お正月(2)
1月2日。
昨日はのんびりと過ごしたので、体調は元に戻ったようだ。
今日は橘さんの家に行く。
正月の訪問なのでネクタイが必要かなと一瞬思ったけど、スーツは持って来なかったし、今回はお迎えのついでのご挨拶だからと思い直した。あんまり普段着過ぎなければ大丈夫だろう。
昼過ぎに瞬に車で駅まで送ってもらった。
このあたりの店は今日から開けているところが多いので、お土産を買うのに便利だ。
まずは酒屋で父さんお薦めの吟醸酒を包んでもらい、それから母さん情報の『弥生』のロールケーキを買った。
橘さんの家のある側の出口に着くと、彼女はもう来ていた。今日もジーンズでカジュアルな服装。
「明けましておめでとうございます。」
彼女が丁寧に頭を下げる。そういえば、昨日は言わなかったっけ。
「明けましておめでとうございます。」
俺も慌てて頭を下げる。
顔を見合わせてちょっと笑う。こんなことでも楽しい。
「お土産まで用意してくれてありがとう。1つ持つよ。」
彼女にケーキの箱を渡して、一緒に歩き出す。
「今ね、姉が出産で里帰りしてるの。年末に赤ちゃんが生まれてね。で、その上の双子の男の子がもう大変で。」
ああ、それでゆっくりできないんだ。
「姉はまだ本調子じゃないから赤ちゃんの世話だけしてて、両親と弟とわたしで双子を見てるんだけど、2才で目が離せないの。ものすごいいたずらっ子なんだよ。」
「ちょっと面白そう。」
「帰るころには、そんなこと言ってられないよ、きっと。」
橘さんの家は和風の一軒家だった。
着くと、橘さんのお母さんが出迎えてくれた。おっとりした雰囲気の優しげな人だ。
「いらっしゃいませ。椚さんの息子さんですってね。」
「明けましておめでとうございます。椚良平です。初めまして。年末は、た、春香さんに大変お世話になりました。」
緊張して頭を下げると、お母さんは「いえいえ」と笑って、
「春香の方がお世話をかけることの方が多いでしょう?たまにはお返ししなくちゃね。」
と言ってくれた。
お土産のケーキの箱を渡すと、
「あら、椚さん、覚えていてくれたのね。」
と嬉しそうに言って、「さ、どうぞ上がってくださいな。」と勧めてくれた。
第一段階終了。
次は橘さんに案内されて居間へ。
「お父さん。椚さんです。」
彼女がお父さんに俺を紹介してくれながら部屋に入る。
お父さんは和服姿にメガネをかけた、日本のお父さんという感じの人だった。ちょっと緊張・・・。
「明けましておめでとうございます。椚良平です。春香さんにはいつもお世話になっています。」
正座をして頭を下げる。
「日本酒がお好きだとうかがったので、これ、お口に合うといいのですが。」
一気にそこまで言って、手土産の日本酒を差し出す。
お父さんは
「やあ、悪いね、そんなに気を遣ってもらって。」
と笑って受け取ってくれた。けっこう機嫌が良さそう、かな?
ちらりと橘さんを見ると、小さく頷いてくれた。
「今、お茶を淹れるからこちらに座って。」
お父さんとはす向かいの席を勧められて座布団に座ると、とたとたと小さな足音が近づいて来た。
「お客さん、どこ!?」
という子供の声と一緒にふすまが開く。小さい男の子が、俺を見てニコっと笑った。
「お客さんだー!」
ああ、この子がお姉さんのお子さんか・・・と思っているうちに、もう1つの足音がして同じ顔の男の子が顔を出した。
「お客さんだ―!」
おお!本当に双子だ。そのあとから大人の足音が。
「そっちに行っちゃダメって言っただろ!あ、弟の康太です。」
「こんにちは。椚です。」
瞬が言ってた弟さんだな。
「春香姉さん、ごめん。やっぱり俺一人じゃ無理。」
橘さんは、しょうがないな・・・という顔をしている。
お父さんは落ち着かない様子になって、
「そういえば、華枝が何か手伝ってと言ってたな。椚くん、ちょっと失礼。」
とか言いながら、部屋から出て行ってしまった。
「椚くん、覚悟してね。」
橘さんが恐い顔をして俺を見た。
「・・・はい?」
双子は陸と空という名前だった。そして、元気いっぱいだった!
いくら走っても、いくら飛んだり跳ねたりしても、全然疲れない。
肩によじ登ったり、抱っこをせがんだり、逆さまにぶらさがったり、両手でぶらさがったりと大騒ぎだった。
俺は康太くんと二人で、立ったり座ったりして相手をした。
お父さんが部屋から出て行った気持ちがわかる。
橘さんは黙って見ていたわけじゃない。
何とか大人しくさせようと、または、部屋から出そうと頑張った。
けど、二人にはお客が珍しくて、嬉しいらしい。
俺のことを「りょうちゃん」と呼んで、もっともっとせがむ。
橘さんのことは「はるかちゃん」、康太くんのことは「こうちゃん」と呼んでいる。
小さい子の相手はあまり経験がなくて最初は不安だったけど、二人の笑顔と笑い声がとても可愛らしくて、男の子が喜びそうな遊びをたくさんしてあげた。
橘さんも最後はあきらめて、一緒に笑っていた。
でも、さすがに疲れる!
