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弟わんこの片思い  作者: 苺屋カエル
9/22

鳩子の知らないこと

カサリとページを捲る音が響く。

来栖鷹矢は日当たりの良い場所に設けられた自宅のソファに身を預けている。


扉が開く気配がして鷹矢は少しだけ頭を動かして背後を確かめた。

部屋の中に入ってきたのは寝乱れた姿が危うげな美女だ。40代にしては瑞々しく、ハリのある肌を暖かな部屋で惜しげもなくさらしている。

少しばかりの疲れを滲ませているものの、充分に満たされた美しい顔は薔薇のように輝き誇る。黒く波打つ髪は乱れて幾筋もの線条が薄着の体を舐めていた。


「鷹矢さん、ここにいたの?。酷いわ、起こしてくれても良いじゃない」綾子は甘えたように咎める。


「何度も起こしましたよ。それよりも着替えたらどうです。父さんに見られたら大変ですよ」


「隼人さんはお仕事よ。ふふっ暫らく帰ってこないわ」


ふわりと甘い香りが動く。鷹矢の首に背後から腕を絡め、肩越しに彼の頬にキスを与えた。

「やめてください」拒絶を示しても腕を振り解くことはしなかった。そんな鷹矢に気付くと耳元でクスリと笑う声が聞こえた。

「冷たいのね」声は楽しさを隠し切れない。「前は、貴方からしてくれたのに」

鷹矢は唇を引き締める。

「覚えているでしょ?鷹矢さんたら夢中で私を追いかけていたのよ。片時も私を離さないから大変だったわ。・・・困った子」鷹矢の髪に柔らかな感触。まわした腕に愛しさを込めて強く鷹矢を拘束する。

「離してください」身を硬くして拒絶した。

「あら。嫌なら突き飛ばしなさい」軽やかに笑う。優しい鷹矢が強く拒絶できないのを知っている。


腕がゆっくりと下りて鷹矢のシャツのボタンに手を掛けた。

「外れてるわ」ゆっくりと留める。鷹矢は背後からのびた白く優美な腕を見た。過去、何度もこの細い腕に抱かれたのだ。

「まだ、お世話して欲しい年頃なのかしら」愛しさが募り再度、頬に唇を寄せた。鷹矢は気配を感じて避けた。「鷹矢さん」責める唇に、鳩子の唇を思い出した。まわされた腕のまま鷹矢は鳩子を想う。


