3話 深夜のお茶会で明かされる素顔
「……遅いですね。 何かあったんでしょうか」
唯奈が、淹れかけの茶を手に不安気に呟く。
毎週水曜の深夜、和カフェ まおりに集う3人の悪役令嬢。 だが今宵、そのうちの一人が姿を見せていなかった。
「もしかして、忘れて寝ちゃってるとか?」
ティアが何気なく漏らした推測にエレシャが冷ややかに首を振る。
「一から十まで几帳面なナディルに限って、そんなことはありえませんわ」
「(もしかして、何か戦いに巻き込まれてるとか……でもナディル様なら難なくやっつけちゃいそう。 でもそうじゃなかったら)」
唯奈の不安そうな表情に気づいたエレシャが、ふっと口元を緩める。
「心配しなくても大丈夫ですわ。 案外、大したことのない……そう、野良猫にでも絡まれて剣を抜くべきか否か悩み抜いているのではないかしら。 あの方、強さの割にどうでもいいことには滅法弱いですから」
エレシャの的確すぎる分析に、唯奈は思わず噴き出しそうになった。
その時――虹色の扉が開き、ナディルが少々疲れた顔で店に滑り込んできた。
「悪い、遅れた」
4人の視線が一斉にナディルに注がれる。
「今日は来ないかと思いましたよ。 今お茶淹れますね」
「疲れた顔だな……まずは休むといい」
唯奈と結城の温かい言葉に、ナディルは硬かった表情を緩めて椅子に腰を下ろした。
「ナディル様、何かありました? お顔がお疲れ気味のようですけど」
ティアが覗き込むと、ナディルは少し気まずそうに目を逸らした。
「ああ、実はな……屋敷に迷い込んだ野良猫に懐かれてなかなか離れなくて手こずってしまったんだ」
――場の空気が一瞬、ピタリと止まった。
「……ん? なんだ?」
「ついさっき、エレシャ様が『野良猫にでも絡まれてるんじゃない?』って話していたのよ」
ティアの言葉にナディルはきょとんとした後、声を出して笑った。
「ぷっ……はは! エレシャ、お前エスパーか?」
「(あのクールなナディル様が猫に懐かれて手こずるなんて……さいっこうに可愛いんですけど〜〜〜〜!)」
唯奈がトレイを抱きしめて必死に頬の赤らみを隠そうと下を向く。
「驚きましたわ。 まさか本当に猫に絡まれていたなんて。 その猫も連れていらしたらよかったのに」
「そう思って扉をくぐろうとしたんだ。 しかし弾かれてしまった」
まあ、とエレシャが目を見開いて驚く。
「つまりこの虹色の扉を通れるのは私たちだけってことね」
ティアの言葉に、結城はカップを拭きながら穏やかに付け加えた。
「ここが選んだのは扉じゃない。 君たちが運命を塗り替えてまでここへ来たいと願ったその強い意志に、この店が応えただけさ」
その言葉に令嬢たちの表情が少しだけ誇らしげに変わる。
「まだ破滅回避していない頃、たまにちらつくことがありましたわ。 前世でのことが……少しでいいから元いた世界に行けたらなって……そんな都合のいいこと起こりはしませんのに」
「でもこのお店に来れましたね」
唯奈がエレシャににこりと笑いかける。
「ええ。 最高の時間ですわ」
「ちょっと気になったんですけど、みなさんは前世では何をやってたんですか?」
「私はOLですわ」
「私は警察官だ」
「私は高校生よ」
「(ナディル様が警察官! 悪役令嬢として追放されるどころか異世界でも『法の番人』の魂が宿っているなんて、なんて尊い設定……ッ!)」
「……唯奈、顔が怖いぞ」
ナディルに苦笑され、唯奈は慌てて口元を拭った。
「あなたらしいですわね」とエレシャ。
「正義の味方がここでも騎士様として誰かを守っているなんて……なんだか納得です」
ティアがにっこりと笑うとナディルは少し照れくさそうに頭をかいた。
「守る対象が変わっただけだ……まあ、今の辺境での暮らしの方が、ずっと性に合っているがな」
そう言ってナディルがお茶を一口すすると、店内に穏やかな空気が流れた。
元・警察官、元・OL、元・高校生。
異世界で過酷な運命を塗り替えてきた彼女たちが、今こうして安らぎの時間を共有している。
結城が饅頭を盆に乗せて運んでくる。
「結城さん、これは……!」
テーブルに猫の肉球の形をした饅頭が並べられた。
「今夜のお茶会にぴったりですね」とティア。
「か、可愛いな」ナディルが呟く。
「では、私は白をいただこうかしら」とエレシャ。
「私は緑を」ナディルも手に取る。
「私はピンクね」ティアが弾んだ声で手に取る。
三者三様に選ばれた愛らしい猫の肉球饅頭。
それを眺めながら、ナディルは少しだけ表情を和らげた。
「……前世でこれを見たら間違いなく即買いしていたな」
「あら、ナディルがそんなことを言うなんて。 猫に懐かれた影響かしら?」
エレシャのからかいに、ナディルは否定もせず、ただ小さく笑った。
三人が饅頭を頬張り、ふわりと幸福な吐息を漏らす。
その光景を唯奈は特等席で見守る。
「(……ああ、もう最高。 今の彼女たちがこんなに幸せそうに笑ってるなんて。 特等席で見届けられる私はなんて幸せ者なんだろうッ!)」
トレイを抱きしめたまま感極まって胸を熱くしていた。
深夜の和カフェ まおり。
運命をねじ伏せた彼女たちの聖域は、今日も優しい甘さに包まれている。