ところが、いきなり静かになって、「あれ?」と思ったら、二人とも座布団の上に丸くなって眠っていた。
時計を見たら3時近い。2時間も遊んだのか・・・。
「どうもありがとう。」
座卓を双子が眠っているのと反対側に寄せて、橘さんがコーヒーを出してくれた。
起きると面倒だからと言って、橘さんは子供たちを別な場所に動かすのはやめて、その場で毛布をかけてあげていた。
「普段は康太しか荒っぽい遊びはできないから、二人とも嬉しかったみたい。病み上がりなのにごめんなさい。」
「いいえ。俺もおもしろくて、ついやりすぎました。」
橘さんがお菓子を取って来ると言って部屋を出て行くと、康太くんが話しかけてくれた。
「椚さん、椚先輩のお兄さんなんですってね。」
「うん。康太くんも陸上部だったんだって?」
「はい。先輩は2年上だし種目が違ったので、あまりお話はしませんでしたけど。女子には人気がありましたよ。」
へえ、知らなかった。
「そういえば、椚さん、姉の運転でこちらに戻ったそうですね。恐くなかったですか?」
「恐かったよ!でも、家では運転してるんでしょ?」
「してるって言っても、誰も乗りたがりませんよ。」
「でも、お父さんがお酒を飲んだときに運転するって聞いたけど。外出先とかで、代わりに運転してるんじゃないの?」
「・・・椚さん、姉さんにやられましたね。」
え?
「その話、ウソじゃないですけど、微妙に真実を避けてます。父は酔っ払うと、面白がって、姉さんに運転させて近所を一周するんです。素面じゃ体験できない緊張感だって言って。もう何十回もやってるのに、姉さんの運転、全然上手くならないんですよ。」
えぇっ!!!!!
「ちゃんと帰って来られたでしょ!けっこう上手くなってるのかもよ。」
橘さんがお菓子を出しながら、康太くんをちょっとにらんだ。あれで上手くなってるの?
「椚くん、お父さん、昼寝しちゃって起きないの。年末から双子の世話で疲れきってたみたいで。お母さんは双子が寝てる間にって、買い物に行っちゃった。ごめんなさい。」
「ああ、おかまいなく。双子くんが起きる前に、俺たちも帰った方が・・・。」
「そうだね!思ったより遅くなっちゃったし。支度してくる。」
「あーあ。今晩のお守は俺だけか・・・。」
康太くんがため息をついた。若いんだから、頑張れ!
「ところで、あの、椚さん。」
橘さんがいなくなると、康太くんが話しかけてきた。
「姉さんとは、あの・・・。」
ああ、そうか。
「結婚するつもりでお付き合いさせてもらってます。」
康太くんが、とてもほっとした顔をした。
「去年の正月は、すごく落ち込んでいて。双子と遊んでいるときも、なんとなく淋しそうで。」
そうだよな。別れたばっかりのときだもんな。
「椚さんは春香姉さんのこと、しっかり者だと思ってますか?」
「うーん。仕事では優秀だよ。でも、しっかり者っていうのとはちょっと・・・。」
そこが可愛いんだけど。
康太くんは安心した顔で微笑んだ。
「実加姉さんは長女で春香姉さんの2つ上なんですけど、すごく自由奔放な性格で、僕の面倒や家の手伝いはいつも、春香姉さんが見てくれていたんです。何でもよく気付いてくれて、一緒にゲームをしたり遊んでくれたんですけど、たまに学校から帰った春香姉さんがぼんやりしてため息をついていることがあって。」
そんな彼女がちょっと目に浮かんだ。
「年が離れていて言いやすかったのか、僕によく『わたしは別にしっかりしてる訳じゃないのに』って言ってました。学校で優等生扱いされることが嫌だったみたいです。」
そうだったんだ。
「僕は春香姉さんの元気でおっちょこちょいなところしか見ていなかったので、学校で優等生で通っていることが信じられませんでしたけど。姉さんは頑張り屋なので、周りの期待に応えようとしてしまうんだと思います。」
それに、優秀だからいい結果も出るからね。
「俺も中学のときは春香さんに頼っていたみたい。彼女にそう言われた。でも今は、守ってあげたいと思ってる。」
俺は康太くんを見た。
「彼女は頑張り屋で芯の強い人だと思う。それは仕事とか、いろんな場面で必要なことだけど、俺との間ではそれは必要ないようにしてあげたい。康太くんと遊んでいたときの春香さんのまま、一緒にいて欲しいと思ってる。」
「よろしくお願いします。」
康太くんは座りなおして俺に頭を下げてくれた。
「こちらこそ、これからもよろしくお願いします。」
俺も座りなおして頭を下げる。
「あれ!どうしたの?」
橘さんが戻って来た。
「父さんの代わり!」
康太くんが彼女を見て笑って言った。
「うわ・・・、なんか恥ずかしい。椚くん、行こう。」
俺が立ち上がって部屋から出ると、彼女が部屋の中に向かって小さく言うのが聞こえた。
「康太、ありがとう!」
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橘 春香
陸と空のはしゃぎようはすごかったな。
椚くんがあんなに頑張ってくれるなんて思わなかった。中村さんだったら想像できない。
お父さんもお母さんも、あの子たちから解放されてほっとしてたし、今日、来てもらってよかったかも。