「何を見てるの?」鷹矢の手にあるものに興味が引かれた。白い手が鷹矢の手元に届く寸前に「関係ない」と隠されてしまった。腕を解き鷹矢は立ち上がって振り返った。

「鷹矢さん」焦れたように呼ぶ。

「これ以上は干渉しないでください。関係のないものです」

「なんて言い方をっ。私を散々求めておいて干渉するなですって」

「求めた?いつの話です。必要以上に関わってきたのは貴女のほうでしょ」

美しい顔に怒りとも屈辱ともとれる赤みが差した。先程まで鷹矢を甘く閉じ込めた腕は組まれ、豊かな胸を強調する。薄い生地は体に纏わり余すことなく際立たせた。


「傲慢な男ね。一人で大人になったとでも言いたいの?貴方を一から仕込んだのはこの私なのよっ」有無を言わせぬ気迫に鷹矢は怯んだ。

「私の手から全てを与えられておいて関係ない?。体の隅々まで世話をさせといて干渉しすぎるって言うのね、」更に言い詰めるために一歩、鷹矢に近寄った。



「やけに騒がしいな。鷹矢?何があったんだ?」突然の父の登場に二人は驚いた。


「あっ、あなた・・・どうして・・・」さっきまでの怒りは吹き飛び、一瞬で青ざめた顔になる。


「綾子・・・お前、その姿は」眉を寄せ綾子の乱れた薄着を見る。綾子は言い訳の出来ない姿に足元が崩れ落ちる感覚がした。

「誤解よ、隼人さん。これは、その」必死で媚びる綾子は鷹矢の裏切りで絶望に落とされる。



「父さん。母さんはしっかり朝寝坊して、今しがた起きたばかりですよ」

「鷹矢さんっ!裏切り者っ!」悲鳴を上げて息子に抗議する。

「綾子っ!だからあの時、止めておきなさいと言ったんだ。それを自分で起きれると約束するから私は・・・」隼人のお小言に綾子は耳を塞ぎ目を瞑った。

「海外ドラマは一ヶ月禁止だ!分かったなっ綾子!」

「えっ!やだやだ。隼人さんごめんなさい。隼人さんの言うとおり一日一話にするからっ」涙目になって隼人に縋り付く。スーツ姿の男性に、下着も同然の薄着の美女が縋り付く。これが他人なら面白がって見物でもするが、鷹矢にとっては両親だ。冷めた視線で成り行きを眺める。

「隼人さん、ごめんなさい。明日はちゃんと起きるから。ねっ?ねっ?」カマトトぶりやがってと鷹矢は思うが夫婦間のことなので口には出さない。

「隼人さぁん。隼人さんだっていけないのよ。ちっとも構ってくれないんだもん。仕方ないから鷹矢さんを世話してあげようとしたら、余計なお世話だって言われるし。綾子は隼人さんと一緒にいたいの」顔を隼人の胸に寄せ、拗ねたような上目遣いをする。勿論、甘えた声は忘れない。

母に弱い父。「・・・そうだな、暫らく構ってやれてないからな。綾子が寂しがるはずだ」綾子の肩を抱きしめ、すまないね、と額に唇を落とす。

鷹矢は父の陥落を見届けた。綾子が縋り付いた辺りから隼人が嬉しそうに見下ろしているのを見逃さなかった。


「俺は部屋に戻るから」年中イチャイチャする両親の側をすり抜けて扉を出ようとしたら、持っていた本を綾子に奪われた。

「・・・何これ。鷹矢さんが必死に隠すから、てっきりエッチな本だと思ったのに」残念そうだ。

「返してください」奪い返そうとしたブツは今度は隼人の手に渡った。

「犬を飼うのか?」犬種の載ったカタログを捲りながら鷹矢に問う。数箇所折り目がついている。「どれも大型犬ばかりだな」

鳩子を家に呼ぶ口実に子犬の購入を考えてた鷹矢は、下心をリアルに感じて即答ができない。


「鳩子ちゃんが犬好きだからか?」父から鳩子の名前が出て、鷹矢の頭は真っ白になった。

「誰?はとこちゃんって」

「鷹矢がプロポーズした女の子名前。銀字のところの女の子だよ」

「なんですって。鷹矢さん、詳しく説明なさいっ!」

「綾子、落ち着いて。まだデリケートな問題のようだから見守ってあげないと」

「私の自慢の息子がプロポーズしたのよ。承諾以外ありえないじゃない。あっ、分かったわ、犬好きの鳩子ちゃんの為に、新居で買う子犬を探してたのね」

やだ、これから大変じゃない?、もう、そんな親しい女性がいるなら前もって紹介しないと、

はしゃぐ綾子と、そんな綾子が可愛いと目を細める隼人を残して、鷹矢は部屋にそっと戻った。


ベットに体を投げ出し、散らばった思考を掻き集める。鳩子に逢いたかった。

鳩子が好きそうな犬を探していたが、鳩子が犬に掛かりきりになるのを恐れて止めるつもりでいた。

「新居の犬か・・・」母の発言は鷹矢を夢見心地にさせた。

くすぐるような恥ずかしさに耐え切れず、顔を枕に埋めて心を鎮めた。

鳩子

音にはならない声で呼びかける。

父と母は今も仲睦まじく寄り添っているだろう。どうして自分だけが一人でいるのか。不条理に感じる。

抱きしめたい時に肝心の鳩子がいないなんて。


携帯を開き、鳩子のアドレスをみつめる。愛しさと苛立ちをメールに込める。

長い時間を掛けてようやく送信をした。

綾子さんは深夜遅くまで海外ドラマを見て朝寝坊しました。隼人さんが仕事に行ってると油断してたので、だらしない格好でウロウロしてたんです。

あと、綾子さんは鷹矢の幼少時代を挙げています。

因みに、鷹矢は綾子さんの性格を濃く受け継いでる。芝居がかったところや、人の話しを聞かないとことか。

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