許せない!
まもなくハロウィーン。今年の10月はさわやかで気持ちのいい日が続いた。
それなのに、最近、橘さんが元気がない。
話しかけると笑うけど、ときどきため息も聞こえる。
困ったことがあるなら話してくれればいいのに。
逆にコバちゃんは何となく楽しそう。(もともと元気な人だけど。)
何かいいことがあったのかな。
佐伯と一緒に現場回りに出かけた日、「気付いてますか?」と話を聞かされた。
隣の係に9月の異動で来た竹田という社員がいて、そいつが橘さんにつきまとっているようだと。
俺は全然気づいていなかった。
佐伯の話では、当初はコバちゃんに目を付けていた。
でも、コバちゃんは言い寄る男への対処法に長けているし、あれほどはっきりした性格だから、早々に追い払ったらしい。
で、今度は橘さんに狙いを定めて、彼女の周りをうろちょろしている、という話だった。
俺が気付かなかったのは、たぶん、隣の俺がいないときを狙ってちょっかいを出しに来ているからだと、佐伯は言った。俺の席に座って、延々とくだらない話をしているらしい。
それを聞いて、今も、橘さんが大丈夫なのか心配になった。
彼女が元気がないのはそのせいか?
夕方、事務所に戻ると、橘さんは俺と佐伯を見て、あきらかにほっとした顔をした。
竹田って・・・ああ、あいつだ。
たしか、まだ入社2年目じゃなかったっけ。コバちゃんよりも年下だ。
コバちゃんが休憩コーナーに行くようなので、俺も追いかけて行った。
何か知らないか、きいてみよう。
「隣の係の竹田のこと、何か知ってる?佐伯から、そいつが橘さんにつきまとってるって聞いたんだけど。」
「え!」
コバちゃんも気付かなかったのか。
「あいつ、ものすごく嫌なヤツなの。自信過剰で、女はみんな自分を好きになると思ってるんだもん。」
気持ちの悪いヤツだな・・・。
「異動してきてすぐ、あたしにしつこくつきまとって来たの。適当にあしらってもうるさくて、仕方がないから合コンに出てあげたんだ。」
そりゃあ、1対1で出かけるよりはいいか。
「あたしは大学の友達を集めて行ったんだけど、相手は竹田以外はいい人ばっかりで、今、その中の人と付き合ってるの。」
と、にっこり。それで楽しそうだったんだ。
「ほかにもカップルができたんだけど、自分が相手にされなかったのが悔しいらしくて、何度もその人の悪口を言いに来るんだよね。いい加減面倒になって、思いっきり竹田の短所を数え上げて、嫌いだって言ってやったの。それからは来なくなったんだけど。」
そのあと橘さんにターゲットを変更したということか。
「竹田の付きまとい方は面倒だよ、人から見えないところでネチネチやるから。春香さん、大丈夫かな。」
もうかなりヤバいかも。とりあえず、話を聞いてみよう。
残業を早めに切り上げて、橘さんを誘っていつもの居酒屋に行った。ちょっと騒がしい店だけど、その方が話しやすいと思ったから。
「最近、元気がないけど、大丈夫ですか?」
と水を向けると彼女はパッと俺の顔を見て、何か言いかけたけど、すぐに下を向いてしまった。
「コバちゃんが、隣の係の竹田に付きまとわれて困ったって言ってたから、もしかしたら橘さんもかなって思ったんですけど。」
彼女の顔に、明らかに安堵の表情が広がった。やっぱりそうだったんだ。
「竹田さんが、あれこれ話しかけてきて」
と、橘さんが話し始める。ちょっと涙声かも?
「初めは同僚だからと思って話を会わせていたんだけど、そのうちプライベートなことをきいてくるようになって。答えたくないって言っても、ものすごくしつこいの。椚くんがいないときは椚くんの席にやってきて、ずっとしゃべってるし。で、無視していたら、今度は仕事のアドレスにメールを送って来るようになって。それも、毎日、何件も。仕事用だから着信拒否もできないし、もう、メールチェックをするのも、留守番するのも苦痛になっちゃって。」
なんてこと。
「どれくらい前からですか?」
「もう3週間くらいかな・・・。」
もっと早く気付けばよかった!
「気付かなくてすみませんでした。」
「ううん。なんだか、このくらいのことで憂鬱になるのは考え過ぎじゃないかと思ったから。」
「そんなことないです!これはもうセクハラですよ!とにかく今日は、嫌だったこと、僕がみんな聞きますから。」
と言って、ようやく橘さんが話してくれたのは、ずいぶんと酷い話だった。
まずは自分の自慢話。学歴とか、親戚とか。
ルックスに自信があるらしく、いつも気取っていて、やたらと体を寄せてくる。
中村さんとの関係をあれこれ訊ねて、無視すると、そんな風に愛想がないから振られたんだと言ったり。
少し厳しく咎めると、生理中でイライラしてるのかと言ったり。(信じられん!)
メールの内容はストーカーじみていて、開きたくないが、本当に業務に関することだと困るので開けざるを得ないこと。などなど・・・。
話しているうちに、橘さんの憂鬱が怒りに変わったようだ。
「なんだか腹が立ってきた。グーで殴ってやればよかった!」
だいたい聞き終わったところで、一緒に対処法を考えることにした。
簡単なのはメールだ。
竹田のメールはそのまま俺に転送する。
俺が内容を確認して、業務に関するものだけを橘さんに教える。それ以外は削除だ。
直接の行為については、橘さんが一人にならないようにするしかない。
休憩コーナーなど、人の目の届かないところには誰かと一緒に行くようにする。
嫌なことをされたら、時間と内容をメモする。
このまま続くようなら、管理職に相談しようと伝えた。
メールは証拠になるし、佐伯やコバちゃんの話も一緒に伝えれば、真剣に考えてくれると思う。
話を聞いていて、竹田は異動してくる前にも何かやっていたのではないかと思った。
新採用から1年半という半端な期間で異動なんて、あんまり聞かないし。
本社の誰かに連絡をとってみるか。
橘さんが落ち着いたところで、気晴らしに一緒に出かけないかと誘ってみた。
「秋葉原って、行ったことありますか?」
「ああ!そういえば椚くんはオタクなんだよね?どの方面のオタクなの?」
その情報源は金子さんだな。
「パソコンです。残念ながらメイドカフェには通っていませんし、美少女フィギュアも持ってません。」
と答えると、
「なーんだ。でも、秋葉原には行ったことがないから、一度行ってみようかな。」
と、笑って言った。
「じゃあ、今度の日曜日に。」
やっぱり橘さんは、笑顔が一番似合いますよ。
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橘 春香
気が付いてくれて、本当にありがとう。
一人ではどうしたらいいか分からなくて、職場に来られなくなるかと思った。
秋葉原っておもしろそう。日曜日が楽しみだな。