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お正月(5)



「うわ。あれ?なんで?」


すぐ近くで橘さんの声がする。ああ、彼女の部屋だっけ。


目を開けたら、目の前に橘さんの顔があった。ものすごく焦っている。


「ベッドから落っこちちゃったかな。」


伸びをしながら、とぼけて俺が言うと、


「そんなはずないでしょ!反対側だもん!」


と抗議して、布団の中を覗き込んでいる。どうやらパジャマをちゃんと着ているか確認しているらしい。


「いくらなんでも、眠ってるままじゃ楽しめないし。」


彼女の様子が可愛くてちょっとからかってみたら、布団に潜り込んで、目だけ覗かせた。


怒ろうか、笑おうか、迷ってるみたいだ。


結局、二人して笑った。朝一番の笑顔。


「そうだ!テレビ!」


何かやってたっけ?


「ほら、昨日のインタビュー。今日のニュースでやるかも、でしょ?」


そうだった!


でも、その前に、言わなくちゃ。


「橘さん。結婚しよう。今年中に。」


「え?今年中?急に、どうして。」


「30才になる前にって思って。初詣でも、それをお願いした。そうしたら、あそこでインタビューに遭って、慌てちゃって。」


橘さんは言葉が出てこないらしい。でも、結婚は初めから考えていたことで、あとは時期の問題だけのはず。


「・・・うん。いいよ。」


と言うと、彼女は恥ずかしいのか、また布団に潜ってしまった。


「やった!」


俺は布団ごと、橘さんを思いっきり抱きしめた。


「苦しい・・・。」


布団の中から彼女の声が聞こえた。





ニュースでやるといっても、何時のニュースかわからない。


仕方がないので、その日の○△テレビを、見られる限り見ることにした。


努力はすぐに報われた!


こたつで朝食を食べながら見ていた番組の中のニュースコーナーで、「浅草寺の初詣客への・・・」という言葉が聞こえたのだ。


ずいぶんたくさんの人にきいたらしく、ボードに「今年の目標」というタイトルで項目と人数が書いてある。「結婚」はなかったので一安心。


と、思ったら。


キャスターの「こんな方もいらっしゃいました。」という言葉のあと、3人目に現れたのが自分だった!


マイクに向かって「結婚です。」とか言ってるよ!


映像はほんの1、2秒で、次々とほかの人が現れて色んなことを言ってたけど、自分の映像だけがくっきりと目に残っている。


橘さんと二人でテレビの画面を見つめて、しばし呆然とする。


そ、そうだ!橘さんは映ってなかった。それだけは助かった。


・・・と思って橘さんを見ると、下を向いて肩を震わせている。怒ってる?いや、笑ってるんだ。


「ご、ごめん。なんだか可笑しくって。お正月早々、テレビで結婚宣言したみたいになってる。」


そう言って、ますます笑い転げる。


えぇ!?笑いごと、っていうか、笑い者になってる?


「自分が映ってないからって、そんなに笑わなくても。」


ちょっと傷ついた・・・。


「ごめん。違うの。緊張が解けて、なんか。」


そう言って、まだくすくすと笑いながら俺の隣にずりずりと寄って来ると、


「ありがとう!」


と言いながら、肩に抱きついてきた!


もう傷は癒えました。





あとは、いったい何人くらい知り合いがあの映像に気付いたかが問題。


三が日のニュースなんて見る人いないよね・・・と話していたら、橘さんの携帯にメールが入った。


「あれ、コバちゃんだ。」


このタイミングって、もしかして。


「テレビで椚くんを見たって書いてある!」


見てたんだ・・・。


「結婚の相手は、わたしで間違いないかって。返信しておこう。」


また笑ってる。


念のため、俺も携帯を確認しようと荷物のところへ・・・すでにメールが5件も!来たのは、全部、今?


あ、また来た。


結局、メールは昼までに12件来て、大学や職場の友人、母さんと弟の瞬だった。


中にはテレビは見なかったけど、誰かからメールで知らされたというヤツもいて、あの短い映像がどれほどの威力を持っていたのか考えると不安になった。


明日から仕事だけど、大丈夫かな。ちょっと憂鬱。


橘さんと、職場に報告するかどうか相談して、まだ知らせないことに決めた。


まだ具体的なことは決まってないし、周りに気を遣われるのも嫌だったから。


橘さんも俺も、仕事中にベタベタするつもりはない。


去年だって、みんなには分からなかったんだから、それはこれからも同じこと。


オープンにするのは結婚する日が決まってからにしようと。




俺にはもう1つ理由がある。


去年、橘さんは、中村さんとの仲が壊れたことが本社中で噂になってしまった。


4月に異動してきてからは平気な顔をしていたけれど、一昨年の年末から3月まで、つらい思いをしたはずだ。


今度のことはおめでたいことではあるけれど、結婚相手がテレビで宣言したなんて、格好の噂の的であることに変わりはない。


去年の噂がせっかく消えたのに、また新たな話題を提供する必要はない。


二人ともそういった噂からは遠い職場にいることも幸運だ。


橘さんが、少しでも悲しい思いをしないように。





昼ごろ、橘さんの部屋を出た。明日から仕事だ。


橘さんが、お姉さんから双子の面倒を見てくれたお礼のメッセージが来たと言って、改めて御礼を言われた。


あの二人の世話と赤ちゃんでは、お姉さんは大変だね、というと、


「実加姉さんは文部科学省に勤めてるの。双子は保育園に行ってるんだよ。今は冬休みだけど。」


と教えてくれた。お姉さん、すごいな。


「最初の妊娠で双子だってわかったとき、自分で二人いっぺんに育てるよりも、自分は働いて、子育てはプロの保育士さんに頼んだ方がいいって決めたの。だんな様は自宅で会計事務所を開いてるから、少しは時間に融通がきくこともあって、ずっと働いてるんだ。」


そういう考え方もあるんだね。


「それにあの子たち、お母さん・・・実加姉さんのことが大好きで、姉さんの言うことはよく聞くんだよ。」


「いい親子なんだ。」


「そうなの。」


俺たちにも、いつか・・・と思ったけど、今はちょっと想像できなかった。







* −−−− * −−−− * −−−− * −−−− * −−−− *




橘 春香




いそがしい年末年始でした!


もう明日から仕事か〜。


でも、椚くんに毎日会えるからいいか。








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