4話 廃人になっていく元婚約者と明日を照らす甘いひととき
はぁ……と息を吐くエレシャ。
「あら、珍しい。 エレシャ様がため息なんて」
「何かあったか?」
ティアとナディルが心配そうに尋ねる。
抹茶ラテが入ったティーカップを握り「実は」と切り出す。
「昨日、元婚約者と元聖女が送られた修道院の院長から手紙が届きましたの」
「(元婚約者って……第一王子だったルディス……今どうしてるのか気になる)」
唯奈が固唾を飲んで話の続きに聞き入る。
「なんでも、二人が揃いも揃って『前世の記憶』とやらを主張して暴れているそうですわ」
エレシャは呆れたように首を振る。
「元王子は『俺は元経営コンサルタントだった!』と叫び、元聖女は『私は天才外科医だった!』と……おかげで修道院は毎日が修羅場だとか」
「(……あー……)」
唯奈は、なぜか納得してしまった。 異世界転生してなお、承認欲求と傲慢さを捨てきれなかった成れの果てか、と。
「……経営コンサルタント、か。 そんな大層な肩書きがあるならなぜ自分の『破滅』というリスク管理すらできなかったんだ?」
「そうなのですよ。 経営コンサルタントを名乗りながら修道院長に『今のルーチンは非効率だ!』と詰め寄っているそうで……口先だけで現場の苦労を知らないタイプ、前世の職場にもいましたわ」
ナディルの言葉にやれやれと息を吐くエレシャ。
「(……っ! やばい! 悪役令嬢たちが前世の職業スキルでかつての元凶を論破してる! この光景、マジで尊い……!)」
唯奈がトレイを握りしめて、推したちの活躍に感極まる。
「まぁ、商売や現場の仕事というものは知識を語るのではなく『相手を思いやる心』から始まるものだからね……いちご大福どうぞ」
テーブルにいちご大福が並べられると令嬢たちの目が輝く。
「エレシャ様、よく修道院送りなんかで許せましたね」
ティアが不思議そうに尋ねると、エレシャは口元に薄い笑みを浮かべて、いちご大福を上品に持ち上げた。
「許したわけではありませんわ。 ただ……」
彼女は一呼吸置くと、怜悧な瞳でカップの底を見つめる。
「地獄のような領地経営や社交界でのドロドロとした暗闘の最前線に立たされるよりも、あの方々には『狭い檻の中で一生自分の無能さを思い知らされること』こそが最も相応しい罰だと判断しただけです」
「……随分と慈悲深い罰だな」
ナディルが小さく笑うと、エレシャもくすりと応じる。
「ええ。 何より、二人が大好きな『前世の知識』を誰にも評価されず、ただ埃を被って腐っていく様を想像するだけで……このいちご大福がいつもより甘く感じますわ」
その毒を含んだ優雅な微笑みに、唯奈は思わず息を呑んだ。
「(……っ! 最高! 復讐の仕方もエレシャ様らしくて本当にかっこいい……ッ!)」
「最後に元婚約者と元聖女に伝えたいことはありますか?」
「(ティア様ナイス! それ私も聞きたい!)」
エレシャに注目する唯奈。
「そうですわね……もう会うこともないでしょうけど敢えて伝えるなら」
口元をナプキンで優雅に拭うと、窓の外に広がる夜空を見つめて静かに口を開く。
「お二人があのような愚かな行いをしてくださったことに心から感謝しておりますわ。 おかげで私は『自分を大切にすること』の尊さを知ることができました……どうぞ、その修道院で一生かけて私に『反面教師』としての役目を全うしてください。 それがあなたたちの人生最大の功績ですもの」
唯奈は夢中でスマホをポチポチと動かす。
「……唯奈、何をそんなに急いで打っているんだ?」
ナディルに覗き込まれ、唯奈はハッとして画面を隠した。
「あ、いえ! 今のエレシャ様の名言、忘れないようにメモを……」
「あら、今の言葉を誰かに伝えたい殿方でもいらして?」
エレシャの悪戯っぽい問いかけに唯奈は頬を染めて視線を彷徨わせる。
「……実は二ヶ月前にひどいフラれ方をされまして」
エレシャが手元のティーカップをソーサーに静かに置いて、真っ直ぐに唯奈を見つめる。
「唯奈、もしそのお相手があなたを蔑ろにするような方だったのなら、それはあなたという宝石の価値を見抜く目がなかっただけですわ。 私の言葉をメモするのもいいですけど、最高に美味しいお茶でも淹れてご自分を甘やかして差し上げなさい。 それが一番の復讐であり、一番の自分磨きですわよ」
「(な、なんてお強いお方……)」
唯奈はじーんとして泣きそうになる。
エレシャは、本来であれば卒業パーティーで婚約破棄され、最後は処刑される運命だった。 その過酷な破滅ルートを彼女は自らの誇りと努力で見事に回避したのだ。
そんな彼女からの「自分を甘やかして」という言葉は唯奈にとって何よりも心強いエールだった。
「……エレシャ様、ありがとうございます。 今日は私もいちご大福食べちゃいます! 結城さん、いいですよね」
「まかないということにしておくか」
「やったー!」
唯奈の笑顔を見て、エレシャが満足そうに微笑む。
カフェ まおりの深夜は、今日も美味しいお茶と前世の記憶を糧にした彼女たちの前向きな笑い声で満たされていた。




