一、側近一族の娘
第一話目です!
「従連家の娘が後宮に?」
「そう言う話だ。すぐに処刑されてしまいそうだな」
「それにしても従連家も酷いことを…」
街の人は囁き合う。
その中、道を馬車が通過する。
なんとなく、馬車を避ける。
その馬車には妃が乗っていた。
か弱くない、男でもない、強さの塊の妃が。
「後宮とは…どれだけの敵がおるであろうか」
その妃はニヤリと口角を上げた。
___後宮___
従連家の娘が後宮に来ると言う噂は皆飽きてしまうくらい前から流れていた。
そして、今日ようやくその妃の面を拝むことができると後宮の入り口である正門の付近には妃や宦官が押し寄せていた。
「皇帝はお越しにならないようだ」
「そりゃ、すぐに処刑される妃なんて見たくないだろう」
宦官たちのやり取りが聞こえる。
すると、普段は開くことのない重厚な門が軋みながら開いていった。
馬車から降りてくる人物は影で顔は見えない。
だが、その影だけはか弱そうな女子のものだった。
どんな人物かと、皆が注目しているとその娘はやって来た。
「ここが後宮。なかなか平和そうでないか」
大声で娘は言う。
「私が守るまでもなそうだな」
髪を一つ結びにして、嫌々着ている衣を今にも脱ぎ出しそうな妃は入ってきた途端に獲物狩りでも来た様な目つきで辺りを見回す。
「私がこの後宮を守ってやろうではないか」
その妃は皆は唖然とした様子で眺めていたのだった。
「私が“守ってやる”皇帝は何処の誰かのう」
「妃が来たんだな」
皇帝はそっけなく答える。
「はい」
短く答えるのは従連家、長男の海蘭。
「うちの妹ですが、実力不足と感じた際にはすぐに処刑してもらって構いませんので」
「無慈悲だな」
「いえ、うちの妹は簡単には倒れないと言う自信です」
淡々と喋る海蘭は本当に残酷そうに見えるが、実のところはそうでもない。
それに、何よりこの後宮入内を一番拒否したのは彼だ。
「妃として側で護衛するということになっているが、妃が守れるのか?一見平和そうなこの後宮だが皇帝がいるこの宮となれば、話は違うぞ」
「はい。うちの妹ならば貴方様をお守りすることができるでしょう」
自信に満ちた呟きを信じることにした皇帝だった。
「そろそろ、その妃が来ると思いますが…」
噂をすれば…
重厚感のある扉が叩かれる。
「入れ」
皇帝の代わりに海蘭が答えると従者を連れた、凛とした妃が入ってくる。
「失礼致します。貴方が皇帝陛下で?」
「そうだ。そなたは従連家の妃…華楊だな」
「えぇ。今日から貴方様のことを精一杯、護衛させていただきます」
やたら長い衣の裾を両手で持ち上げて優雅に礼をする。
「それでは、私の護衛対象として認識させてもらいます」
華楊はニコッと整った顔に笑みを浮かべた。
「私は仕事着に着替えてきますので、しばしお待ちを」
そう言い残すと踵を返して、自分に与えられた宮に戻った。
「なかなか、大人しそうな娘ではないか」
「…い、いえ、あれは猫被ってますね」
珍しく苦笑混じりに海蘭は言った。
___華楊の宮___
「あぁ。重かった。なんだ、女の衣装というのはやたらひらひらふりふりと…」
愚痴を漏らしながら脱ぎ捨てる華楊。
「そのようなことを言ってはなりませんよ」
侍女の結が言う。
「なぜだ。それにこれは本来私が着る物ではない」
片付け終わった箪笥の中から無造作に服を取り出す。
その服に着替えると華楊は満足そうに微笑んだ。
「私の仕事着はこの国一番動きやすい」
自慢げに自分の服を見下ろす。
動きやすい下袴に上着の裾を腹辺りで結んで、腹が軽く露出している。
髪の毛は三つ編みにされてさらに団子結びなっている。
妃を感じられるものといえばその団子に挿された簪くらいだが、それも華美ではない。
「私は妃だが、皇帝の世話になる気はないし、妃としての仕事をするつもりもない」
「そんな風に言っていられるのは今のうちですよ」
結は、はぁっとため息をつく。
「なんでだ?」
「妃の仕事をしなかったらそれは職務怠慢と同じですよ。それこそ真っ直ぐ処刑行きです」
この侍女は可愛らしい顔をして、酷いことを言う。
「それはその時に考える。さ、皇帝のところに行くぞ」
「そうですね」
仕事の時間が終わったのことで私室にいるらしい。
「失礼します」
「入れ」
先ほどと同じような返事が返ってくる。
昔から教え込まれてきた。
護衛対象には礼儀正しく、失礼のないようにと。
「これが私流の仕事着なのでお許しください」
「もちろん、許す。許さん理由がなかろう」
「ありがとうございます。これから、誠心誠意この仕事を頑張ります故、よろしくお願いします」
華楊は笑顔で言った。
「あぁ。頼んだぞ」
皇帝はほんの少し楽しい気分になった。
「あー、皇帝の側で護衛するとは言ったが…まさか部屋も隣になるとは思わなかった。あれもこれも兄貴のせいだ」
あの後、長男の海蘭が部屋は隣の方が護衛をしやすいだろうと要らぬ配慮のせいで部屋を移動した。
当初、華楊の宮だった場所は侍女たちが住まうことになりそのままだ。
そして、この部屋を使うのは華楊一人。
侍女は華楊なら一人で大丈夫だと、この部屋に一人住まわせることにしたのだ。
まぁ、一人でちょうど良いくらいの広さだし、隣なので皇帝の異変にもすぐに気づける。
なかなかの好立地ではあった。
「とりあえず、慣れぬ服で疲れた。寝よう」
華楊は眠りについたのだった。
ありがとうございました!
次回もよろしくお願いします!