第7話:炎の代償
轟音が廃ビルの奥を震わせた。
影の軍勢はなおも押し寄せ、市民を逃がすはずの通路を完全に塞いでいる。
「まだ残ってる……! 早く助けなきゃ!」
ユイが声を張り上げた。背後には怯える親子が身を寄せ合っている。
「クソッ、突破口を作る!」
ハヤトが二丁拳銃を乱射する。しかし影は壁のように重なり、弾丸を吸い込む。
カナメが鋭く舌打ちし、冷静な声を放った。
「駄目ね、相手が結界を張ってる。普通の攻撃じゃ通らない」
マコトが端末を睨みつけながら叫ぶ。
「時間切れだ! 結界が広がれば、この市民たちごと呑み込まれる!」
その言葉に、蓮の心臓が跳ねた。
呼吸が荒くなる。
握り締めた短剣の刃が——炎のような光を帯びて震え出した。
(……また、来る……!)
目の前の光景が歪む。視界に赤黒い火花が散り、頭の奥に声が響いた。
——もっと解き放て。
——その炎は、お前の本当の姿だ。
「やめろ……っ!」
蓮は頭を振ったが、力は暴走するように膨れ上がる。
「蓮、下がれ!」
カナメが叫ぶ。
しかしその声はもう届いていなかった。
次の瞬間、蓮の全身から炎が迸った。
短剣が燃え盛る刃に変貌し、赤い奔流が敵の群れを押し返す。
「な、なんだこの力は……!」
ハヤトが目を見開く。
炎は敵だけでなく、仲間たちにまで迫る。
ユイが咄嗟に光の結界を展開した。
「……っ、みんな、下がって!」
柔らかな光の壁が炎を受け止め、仲間と市民を辛うじて守る。
「う、あああああああっ!!」
蓮は叫び、炎を振り下ろした。
轟音とともに影の結界が砕け散り、怪物たちが断末魔をあげて霧散していく。
炎の奔流は通路を切り裂き、逃げ道を開いた。
「今だ! 走れ!」
カナメの指示に、市民たちは一斉に駆け出した。
やがて炎は静まり、蓮はその場に膝をついた。
短剣は半ば溶けるように砕け、息は荒く、体中が熱に焼かれるように痛む。
「蓮……!」
ユイが駆け寄ろうとしたが、彼は手を伸ばして制した。
「大丈夫……だ……でも……今のは……」
遠くで、仮面の男の声が木霊する。
「フフ……その力……制御できると思うな。やがてお前自身を喰らうだろう」
蓮はその声にかすかな怒りを覚えつつも、何も言い返せなかった。
仲間を救えた安堵と、自分の内に眠る得体の知れない炎への恐怖が、胸の中でせめぎ合っていた。
「……行こう」
ようやく立ち上がった蓮の背中を、仲間たちは無言で支えた。
夢と現実を繋ぐ戦いは、さらに苛烈さを増していく——。