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悪役令嬢たちのお休み処  作者: 禾乃衣


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5話 強き令嬢の休息と元婚約者の不格好な現在地

「そのみたらし団子、ナディル様に?」

「ああ、先週の帰り際にまた食べたくなったって言ってたからね」

「ナディル様、前よりも表情が柔らかくなりましたよね」

「そうだね」

 君も随分明るくなったよ……結城は唯奈にそう言おうとしたがやめた。

 今の彼女は、かつてのひどい失恋で塞ぎ込んでいた頃とは別人のような笑顔を見せている。 それはきっと目の前で完璧な令嬢を演じながらも、ふとした瞬間に弱音を吐いてくれる彼女たちの存在があるからだろう。


 その時、ホールにいつものように虹色に光る扉が出現した。

 凛とした空気と共に現れたのは、夜の闇を切り裂くような鋭い瞳を湛えた女性――ナディル・ヴィリアだ。

「ナディル様! お待ちしてました!」

 唯奈が駆け寄り、ナディルが軽く頷く。

 辺境の荒くれ者たちを剣一本で統率する『クールな英雄』の仮面。 だが、店内に漂う甘い香りを嗅いだ瞬間、彼女の目元からほんのわずかに張り詰めた緊張が溶けていく。

「いつもの、用意してますよ」

 唯奈の言葉にナディルは少しだけ苦笑しながら席へと腰を下ろした。


「あら、今日はナディルが一番ですのね」

「この匂いは……みたらし団子!」

 少し遅れてエレシャとティアが入ってきた。

「エレシャ様、ティア様、いらっしゃいませ」

「二人は今日はおまかせでいいんだったね」

 結城が確認すると、エレシャとティアは「ええ」と頷いた。


 唯奈が淹れたほうじ茶を飲むナディルが、ふぅと息を吐き鋭い目になり口を開く。

「外から気配を感じる」

 唯奈が窓の方を見ると、ササッと人が隠れたように見えた気がした。

「ゆ、結城さん、何かいます」

「見てくる」

「き、気をつけて」

「私も行こう」ナディルが結城に付き添う。


 少しすると結城とナディルが戻ってきた。

 二人の後ろにいたのは――

「お兄ちゃん!」

「すまん、今日は早く来すぎてしまった」

「もう〜、おどかさないでよ〜」

 令嬢たちが微笑ましく二人のやり取りを見ている。

「どうも、唯奈の兄の健希です。 妹がいつもお世話になってます」

「兄がお騒がせしてすみません。 いつもはお茶会が終わった頃に迎えに来てくれるのですが」

「妹からいつもあなた方のお話を聞かされて、一度だけでもお会いしたくて……」

「兄が妹のことを心配するのは当然だ。 ましてやこんな深夜にな」


 椅子に座ったナディルは少しだけ遠くを見るような瞳でほうじ茶の湯気を眺めた。 その横顔は辺境で荒くれ者を統率する英雄のそれではなく、ただ一人の孤独を知る令嬢の顔だった。

「……私にも兄が一人いた。 私が婚約破棄を告げられ、 第二王子が差し向けてきた暗殺者ギルドの連中を卒業パーティーで全員叩きのめして、第二王子の喉元に剣を突きつけた後、国を出て辺境で自警団を立ち上げると言ったとき、最後まで味方でいてくれたのは兄だけだった」

 カフェの空気が、ふうっと静まり返る。

 唯奈は、ナディルがそんな過去を語り始めたことに息を呑んだ。

 エレシャとティアも真剣な表情で聞き入る。

「王族も父も周囲の者すべてが私を『無能』と嘲り、心無い罵声を浴びせた。 だが兄だけは私の愛剣を背中に預け、こう言ったのだ。『ナディル、お前はもう誰の所有物でもない。 行け、お前の人生のために剣を振るえ』と」

 ナディルは、まるで懐かしい思い出を愛でるように小さく笑った。

「あの時、兄が背中を押してくれなければ今の私はなかっただろう……唯奈、健希という兄がいるお前は幸せだな。 お前たちが互いを想い合うその絆はどんな宝よりも尊いものだ」

 ナディルの話に健希は少し照れくさそうに頭をかいた。


 じーっと見つめるエレシャとティアの視線に気づくナディル。

「なんだ」

「初めて見ましたわ。 あなたがこんなに自分のことを語るなんて」

 うんうんとティアが首を縦に振る。

「つい、な……紹介が遅れたな。 私はナディル」

 ナディルが健希に挨拶をする。

「私はエレシャ」

「私はティアよ」

 凛とした佇まいで挨拶をする令嬢たちに、どうもどうもと頭を下げる健希。


 場の空気が少し和らいだところで、ティアが第二王子の話題を振る。

「……ナディル様、あの第二王子は今どうなっているんですか?」

 ティアの素朴な問いに、ナディルはみたらし団子のタレを小皿で拭いながら、まるで道端の雑草を語るような淡々とした口調で答えた。

「……国を追放された後、一時期は再起を狙って私がいる辺境まで流れてきた。 だが、あいつには『自分の手で何かを生み出す』という根気がなかった」

 ナディルは少しだけ肩をすくめる。

「結局、今は国境の警備所で雑用係として石を運んでいるよ。 私が見かけた時、あいつは自分がかつて持っていた権力の亡霊にしがみついていたが……私の自警団の若い連中に『その石の積み方は効率が悪い』と説教されていたな」

 エレシャが抹茶プリンを食べ、ふっと口元を歪めた。

「かつてあなたを透明人間のように扱った喉が、今は石を運ぶための荒い息遣いに満ちている……これ以上ないほどの適材適所ですわね」

 ティアも豆大福を頬張りながら涼しげな顔で頷く。


 唯奈はごくりと生唾を飲み込んだ。

「(元第二王子が石運び……それもかつて自分が虐げていた元婚約者と同じ辺境で……屈辱だろうな)」

「おい、いつもこんなすごい話を聞いてるのか?」

  唯奈は兄の耳打ちに小さく肩をすくめてニヤリと笑った。

「すごいなんてものじゃないよ。 これはね、彼女たちが自らの手で書き換えた『勝利の歴史』なんだから」

 健希は妹のあまりに嬉しそうな表情に少しだけ毒気を抜かれたように笑った。

「……なるほどな。 お前が最近顔色がいい理由がわかった気がする」

 結城が静かに、だが温かい声で口を挟んだ。

「ここは彼女たちの『勝利の場所』だからね……勝ち取った今を笑って語ることは誰にも邪魔できない特権だよ」


 深夜のカフェ まおり。

 かつての悪役令嬢たちは重い運命を脱ぎ捨て、今はただの「甘いもの好きなお嬢さん」として穏やかな夜を楽しんでいる。

 ――そんな彼女たちの姿を、唯奈は特等席で眺めていた。

 明日もきっと、彼女たちは自分の人生を力強く歩んでいく。 その背中をこのカフェという聖域から静かに送り出したい。

 ここは運命をねじ伏せた彼女たちが明日へ向かうための充電をする場所。

 唯奈は柔らかな笑みを浮かべ、湯気の向こうで笑う令嬢たちのもとへ一番温かいほうじ茶を運ぶために踏み出した。

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