お正月(1)
大晦日に実家に戻って一晩寝ると、新年の朝には熱が下がっていた。
もしかしたら、昨日、橘さんの運転で緊張したのが効いたのかも・・・なんてことはないか。
橘さんが実家に送り届けてくれたおかげだ。安心してよく眠れた。
そうだ!
今年は「橘さん」を卒業するんだった。
でも、何て呼ぼう。
「春香さん」じゃ、なんだか年上の人みたいだ。
「春香」だと、なんとなく偉そうだし、彼女が所有物みたいに聞こえる。
かといって「春香ちゃん」だと、お友達っぽくないか?
呼び方も迷うけど、呼ぶタイミングも難しいかも。
布団にくるまったままそんなことを考えていたら、母さんが様子を見に来た。
「熱が下がったんなら、起きてお雑煮でも食べる?」
そういえばお腹が空いたし、少し起きておかないと、明日帰るのがつらいかも。
着替えてリビングに降りると、父さんが新聞を読んでいた。
「明けましておめでとうございます。」
一応、家族にも新年のあいさつ。いざというときには世話になってるし。
「ああ。おめでとう。昨日は女の子に送ってもらって帰ったんだって?」
「それがねえ、中学のときの同級生で、あちらのお母様も私の知ってる方なのよ〜。」
母さんが雑煮を運んで来ながら解説する。
「勉強ができてお行儀がいいって評判だったお嬢さんなの。昨日、ご挨拶したときも礼儀正しかったし、お母様もいい方で、もう嬉しくて。」
すごいはしゃぎようだな。
「良平、あちらに御礼に伺わなくていいの?」
そういえば、そうだった。
「明日、東京に戻る前に寄ることにする。」
「じゃあ、お土産は駅前の『弥生』のロールケーキにしなさい。あそこなら2日からお店を開けてるし、橘さんがお好きだから。」
「橘さんって・・・。」
「お母様の方よ!」
母さん、歌いだしそうな上機嫌だ。そういえば。
「父さん、知り合いに橘さんていう名字の人、いる?」
「橘?・・・いや。いないと思うぞ。」
よかった。
一息ついて、橘さんに電話した。
つながらなかったのでメッセージを残すと、しばらくして橘さんからかかってきた。
『ごめんなさい。ちょっと忙しくて。』
「いえ。あの、昨日はありがとうございました。お陰さまで、今日は熱が下がりました。」
『よかった!やっぱり戻ってきて正解だった。でも、まだ今日は無理しないようにね。』
優しいなー。顔がにやける。
「はい。で、明日なんですけど、予定通り、東京に戻りますか?」
『そのつもり。3日はゆっくりしたいから。』
ん?実家でゆっくりするものなんじゃないのか?
「俺も一緒に帰ります。その前に、橘さんのお宅に御礼に伺いたいんですけど。」
『えっ?うちに来る?』
「お迎えも兼ねて、ご家族にごあいさつを。親同士、知り合いのようですし。」
『・・・わかりました。何時頃になりそう?』
「1時ごろはどうですか?」
『いいです。』
ちょっと間があって、
『あのー・・・。』
なんだろう?
『うち、姉の子供がいて落ち着かないけど、気にしないでね。』
「大丈夫です、そのくらい。俺も男兄弟で賑やかに育ちましたから。あ、そういえば、橘さんのお父さんの好きなものって何ですか?お土産に何か。」
彼女が日本酒がよさそうだと言うので、うちの父に相談することにした。
翌日は駅まで彼女が迎えに来てくれることになった。今度は徒歩で。
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橘 春香
椚くん、元気になってよかった。
明日来るって言ってたけど、あの子たち大丈夫かなあ。
でも、家族にご挨拶なんて、ちょっと照れちゃうな。
そういうところ、きちんとしてくれるのは本当に嬉しい。
いい人だな。