02 - ぬいぐるみ
なぜだろう。ぼくは今日も捨てられていた。
ぼくは多分特別なぬいぐるみだ。そしてかわいい。
考えたり、感じたり、喋ったり、動いたりできる。やはりかわいい。
なんとテレパシーみたいなものもできる、すごくてかわいい。
比較的綺麗な見た目のまま、ゴミ捨て場に捨てられていたら、
かわいい女の子がぼくを拾って持ち帰り、丁寧に洗ってくれた。
おほー、そこそこ。たまんねぇ~。これよこれ。
その日の夜のぼくは、一旦しっかりと乾かされていた。
そして次の日の夜、いい匂いになったぼくは、女の子のベッドにいた。
ぼくは女の子と「ともだち」になろうと考えて、
もぞもぞと動き出し、ぴょこぴょことでも効果音が鳴りそうなかわいい歩き方で、
天使のような顔で寝ている女の子の前に、小さな二つの足で立った。
女の子を丸っこい手でゆさゆさと揺らすと、
彼女は眠たそうに目をこすりながらぼくの方を見てきた。
そこでぼくは、身振り手振りをしながら、テレパシーで今の気持ちを伝えた。
(こんばんは! ぼくは、きみが拾ってくれたぬいぐるみだよ! ぼくを綺麗にしてくれてありがとう! こんなに大事にしてもらえてぼく、とってもうれしいよ! ていうかきみかわいいね! ぐふっ)
あ、やべっ、心の声が漏れちまった。
聞かなかったことにしてもらえないかなーっと。
そう思っていたら、女の子の心の声が聞こえてきた。
(うん? なんでぬいぐるみがここにあるの? ていうか動いて…喋ってなかった?)
あーっ。動いちゃダメだったのね。
心のオッサンが漏れたのはバレなかったか。
(あのね…ぼくは、きみとおともだちになれたら嬉しいなーって…ンフッ。ハァ、ハァ…)
「えっ……きゃーーーー!!!!!」
おー、ちょっちょっちょっ、ちょっとちょっと、どうしたのどうしたの。
ダメだよ急にそんなでっかい声だしたら、びっくりしちゃ…
(怖っ! 人間みたいに動いたり感じたりしてるの気持ち悪っ!! いやっ、怖い怖い怖いなにこれバケモンじゃん!!!)
あらやだそんなこと思われちゃってたのね。ていうか遅くね?
でも大丈夫、ぼくはとっても紳士的で安全なかわいいかわいいぬいぐ…
「おかあさーん!! おかあさーん!!」
待って待って。お母さん呼ばないで、その流れまずいって。
わかってんの。僕わかってんのそれ。
知ってんだって。ちょ、まずいって。やめてやめてやめ――
次の日、ぼくはまた捨てられていた。
つーか土砂降りだ。ザーッ、じゃねぇんだよ。
ぼくの心じゃんこんなの。泣きてぇー。涙出ねぇー。
体が汚ねぇ水吸ってきもちわりぃ~。…おえっ。
くそー、喋るのも動くのも考えるのもダメだったか。
ぬいぐるみって難しいな。
でも、着ぐるみの中の人は他人にベタベタしても怒られないよね。
中にドギツイ見た目のおっさんが入ってるかもしれないのに。
なんでぼくはダメなんだろう。おかしいよな。ぼくのがかわいいのに。
…あっ、キレそう。
ぼくの中でブチブチブチと、
湿りきっていない綿が膨張してちぎれる音がした。
あっ、やべっ。あぶないあぶない。逝くところだった。
なんで中身全部綿でできてんだよなー。ほんと。
くっそー、人間になりてぇ。
人間になって女の子とあんなことやこんなことしてぇ。
この体動きにくすぎるんだよ。
…あれっ、こんな雨ん中、傘も差さねぇで突っ立ってるヤツがいるぞ。
つーか、ぼくのこと見てねぇか。怖っ。
あっ、近づいてきた。おっさんじゃねーか。なんなんだこのおっさん。
うわっ、このおっさん、目の下にすんげぇクマあって、
死んだ魚の目みたいな目ん玉で見てきやがる。怖ぇー。
…お、おいおい、やめろよな。そんなジロジロ見るなよ。
ぼくはかわいいチャンネーに拾われたいの。
かわいいものには、かわいいものを。世界の摂理でそう決まってるだろうが。
…あっ、おいっ、やめろ、触るな。
そこを触っていいのは一流のクリーニング屋と、
かわいいかわいいベイビーちゃんたちだけ…
――パァン!!
ぬいぐるみは唐突に、男から強烈な平手打ちを食らわせられた。
「…何やら強い邪念を感じたが…上手く祓えたか?」
男はぬいぐるみを何度か傾けたり軽く振ってみたりして確認した。
そして、元あった位置にぬいぐるみを戻した。
「今度はちゃんと拾ってもらえるといいな」
男は両手を合わせ、ぬいぐるみに頭を下げると、
雨の中をぴちゃぴちゃと音を立てながら、背を向けて去っていった。
…っぶねー。逝ったかと思ったぜ。
なんだったんだ、あのおっさん。
さーて、早くかわいこちゃんに…あれっ、体が動かねぇ。
かわいこちゃ…ううん。ぼくはただのぬいぐるみ。
ぬいぐるみは考えたりしないんだ。
ぼくが買われるのも、拾われるのも、捨てられるのも、
それに、壊されてしまうのも持っている人の自由。
ぬいぐるみはぬいぐるみでしかないんだ。だから、さようなら。
ぬいぐるみは己を捨てた。
ぬいぐるみに宿っていた魂のようなものは、
穏やかな雰囲気を纏い、どこか遠くへと消えていった。
そのぬいぐるみはしばらくして、よく晴れた日に、また別の女の子に拾われた。
ただのぬいぐるみになったそれは、ぬいぐるみとしてしか振る舞わず、
女の子が大人になるまで、本当の友達のようにとても大切にされた。




