第3話:仮面の犯人
夜の街は静かに沈んでいた。
しかしその静寂はどこか不自然で、まるで世界全体が息を潜めているようだった。
「ここが……廃ビルか」
蓮は息を呑む。
東区に取り残された古い雑居ビル。壁は黒ずみ、窓ガラスは割れ、入口には立ち入り禁止のテープが貼られている。だが、ビル全体を覆うように、薄い“揺らぎ”が広がっていた。
まるで熱気に揺れる空気のように、現実そのものが歪んで見える。
「完全に《夢の歪み》だな」
ハヤトが銃を肩に担ぎながら言う。
「中に“奴”がいる可能性が高い」
「……全員、油断しないで」
カナメが短く指示を飛ばす。彼女の冷たい眼差しは、真っ直ぐ前だけを見据えていた。
蓮は無意識に唾を飲み込む。足が震えていた。
「大丈夫。私がいるから」
小声でユイが笑いかけてくれた。医療担当の彼女は心配そうに蓮を見ている。
その優しさに、少しだけ心が軽くなる。
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チームは静かに廃ビルへ侵入した。
暗い廊下は湿気と埃の匂いに満ちている。靴音さえも大きく響き、緊張感をさらに煽った。
「センサー反応なし。……だが、嫌な気配がするな」
マコトが端末を覗き込みながら呟く。
蓮の心臓は早鐘を打つ。握る銃が汗で滑りそうだった。
(落ち着け……俺がリーダーなんだ。みんなを守らなきゃ……)
そう自分に言い聞かせても、喉の奥の恐怖は消えない。
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三階に上がった瞬間だった。
——ゴウン、と建物全体が鳴動する。
「っ……!」
蓮が思わず身を固くすると、天井の蛍光灯が一斉に点滅した。
廊下の壁が歪み、塗装が剥がれ、血のような赤黒い色に変わっていく。
「来るぞ!」
カナメが叫んだ。
空気が凍りついたように冷たくなる。
その先に——現れた。
白い仮面をつけた男。
黒いコートをまとい、背後に蠢く影。
その影は腕のように伸び、壁や天井を這いずり回っていた。
「……またお前か」
蓮の唇から自然に言葉がこぼれた。
仮面の男は何も答えない。ただ、首を傾げ、低い笑い声を漏らす。
「ターゲット確認」
マコトが緊張した声で告げる。
「歪みの中心は間違いなく奴だ!」
「全員、戦闘態勢!」
カナメが叫ぶ。
仲間たちは一斉に武器を構えた。
銃口、警棒、端末、医療キット——それぞれが決意を帯びる。
そして蓮もまた、銃を強く握り直した。
仮面の男がゆっくりと腕を広げる。
その瞬間、影が爆ぜるように広がり、異形の群れが床から這い出した。
「くそっ……!」
蓮の指が引き金にかかる。
次の瞬間、銃声と咆哮が重なり、廃ビルは戦場と化した——。






