7話 二人だけのお茶会
「すまない、夜間演習で今日は欠席で」
「ごめんなさい、お菓子博覧会の準備で忙しいの」
ナディルとティアが深夜のお茶会の欠席を言いに来たのはつい10分程前。
店内では結城とエレシャの二人だけ。
「唯奈はどうしたんですの?」
「法事だそうだよ」
「あら……こうしてあなたと二人でいると、まるで最初の頃を思い出しますわね」
「そうだね」結城はほうじ茶を淹れ、エレシャの隣のテーブルに行こうとしたが呼び止められた。
「せっかくですし、一緒にいかが?」
「ではお言葉に甘えて」
珍しい組み合わせの二人のお茶会が始まった。
「ところで、例のクエストは順調ですの?」
「クエストって……ゲームじゃないんだから」
「失礼。 あの方に随分目をかけられたものね」
「目をかけられてるのやらただの気まぐれやら」
「気まぐれにしてもラッキーじゃありませんの」
「ただ誰かの役に立ちたいと言ったら悪役令嬢をもてなすことになるとは……人生わからないものだね」
「可愛いことをおっしゃるのね……でも、あなたのその『役に立ちたい』という執着こそが一番人間臭くて危ういことを自覚なさいませ?」
「……執着、か」
結城はほうじ茶の湯気を眺めながら自嘲気味に口元を歪めた。
「確かに俺は過去を捨てきれていないのかもしれない……ただの落ちこぼれで救いようのない悪人だった男が、今さら善人になろうとしているのだからね」
エレシャはそれ以上何も言わず、ただ静かに微笑んだ。 それは、かつて同じ泥沼を歩んだ者だけが向けられる、鋭くも優しい視線だった。
「今日は白玉ぜんざいを作っていたんだ」
結城は思い出したように立ち上がり、白玉ぜんざいを持ってくる。
「まあ、ティアがいたら喜びそうですわ」
「あの子はほんとあんこが好きだからね」
「ティアが言ってましたわね。 ここのお茶とあなたの作る甘いものを口にすると、なぜか『明日も頑張ってみようかな』と思えるようになるのだと」
「先週だったか。 黙って聞いてはいたけど、破滅回避してもまだ明日が不安なものなのか?」
「破滅を回避しただけですべてが解決するわけではありませんわ。 私たちは『元・悪役令嬢』というレッテルを背負って生きているのですから」
エレシャは白玉を丁寧に噛み締めながら視線を落とす。
「過去を清算したつもりでも夜になると時々、すべてを失ったあの頃の記憶が蘇りますの……あなたは眠れない夜をどう過ごしていますの?」
「……この店を掃除したり、新しいレシピを考えたりしているよ。 忙しくしていれば嫌な思考も止まるからね」
「まるで自分自身を浄化しようとしているようですわね……あなた、何に怯えているの?」
「怯えて……か。 そうだね……もう二度とあんな結末を繰り返したくないだけさ」
「そう……」エレシャはほうじ茶を一口飲み、ふぅと息を吐き「美味しい」と呟く。
結城は思わずエレシャを見た。
「なんですの?」
「いや……この店を開いてからたくさんのお客さんたちの『美味しい』を聞いてきたけど、何度聞いても飽きないものだなと……贅沢だな」
「 その『贅沢な悩み』こそが君たちが命懸けで勝ち取った一番の戦利品なんだ」
「え?」
「あなたが言ったことですわ。 私これけっこう気に入ってますの」
「いやいや、俺のは悩みじゃないし勝ち取ってもいないよ」
「まだクエスト途中でしたわね」
「だからクエストじゃないって」
いたずらっぽく笑うエレシャにつられて結城も顔が綻ぶ。
「……そうか、俺はまだ途中なんだ」
「え?」
「一つ一つの選択がやがては自分自身を救うための道標になる……そう信じて歩くしかないんだろう」
「答えが見つかりましたのね」
「答えかどうかはまだわからない……ただ、怯えが少しだけ減ったかな」
「いいことですわ」
――二人の時間は深夜の静寂の中に溶けていく。
結城はエレシャに最後の一杯を注ぎ、静かに立ち上がる。
唯奈のいない今夜は、この二人のどこか謎めいた会話だけで夜の帳が降りようとしていた。




