表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/77

橘さん、怒る



10月になった。橘さんが来て、半年だ。


もう、仕事は大丈夫・・・どころか、前任の金子さんよりずっと知識はありそうなほど。


わからないことは調べたり、みんなにきいたりして、さすが、もと優等生、勉強熱心だ。




「すみません!どなたか電話、代わってください!」


あれ?橘さんの声?怒ってる?


隣を見ると、立ち上がって(彼女は電話を取るとき、よく立っている。小さいから電話が届きにくいんだと思う。)受話器を握りしめている橘さんの姿。


向かいの佐伯が思わずさっと手を出す。


「ご相談の内容はまだ聞いていませんから。」


と、歯をくいしばるように言って、受話器を佐伯に渡すと、足音高く事務所から出て行った。


係長もちょっとびっくりした様子で、橘さんを目で追っていた。


コバちゃんは俺と目が合うと、「何かしたの?」という顔でにらんできた。


あわてて首を横に振る俺。


それを見て、コバちゃんは立ち上がるとガラスドアから出て行った。


佐伯はまだ電話中 ――。




何分かたって、橘さんがコバちゃんと一緒に戻ってきた。


橘さんは係長のところへ行くと、「お騒がせしました。」と頭を下げている。


コバちゃんは俺と佐伯のところに来て、ひと言。


「今日、飲みに行くから、空けといてね。」


心なしか、コバちゃんの目も恐い。やっぱり俺たちが何かしたのか?


「ごめんなさい。今日、一杯つきあってね。」


橘さんが戻ってきて俺たちに笑顔を向けた・・・けど、目は笑ってないよ!


普段はおだやかな橘さんだけに、この気配は恐い。


怒りのオーラに耐えきれない気がして、俺は外回りに出かけることにした。





ようやく居酒屋に腰を落ち着けて、梅酒のソーダ割りを一息に飲み干すと、橘さんは話し始めた。


「あの電話。ものすごく失礼な人だったの!」


と言って、通りかかった店員さんに新しい飲み物を注文した。


「わたしが電話に出た途端に、若い男の人の声で「わかる人と代わって。」って言うんだよ!初めての御相談ですかってきいても、「忙しいんだから、早く代わってよ。」とか言って、何にも答えないの!まだ何のやりとりもしないうちにそう言うなんて、つまり、わたしが女だから仕事ができないって言ってることと同じだよ!」


そう言って、新しく来た飲み物をまたゴクゴクと飲んでいる。


「若造のくせにー!」


ペースが速い!佐伯が慌てて止める。


「あたしもその話聞いて、頭に来ちゃった。この業界ではまだ女性を軽視する人はときどきいるけど、そこまで話を聞かない人はいないよ。社会人としてのマナーの問題だよね。」


コバちゃんもかなり怒っている。


そうだったのか。


たしかに、土地や建設の業界は男が多い。コバちゃんも若い女性だからと、相手が舐めてかかって来たことが何度かあった。けれど、話をしていくうちに相手もコバちゃんを信頼して、きちんと対応してくれるようになる。なのに、話も聞かない相手には、何を言っても通じない。


「嫌な思いをしましたね。」


「どんな相談でした?」


橘さんが、ちょっと落ち着いて佐伯に尋ねた。


「まったく一般的な質問でした。具体的にどこのっていうこともなかったし、逆に俺が説明していることが理解できない部分もあるくらい、素人的な・・・。」


「ほら、見なさい!春香さんだって、十分だったじゃないのー!」


コバちゃん、それ以上煽らないで!


「そっ、そんなヤツと、あれ以上口をきかなくて済んで、よかったですねえ!」


思わず橘さんをなだめる俺。手に持っているグラスは3杯目か!?


橘さんはちらりと俺を見て、首をかしげる。


「ほんと。そうだね。」


うんうんと納得したようだ。


「あ、ほら、唐揚げ来ましたよ!橘さん、好きでしたよね?」


めずらしく女性にサービスをする佐伯。本社の女性陣に見られたら、橘さんの敵がますます増えるぞ。


その日は橘さんとコバちゃんが、女だから損をしたという話で盛り上がり、俺と佐伯は世の男性陣を代表して大いにサービスした。


帰り道、だいぶ飲んでいたけど、橘さんの足取りはしっかりしていたのでほっとした。意外に酒に強いんだな。


「そんなに遅くないし、一人で帰れますか?」


「大丈夫。女性専用車両に乗るから。」


「駅から自宅までは近いんですか?」


「うん。本当に駅前だから、大丈夫。」


「じゃあ、気を付けて帰ってくださいね。」


「はーい。お疲れさまでした。」


妙に明るい返事を返して、橘さんが元気に改札を通ってホームへと向かった。


振り向くと、酔いつぶれたコバちゃんに肩を貸す佐伯の姿。美男美女もこうなると笑える。


「じゃあ、タクシー乗り場に行こう。」


コバちゃん、自分の家を案内できるかな・・・。




* ---- * ---- * ---- * ---- * ---- *


橘 春香



家についた・・・眠い。


今日はみんなに迷惑かけちゃったなあ。


そうだ!


椚くんに御礼のメールを送っておこう。ちゃんと家についたことも知らせないと心配しているかも知れないし。


異動してすぐに、みんなのアドレスきいたはず・・・。


「今、家に着きました。今日はお世話になりました。ありがとう。」


よし!



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