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12月30日


橘さんが、来る。


そう思っただけで、落ち着かなかった。


9時にこちらの駅で待ち合わせなので、時間を見計らって部屋を出る。


うきうきしているせいか、ふわふわと足が地に着かないような気分。





橘さんは掃除をしに来てくれることになっているけど、実は、片付けは昨日のうちにほとんど終わらせた。


部屋が足の踏み場もなくて、彼女にそんな状態を見せるのは嫌だったということもあるけど、せっかくの休日を二人でのんびり過ごしたかった。


片付け始めると勢いがついて、窓を開け放ってはたきや雑巾がけまでやってしまった。


ほこりがものすごかったせいか、今日はのどが痛い。





改札前でちょっと待つと、橘さんが現れた。


今日はジーンズをはいて、大きなバッグを持っている。


エプロンと、汚れたとき用の着替えが入っているという。


二言三言、言葉を交わすと、彼女が首をかしげて俺の顔をみた。


「なんだか顔が赤いよ。声も変だし。」


「昨日、少し片付けをしたときにほこりを吸ったみたいです。ちょっと、のどが痛くて。」


と答えると、橘さんはさっと手を出して、俺の額にさわった。


「熱があるような気がする。寒くない?」


「毎日寒いから、よくわかりません。」


橘さんは自分のマフラーを俺に巻いてくれて、心配そうに、早く行こうと言った。





部屋に着くと、彼女はまず俺を座らせて、体温計のありかをきいた。


片付けを済ませておいてよかったと思いながら教えると、エアコンのスイッチを探して入れながら、体温計を取りに行った。


結局、俺は風邪をひいていたらしく、熱が38度くらいあった。


ふわふわした気分だったのも、本当に具合が悪いせいだったんだ。


昨日、寒いのに窓を空けて雑巾がけなんてしたのが良くなかったのかも知れない。


橘さんは俺に着替えてベッドに行くように言うと、体温計と一緒にしまってあった薬をチェックし始めた。


せっかく橘さんが来てくれたのに、自分はベッドで寝ていることになるなんて、がっかりだ。


少しふて腐れてベッドに入ったけど、横になると体が楽になって、体調が悪かったことを実感した。


「大丈夫?どんな具合?」


と言って、橘さんがそばに来て、掛け布団を引き上げたり、額に手を当てたりしてくれる。


あれ。なんか、嬉しいかも。


「横になったら、ずいぶん楽です。やっぱり調子が悪かったみたいで。」


「具合が悪いのに、寒い中を迎えに来てもらったりしてごめんね。」


いえいえ、テンションが上がってて、具合が悪いのには気づいてませんでしたから。


「氷枕とかは・・・ないよね。」


俺が首を横に振るのを見てうなずく。


「もう少ししたら薬局とスーパーに行ってくるね。窓から看板が見えるから、場所はわかるから。鍵を貸してもらってもいい?」


鍵は玄関の壁に掛けてあると伝えると、橘さんはもう一度掛け布団を直してポンポンと叩くと、俺の顔に手を当ててから離れていった。


病気になって、誰かに面倒を見てもらうなんて、何年振りだろう・・・。


ほっとして目をつぶると、橘さんの軽い足音や戸棚や冷蔵庫のドアを開け閉めする音が聞こえる。




昨日、張り切って掃除なんかするんじゃなかった・・・。


いやいや、掃除したから橘さんに部屋に入ってもらえたわけだし・・・。


あー、でも、橘さんはそもそも掃除をしに来てくれることになってたんだから・・・。


だけど、風邪を引いたから橘さんにこうやって甘えられるし・・・。


いや、やっぱり二人で、掃除でもいいから一緒に・・・。


いろんなことが頭をよぎっているうちに、どうやら眠ってしまったらしい。





頬にひんやりとした感触があって目が覚めた。


「あ、起こしちゃった。」


橘さんの手だった。


「今、買い物から帰って来たの。薬と氷枕を買ってきたから用意するね。」


