第1話:深夜二時のバス
——午前二時。
枕元の時計が、ぼんやりとした光で数字を刻んでいた。
少年・神谷 蓮は突然目を覚ました。胸の奥で何かがざわついている。夢を見ていた気もするが内容は覚えていない。ただ「行かなきゃ」という奇妙な衝動が、全身を突き動かしていた。
寝間着のまま、彼はそっとベッドを抜け出し、玄関の鍵を開ける。真夜中の住宅街は静まり返っていて、月明かりと街灯だけが頼りだった。
(なんで俺、外に出てるんだ……?)
理屈では説明できない。それでも足は勝手に動き、気づけば人気のない通りに立っていた。
——そのとき。
「プシュウッ」
耳に冷たい音が刺さった。目の前に、いつの間にか古びた路線バスが停まっていたのだ。車体はところどころ錆び、行き先表示は壊れたように真っ黒。なのに、ドアはゆっくりと開き、誰かを待つかのように蓮を誘っている。
心臓が跳ねる。逃げ出すべきなのに、足は自然とバスのステップを踏みしめていた。
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車内は異様に静かだった。蛍光灯はちらつき、古い座席の布は色あせている。
ただ一番奥の席に、蓮と同じ年頃の少年が座っていた。
鋭い眼差し。整った顔立ちだが、どこか影を背負ったような雰囲気。
「……遅かったな」
少年が言った。声は低く、しかしよく通る。
「え……?」
蓮は思わず言葉を失う。
「君も、呼ばれたんだろう。夢の向こう側へ」
バスが動き出した。エンジン音は聞こえない。ただ車体全体が静かに震え、窓の外の景色が流れていく。
街の灯りが霧の中に沈んでいく。建物の輪郭はぼやけ、現実が溶けていくようだった。
「な、なんなんだよこれ……」
「いずれ分かるさ。だけど一つだけ覚えておけ。ここから先は——もう夢じゃない」
意味深な言葉に、蓮の喉が詰まった。
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バスが止まる。
ドアが開いた先に広がっていたのは、見慣れたはずの街の景色。
……だが、何かが決定的におかしかった。
街並み全体が、薄いガラス越しに見ているかのように歪んでいる。色彩は褪せ、空気は水の中のように濁っていた。
そして、現実には存在しないはずの巨大な建物が、街の中心にそびえていた。
高層ビルほどの高さ。古代神殿のような威容。だが現代のコンクリートと入り混じり、異様な存在感を放っている。
「ここは……どこなんだ……?」
蓮の問いに、隣の少年は微笑む。
「ようこそ。君の新しい世界へ」
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そのとき、建物の中から人影が現れた。
蓮と同じ年頃の少年少女たち。制服のような装備を身にまとい、手には銃や警棒のような武器を握っている。
「やっと来たか、リーダー」
蓮に向かってそう言ったのは、鋭い目をした少女だった。
「は……? リーダー?」
状況が飲み込めない蓮をよそに、彼らは次々と声をかけてくる。
「捜査会議はこれからだ」
「連続失踪事件、犯人はこの世界に潜んでる」
頭の中が真っ白になる。
なぜ自分が“リーダー”なのか。ここは何なのか。
ただ一つ確かなのは、もう後戻りはできない、ということだった。