることを確認すると、そのまま課長と岩さんが話しているところへ行った。なるほど、あそこが一番安心だ。働く女性は、自分の立場を守る方法をよく知っている。
橘さんとコバちゃんに逃げられた男集団は、二人の意図に気付いたかどうかわからないが、それなりに盛り上がっていた。
会がお開きになると、橘さんとコバちゃんはそのまま帰って行った。
二人は店を出ると、さっとあいさつして駅に向かってしまったので、酔っ払って、引き留めようと思っていた男性陣は間に合わなかった。
俺と佐伯は何人かと一緒に、もう一軒寄ってから帰った。
一人になってから橘さんに無事に帰ったのかとメールをすると、「女性専用車両で帰ったから大丈夫。」と返信。女性専用車両なんて、邪魔だとばかり思っていたけど、こういう立場になってみると有難みがわかる。
翌日の朝、駅で会ったコバちゃんと事務所まで歩きながら昨夜の宴会の話になった。
「毎年のことだけど、人気があるよね、コバちゃんは。」
と言うと、コバちゃんは
「違う違う。今回はあたしだけじゃなくて、春香さんもだよ。」
と答えた。ちょっとうろたえる俺。
「きのう集まってた半分は春香さん狙いだよ。あたしより、春香さん目当ての人の方が本気っぽい感じがした。」
年齢的にもそうなのかも。大丈夫なのか?慌てる俺にコバちゃんがなぐさめるように言う。
「大丈夫。春香さんは、そういうのかわすのがすごく上手だったよ。さすがって思っちゃった。」
「そ、そう?」
「うん。相手も気を悪くしないし、これからも関係良好でよろしくね、って感じで。優秀な人って、そういうところも違うんだね。あたしも勉強になったよ。」
今までたくさんの男性から言い寄られてきたであろうコバちゃんをここまで感心させるなんて、橘さんはかなりすごいのかな。
「椚さんは、そうやってかわされなくてよかったよね。」
思わず、車の中で告白したときのことがよみがえって、断りの言葉を微笑んで言う橘さんが目に浮かんだ。
ダメだ!背筋に悪寒が・・・。
事務所に着いて、橘さんの笑顔を見ても、その幻影はなかなか消えなかった。
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橘 春香
あ、おはようございます!
昨日はお疲れさまでした。