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悪役令嬢たちのお休み処  作者: 禾乃衣


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6話 桜の記憶と誰にも汚せぬ笑顔

 それは単なる偶然なのか、それとも――。


 季節は巡り、水曜日の深夜。 和カフェ まおりの店内は、店主の結城が飾りつけた桜のフェイクフラワーで春の香りに満たされていた。

 虹色の扉をくぐり、いつものように令嬢たちが集う。

 今宵も和やかなお茶会が始まる――はずだった。


「綺麗ね〜。 お花見してるみたい。 前世では毎年この時期になると桜のシフォンケーキを作っていたの」

「(え?)」

 ティアの言葉に固まる唯奈。

 さらに話は続く。

「まあ、お菓子作りが得意ですの?」

「たしか今はお菓子屋さんをやってると言っていたな」

「私の天職よ」

 エレシャとナディルに笑顔で話し、桜餅を頬張るティア。


「あのう……ティア様は前世でもあんこが好きだったんですか?」

「そうよ。 虫歯になるから食べ過ぎはだめってよくママに言われてたわ」

「……そうなんですね」


 令嬢たちはそれからも他愛もない話をして、虹色の扉が明滅すると席を立つ。

 帰り際、ナディルが振り返った。

「唯奈、今日は口数が少なかったがどこか調子でも悪いのか?」

 エレシャとティアも振り向く。

「いえ、今日もみなさんのお話に聞き入ってしまいました。 もうおなかパンパンです」

 令嬢たちはクスッと笑ってそれぞれの世界へ帰っていった。


 しんと静まり返る店内。

 後片付けをする唯奈の手がとまる。

「結城さん、実は昼間……」


 唯奈は昼間来た、ある客について話し始めた。

「可愛らしいお店ね。 表の看板の桜餅につられて来ちゃったわ」

「ありがとうございます。 店内でお召し上がりですか?」

 年配の女性を接客する唯奈。

「持ち帰りで……あの子が生きてたら、毎日通いたいって言いそう」

「え?」

「娘がいたの。 高校生だったわ」

「……そうですか……」

 唯奈は察した。

「お菓子作りが好きでね、毎日この時期になると桜のシフォンケーキを作っていたわ」

 悲しそうな顔をする女性の話を唯奈は黙って聞いた。

「ごめんなさい私ったら。 その桜餅と柏餅と、あといちご大福いただけるかしら。 二つづつ」

「かしこりました……娘さんにですか?」

「ええ、あの子あんこが大好きだったの」


 唯奈から、女性客とのやり取りを聞いた結城はしばし黙る。

「もしかして、その人ティア様の」

「余計な勘ぐりはよそう……もしも、その女性とティア嬢の間にあるのが悲しい『糸』だとしたら?」

 その声は冷たいというよりも重く、鋭かった。

「俺たちがここでやることは過去のしがらみや、ましてや誰かの生前の未練を掘り起こすことじゃない。 今、目の前でお茶を楽しんでいる彼女たちに『勝利のお茶会』という名の最高の休息を提供することだけだ」

 諭すような、しかし拒絶にも似た結城の言葉に唯奈は圧倒される。

 唯奈はそれ以上言葉を重ねることができなかった。


 水曜日。 再び集った令嬢たち。

「あの元婚約者、今は辺境の村で石運びをしてるわ……ナディル様のお知り合いの所かしら? とにかく、かつての華やかな社交界の記憶を盾に文句ばかり言っているせいで誰からも相手にされていないの。 石にすらあの方の命令は届かないみたいね」

「私たちは別々の世界にいるだろう。 ティアの元婚約者が私がいる辺境にいたら時空を超えてきたことになる」

 ナディルが笑いながら3色団子を食べる。

 ティアはそうねと笑い、話を続ける。

「ついでにあの宰相一家も教皇様への告発で神殿の地下牢暮らし。 そう、本来であれば私が投獄されるはずだった……」

 怒りの空気を纏うティア。

「ああ〜もう〜、今思い出してもムカムカする! 元婚約者と宰相が結託して私が神殿の宝物を盗んだって言うのよ!」

「たしかヒロインを唆していた宰相でしたわね。 ヒロインはどうなりましたの?」

 エレシャが桜プリンを一口食べる。

「あの子も利用されていた被害者……でも、真実も知ろうとせず、ただ与えられた立場に甘んじていた罪は軽くない……今は神殿の隅っこで、毎日掃除と洗濯に追われているそうよ。 あんなに『運命の聖女』と祭り上げられていたのに、今や誰にも名前を覚えられていないなんて皮肉なものね」

「(待って、今さらっと『元聖女を洗濯係に』って言った!? エレシャ様やナディル様も当たり前のように頷いてるし……ゲームのヒロインをそんな風に片付けられるのはこの人たちが圧倒的に『強者』だからなんだわ……あ、お茶のおかわり淹れなきゃ!)」


 お茶を淹れながらちらっとティアを見る。

「(ピンッと伸びた背筋、澄んだ青い瞳、そして全てを過去のものとして笑い飛ばす堂々としたオーラ。 彼女を突き動かしているのはもう悲しみじゃない。自分の手で運命をねじ伏せ、勝ち取った自信なんだ)」

 そんな彼女に、母親かもしれない人がここに来た……なんて言っていいのだろうか。

 もし告げればティアはどんな顔をするだろう。 温かい涙を流すのか、それとももう自分には関係のないことだと冷たく笑うのか。

 ――結城さんの言った通りだ。 ここは過去のしがらみを持ち込む場所じゃない。

「ごゆっくりどうぞ」

 唯奈はいつもの明るい笑顔で言った。


 帰り際、ティアが振り返る。

「今日も美味しかった! 抹茶と桜大福合うわ〜。 来週もとびきり甘いあんこお願いね」

 結城は穏やかに頷き、唯奈も笑顔で見送る。


 令嬢たちが帰った後の静かな店内。

 唯奈は、片付けをしてる結城の背中にそっと声をかけた。

「結城さん……彼女たちの笑顔があんなに素敵なのは過去を乗り越えた強さがあるからなんですね」

「ああ。 自分で選んで自分で勝ち取った明日だからこそ、その笑顔は誰にも汚せない輝きを放つんだよ」

 結城は穏やかな声で言った。

 

 唯奈は、ティアの笑顔を思い出しながら柔らかな笑みを浮かべ、最後に残ったお盆を丁寧に拭き上げた。

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