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帰省。



「椚くん、椚くん。」


橘さんにそっと呼ばれて、目が覚めた。頭がぼうっとしてる。


「あれ?今、何時ですか?」


「夜の8時。もう一度、熱を測ってもらっていい?」


ああ、帰るのか・・・と思いながら、熱を測る。38.1度。


橘さんは顔をしかめて体温計を見ると、俺の顔を見ながら言った。


「今日はこのまま泊って行くから。とにかく水分を採って、よく寝てね。」


やった!あんまり嬉しくて、言葉が出ない。


「でも、明日は実家に戻らないといけないから、そのとき一緒に、椚くんの実家まで送ります。」


え?送るって?


「だから、おうちに電話をかけて、明日帰るって言っておいてくれる?」


「明日ずっと寝てれば大丈夫だと思うけど・・・。」


「それじゃぁ、わたしが心配で落ち着かない。どうせ、実家は近いんだし。」


「どうやって帰るのかな・・・?」


「レンタカー。こっちの店で借りて、向こうの店に返せるから便利だよ。」


運転できるんだ?


「お父さんが酔っ払ったときに、よく運転してるから大丈夫。ナビがあれば迷わないし。」


じゃあ、お言葉に甘えて。


「ありがとう。家に電話します。」





夜中に目が覚めたとき、ベッドのすぐ下に毛布と自分の洋服の山が見えて、洗濯物を片付け忘れたかと思ったら、橘さんがその下に寝ていた。毛布しか見つからなくて、タンスから俺のコートやセーターを出してきたらしい。


部屋は暖房で暖まっていたから寒くはなかったと思うけど、申し訳ない気持ちで一杯になった。


その一方で、彼女が「まあ、いいか」とか言いながら、毛布と俺の服をかぶっている様子が目に浮かんで可笑しくなった。


橘さんが現れてから、俺はよく笑ってる。





朝になっても、俺の熱は下がりきっていなかった。


ぼんやりした頭で、橘さんの作ってくれた朝食を一緒に食べる。


彼女はいったん自分の部屋に戻って支度をしてから、レンタカーでうちまで来る予定。


「1時間半くらいかかると思うから、横になっててね。鍵は借りていくよ。」


そう言って、彼女は元気に帰って行った。




10時ごろ、橘さんが戻って来た。


俺は寒くないようにとダウンのコートを着せられて、彼女が借りてきた小型車の助手席に乗り込んだ。


「さて。」


運転席に座った橘さんが深呼吸をする。


「行くね。」


なんだろう、この緊張感は・・・。


「高速道路は自信がないから、下の道路で行かせてね。」


少しの不安を乗せて、車は走り出した。


実家のある横浜のはずれまで、いざ出発。





はっきり言って、恐かった。


どうも、タイミングが違う。一瞬だけ遅いのだ。


路上駐車の車を避けるとき、2台目の対向車とぶつかりそうな気がする。


横道から本道に曲がるとき、“あの車の次”と決めるところはいいんだけど、出るのが遅れる。次の車が来るよ!


バスの後ろで、停留所で止まるバスと一緒にスピードを落としたので、そのまま待つのかと思ったら、追い越すつもりだった。後ろの車がこっちの車を追い越そうと右後ろに迫っていた!


運転中、橘さんは「えーと、次は」とか「今だ!」とか、独り言を言う。


ときどき俺に話しかけてくるけど、それがまた不安で、「運転に集中してください」と言いたくなる。


途中で交代しようかと言ったら、具合の悪い人に運転させられないと、頑なに断られた。


2回のコンビニ休憩をはさんで約3時間、どうにか俺の実家に着いたころには、俺は緊張で疲れ果てていた。





車の音を聞いて出てきた母さんと弟の瞬に、橘さんが慌てて車から降りてあいさつをしている。


俺もなんとか車から出て、母さんに言った。


「橘春香さんだよ。中学のとき同じクラスだった人。」


母さんは一瞬考えてから、


「あら!橘さんのお嬢さんなの!」


と大きな声で言うと、「まあまあ」と笑顔になって、彼女の腕に手をかけた。


「お母様とはPTAの仕事でご一緒したのよ。ずいぶん仲良くしていただいて。今でもスーパーとかでお会いするとご挨拶するのよ。」


え!知り合いなのか?


彼女も驚いたみたいだった。母親の交友関係なんて、全然考えたことなかった。


橘さんが母さんと話している間に、瞬を呼んで言った。


「うちの車で彼女について行って、レンタカー屋から実家まで送ってあげて。彼女の実家、近くだから。」


「いいけど。兄貴は?」


「彼女は具合が悪い俺が行くって言っても許してくれない。」


それに、今日はこれ以上、彼女の運転を見るのは無理。だけど、一人で行かせるわけにはいかない。


橘さんに弟が一緒に行くことを伝えると、彼女は遠慮したけど、俺が絶対に譲らなかったので最後には折れた。


2台の車を見送って家に入りながら、母さんが満足そうな顔で言った。


「あんた、あんな優等生のいい子を手に入れるなんて、よくやったわね!」


優等生がこんなところで役に立つなんて思わなかった。






しばらくあと、瞬が帰ってきて、布団で寝ている俺のところに来た。


「兄貴、よくあの車に乗って来たね。」


と、しみじみと言う。


「後ろを走るのも恐かった。短い距離だったのに、“あ!”って思ったことが何度あったか。」


やっぱり。


「選択権はなかったんだ。彼女、実家で運転してるって言ってたし。」


「実家といえば、春香さんの弟って、俺の部活の後輩みたい。2年下だから、それほど付き合いはなかったけど。」


瞬は俺より3才年下だから、橘さんの弟は5才下か。


俺の家族みんな、彼女の家族とつながりがあるわけ?まさか父さんも、なんてことはないと思うけど。


「っていうか、なんでお前が「春香さん」って言うんだ!」


「あれ?兄貴は何て呼んでるの?」


「・・・・。もういいよ。」


俺は布団を目の上まで引っぱり上げた。


来年は「橘さん」から卒業する!





* −−−− * −−−− * −−−− * −−−− * −−−− *




橘 春香




どうにか帰って来れてよかったー。


運転に自信がないって言ったら椚くんがOKしないと思ったから言わなかったけど、きっと気付いたよね。


でも、あのまま一人で置いてくることもできなかったし、まあ、結果オーライってことで。


今夜からゆっくり休んでください。






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