1話 深夜のカフェでざまぁを語る
「結城さん、そろそろですかね」
「あ、ああ、今日は水曜か。 また賑やかになるね」
和カフェ まおりでは毎週水曜日の深夜になると不思議な現象が起こる。
それは――
「おじゃましますわね」
「 いつものあるか?」
「またあんこが食べられるなんて最高〜」
ホールに出現した虹色に光る扉から現れたのは、都会のカフェには豪華すぎるドレスを身に纏ったお嬢様たち。
彼女たちは乙女ゲームに転生した悪役令嬢。
なんの縁か、この和カフェ まおりが毎週水曜日の深夜、異世界と繋がってしまったのだ。
「いらっしゃいませ。 お待ちしてました。 どうぞこちらへ」
バイト店員の唯奈が3人の令嬢たちを席へ案内してお茶を持ってくる。
「3人共いつものでいいのかい?」
店長の結城が聞くと令嬢たちは気品ある佇まいで「ええ」と応えた。
やがて盆に乗せられた三つの和菓子が運ばれてくる。
黄金色に輝くしっとりとした芋羊羹。
たっぷりと琥珀色のタレを纏った艶やかなみたらし団子。
そして清々しい葉の香りを漂わせる真っ白な柏餅。
都会の喧騒を忘れさせる甘い香りが店内にふわりと広がった。
「エレシャ様は芋羊羹、ナディル様はみたらし団子、ティア様は柏餅ですね。 今日はどんなお話聞かせてもらえるんでしょうか」
和菓子をテーブルに並び終えた唯奈が目をキラキラさせて令嬢たちを見る。
エレシャが黒文字楊枝でスッと芋羊羹を切る。
「……さて、今宵も語りましょうか。 私たちがあの理不尽な運命をどう踏み潰してきたかを」
エレシャの凛とした声を聞くと、唯奈の期待は一層増して次の言葉を待つ。
「本来のシナリオでは卒業パーティーの夜、聖女の光で気絶させられ、その後処刑されるはずでした」
エレシャは切り分けた芋羊羹を一口、優雅に含んだ。 しっとりとした甘みが舌の上で解けるのを確かめてから不敵な笑みを浮かべる。
「けれど、光が正義だなんて誰が決めたのかしら? 私は事前に聖女が魔道具で『光』を偽造していた証拠と彼女が国費を私的に流用していた帳簿を全出席者のテーブルに『ギフト』として配っておいたのよ」
「(うわぁ……ギフトっていうか、爆弾……!)」
唯奈は心の中で激しくツッコミを入れた。
「(ゲームの時はあんなに高飛車で自滅してたエレシャ様が今じゃ完全無欠の策士すぎる……あの鼻持ちならない第一王子、今頃どうなってるんだろう)」
「絶望に染まった王子の顔……この黄金色の芋羊羹よりよほど美味しそうだったわ」
「(例えが物騒すぎる! 芋羊羹に謝って!!)」
「(どっちが悪役なんだか)」と、令嬢たちのテーブル近くで帳簿の整理をしていた結城が聞き耳を立てていた。
エレシャの不敵な笑みに呼応するように隣でみたらし団子の串を手に取ったナディルが低く、けれど重みのある声で口を開いた。
「ふん、策を弄するのもいいが、私はシンプルに片付けたぞ。 卒業パーティーに乱入してきた暗殺者ギルドの連中をその場で全員叩きのめして、黒幕である第二王子の喉元に剣を突きつけてやった……あのみっともない悲鳴、団子のタレを啜る音より間抜けだったな」
「(……騎士令嬢ナディル様、物理攻撃力がカンストしてる!!)」
唯奈は戦慄しながら今度は柏餅の葉を丁寧に剥いているティアに視線を移す。
「あら、お二人とも。 私はもっと穏便に済ませたわ」
ティアは可憐に小首を傾げ、真っ白な餅を一口頬張った。
「ヒロインを唆していた宰相の不正を、教皇様に匿名で告発しただけ。 今頃、あの家門は神殿の地下牢で『光の慈悲』を請うているはずよ。 ふふ、この柏餅、あんこがぎっしりで幸せ〜」
「(一番おっとりしてるティア様が一番慈悲がないやり方してるぅぅ!! ティア様だって本当なら無実の罪で一生光の射さない地下室に『投獄』される結末だったのに。 今は逆に相手をブチ込んでるよ……!)」
令嬢たちの逆転劇に興奮する唯奈だが、彼女にはもう一つ楽しみにしている会話がある。
「私、前世で『ウィング王国の華麗なる終焉』をプレイしたことがあるんだけど、あの最悪なバッドエンドを回避するなんて、エレシャ様凄すぎ」
ティアが目を見開いて言う。
「前世知識があってこその処刑回避ですわね」
余裕と言わんばかりのすました顔でお茶を飲むエレシャ。
「私も前世でプレイしたことあるぞ。 『プリズム・ガーデン ~偽りの愛と泥だらけの令嬢~』だったか。 あのずる賢くて隙のない宰相の不正をよく暴いたな、ティア」
「ふふ。 あの冷酷な騎士団長を味方につけたのよ」
ティアが得意気にウィンクする。
「ナディルは『星屑のレクイエム ~さよなら、孤独な公爵令嬢~』だったわね。 一途な恋が報われないばかりか国外追放だなんて……プレイしてて泣きましたわ」
エレシャが俯き、思い出しながら言う。
「何はともあれ、私たち無事に破滅回避できたんだから勝利のお茶会だと思って楽しみましょ」
ティアの明るい声がしんみりした空気を変えた。
「(くぅ〜。 悪役令嬢が他のゲームの知識まであるなんて! それを3人で語ってる……もしかして私ものすごい贅沢な場に居合わせてるのかも)」
唯奈が手に汗握って聞き入る。
「あら、もう帰る時間」
エレシャが虹色に光る扉に気づく。 扉は帰還を促すように淡く明滅している。
「ごちそうさま。 来週は……そうね、どら焼きが食べたいわ」
「ああ、美味しいの作っておくよ」
結城の言葉に満面の笑みを見せるティア。
嵐のような彼女たちが扉の向こうへ消え、虹色の光が収束して消えると店内には和菓子の甘い余韻だけが残った。
「……凄かったですね、今日も」
唯奈が脱力したようにカウンターに手をつく。
「本来のゲームだと、エレシャ様は処刑、ナディル様は追放、ティア様は投獄……みんな救いのない最悪の結末だったんですよ」
結城は黙って、彼女たちが使い終えた茶器を片付け始めた。
処刑、追放、投獄。
そんな物騒な言葉からは程遠い、満足気な彼女たちの笑顔を思い出す。
「……なら、なおさらだな」
結城は夜の静寂に目を細めた。
「あんなに戦ってようやく掴み取った日常なんだ……来週は今日よりもっと甘いあんこを炊いて待つことにしよう」
深夜の和カフェ『まおり』。
ここは、運命をねじ伏せた令嬢たちが、唯一『女の子』に戻れる場所。
甘い香りに包まれて、今夜も密やかな営業は幕を閉じる。