外が寒かったのかな。橘さんの手が冷たい。その手を思わず握りしめる。


「やっぱりまだ熱があるね。手が熱いよ。」


そう言って、彼女は台所へ行ってしまった。


めったに出ない熱で弱気になっているのか、彼女がベッドから離れて行ってしまうだけでものすごく淋しい。


台所はここからは見えないけど、たった10歩か15歩くらいなのに。


俺のために用事をしてくれているのに。


すぐそばにいて欲しい。


「ふう。」


思わずため息が出た。


ちょうど氷枕を持って戻って来た橘さんに聞こえたみたいだった。


「苦しい?」


と言いながら、タオルにくるんだ氷枕を俺の頭の下に入れてくれた。


「いいえ。」


枕の冷たさが気持ちいい。


あと、橘さんがそばにいる安心感で。


「のどが痛くて熱があるなら普通の風邪だと思うから、ゆっくり寝てれば大丈夫。今月は忙しかったし、疲れも出たのかもね。」


そう言って、まだ冷たい手を俺の額に当ててくれた。


氷を触っていたから手が冷たいままなんだな・・・。すみません。


「何か食べれそう?薬はそのあとの方がいいと思うけど。」


と言って、ベッドの横にテーブルを「よっこらしょ。」と運んできて、買って来たものを並べた。


レトルトのお粥とスポーツ飲料・・・は分かるけど、アイスクリーム、プリン、りんごジュース?


「のどが痛くて熱が出たときは、わたしはプリンが食べたくなるの。弟はアイス。のど越しがいいし、栄養がありそうでしょ?お腹の具合が悪くなければ、こういうのでも大丈夫。」


少し驚いたけど、もともとお粥はあまり好きじゃなかったので、アイスを食べてみることにした。


彼女がスプーンで運んでくれたバニラアイスは、口の中ですぅっと解けて、痛いのどを冷やしてくれた。優しい甘さもちょうどよかった。


「美味しいです。」


「でしょ?」


小さいカップだったので、あっという間に全部食べてしまった。


そのあと、今度は温かいほうじ茶を出してくれた。起き上がって湯呑みを包み込むように持つと、香ばしいかおりにほっとする。


人心地がつくと、彼女が買ってきてくれた風邪薬を飲んで、また横になった。


橘さんは、そのままベッドの横に座っていてくれる。


「ここに居てください。」


思わず懇願する口調になる。


「うん。わかった。」


それを聞いたら安心して、また眠くなった。





夕方、目が覚めたら橘さんの姿が見えない。


あせって起き上がると、台所から物音がするのに気がついた。そういえば、いい匂いもする。


自分の目で橘さんがいることを確認したくて、その辺にあった上着を羽織って台所を見に行った。


いた!


コンロに乗せた鍋を覗き込んでいる。


と、くるりとこちらを振り向いて、


「わっ!そこにいたの!?」


持っていた布巾を放り投げて、マンガのような驚き方をしたので、俺は思わず吹き出してしまった。


橘さんは自分でも大笑いして言った。


「わたし、ときどきものすごい集中力で何かしてて、よくびっくりするの。昔は、弟がわたしの驚き方を面白がって、しょっちゅう脅かしてきたんだよ。」


そして、


「起き上がる元気が出たなら、熱も下がって来たのかな。」


と言って、体温計を差し出した。





熱はあまり下がっていなくて、夕食に作ってもらった玉子粥を食べてから、薬を飲んで、寝た。


橘さんは帰っちゃうんだな・・・と、ちらっと思ったけど、それほど考える間もなく眠ってしまった。






* −−−− * −−−− * −−−− * −−−− * −−−− *




橘 春香




どうしよう。熱が下がらないと心配だな。


明日もどうなるかわからないもんね。


だけど、明日は実家に帰らないと、お母さん、姉さんの子供たちとお正月の準備でパニックになっちゃうよね・・・。


やっぱり、あの方法しかないかな・・・。




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