好きなもの
家族見られたくない事はたくさんある。
ひんひんと泣く鳩子を見て市也は複雑な思いを抱える。とは言え、自分もかなりの大ダメージだ。
鳩子は立場上姉、だが実情は妹に近い。出会った当初は大人しい女の子で、市也たち3兄弟は突然現れた鳩子に随分と戸惑ったものだ。
たいして年は変わらないものの、優しく面倒見のいい可愛い女の子(多少地味)が何かにつけ自分たちの世話を焼く姿に喜んでいた、
が、
市也は根っからの長男体質というのか、意外と頼りない鳩子の世話を逆に見るようになったのはいつからだろう。
お姉さんぶっているわりに隙がありすぎる。
自分たちを子分のように従えたがるわりに、問題があれば一番に頼るのも自分たちだ。それはそれで快い優越感に浸れて嬉しい。
しっかりしているようで、自由気ままの甘えん坊、気分やなところもあって、大勢といるのが少し苦手で一人が平気。
猫のようなとこが可愛いと思う。
「最悪、高校生の前でディープキスかよ・・・」
びくりと肩が震えた鳩子は顔を真っ赤にして叫んだ。
「ひどい、好きでしたんじゃないもんっ」
「へぇ、腰を抜かして、そんなこと言っちゃうんだ」
情熱が終わり、今は熱が醒めた瞳でちらりと見る。
相当、怒っている。鳩子は理由をしらない。
「うう、怒らないでください・・・」
「本題に入る前に、確認しておきたいんだけど」
ベッドに座り足を組む姿はきまっていて素敵だったが、背景が洗濯物というのが残念だった。
住人である鳩子がここの部屋の王であるはずが、この部屋と、住人と、客を支配しているのは鷹矢だった。
鳩子と市也は正座して支配者の言葉を待つ。
「二人に特別な感情はないんだよね、特に鳩子、正直に包み隠さず詳細にね。怒らないから」
元々分かりにくい鷹矢の意図が掴めずに困惑し、少し離れたところに座る市也と視線で会話する。
「そこ、なにやってんのっ」
見咎められて中断。
「特別な感情とは、例えば男女間での思慕とか、ですか?」
助け舟を出した市也はおそらく聞きたいであろう辺りを探った。
鷹矢がいつになく短気なのは、鳩子の周りにいる男の存在に過敏になっているからか・・・。
珍しく感情を剥き出しにしている姿に驚きさえある。特に鳩子に関することには異常だ。
鳩子をめぐっての修羅場は少しだけ縄張り争いに近い。
「思慕・・・好きって言う意味なら、大好きですよ」
「弟して、だろ」
重要なポイントは念を入れて押さえないといけない。
でなければ目の前の獰猛な獅子が襲い掛かってくる。
「うん、勿論だよ。ずっと弟が欲しかったから、市也くんたちがいて嬉しい」
俺も鳩子がいて嬉しい、とは言えなかった。思春期だからではない。獰猛な獅子が喉元を狙っている。
「市也、お前は?それから愚弟どもはどうだ」
この裁判で裁かれるのはどうやら市也3兄弟のようだった。
「俺も、弟たちも鳩子とは兄弟として過ごしていたんです」
従兄弟とはいえ介入されるのに嫌気が差す。
「そう・・・じゃあ、次。鳩子、携帯だして」
「?。はいどうぞ」
無断で開けて操作する。
「あの、私のプラバシー・・・」
「待ち受けは犬なんだね。・・・これ錦か?」
見せる画像は以前、待ち受けにしていた奴だった。
「そうですよ。可愛いでしょ。ねだりにねだって一枚だけ撮ったレアものです」
「消すよ」
「だめですよッ」
鳩子にしては俊敏な動きで鷹矢の両手を掴む。
「馬鹿だな。指の動きを封じないと操作ボタンを押されるぞ」市也の助言。
「ああぁお願いですから、消さないで。レアなんですよ、貴重なんです」
すがるように懇願する鳩子にグッときた鷹矢。しかし流されるわけにはいかない。
「こんなものいらないだろう」
「いります、いるんです、私の人生の潤いなんです。人に見せて自慢するんです」
説得はことごとく不発していく。
蚊帳の外の市也は鳩子が言えば言うほど鷹矢の機嫌が急降下しているのが手に取るように分かる。
苦労して手に入れた経緯を知っているので、本音は嫌だが鳩子を救うための一言を出す。
「とりあえず、二人で撮って待ち受けにしたらどうですか」
いちゃいちゃ
ピントがぶれた、目線がない、鷹矢は姑のような細かさで一枚一枚難癖を付けて写真を撮る。
一向に終わりが見えない二人を市也は洗濯を干しながら横目で見ていた。
ディープキスを見せられた後だ。
些細なことになりつつある。
「ほら、早く。笑って」
「も、良いですから。たくさん撮ったじゃないですか」
「鳩子が動くからピントが」
「合ってましたよ。何枚とるんですか」
「もう一枚。あれ、顔が真っ赤。エロい感じがする」
抱きかかえた手を腰に沿わせてくすぐる。
「はい、ストップ。これ以上のお触りは禁止です」
収穫に満足したのか鷹矢から反発の声はなかった。
「さて、本題だけど・・・」
「「え、まだあるんですか」」
((粘着気質な・・・))
「鳩子、何か書くものと印鑑を用意してもらえるかな」
???
二人の疑問を放置して鷹矢は優雅にコーヒーを飲む。
コップのデザインにふざけた顔した犬がプリントされていても優雅だった。
「これで良いですか?」
犬のペンに、犬の便箋。
「本当に犬が好きなんだね」
感心したように鷹矢は言う。
「大型犬ならたいてい好きですよ。でも集めるとキリがないのでほとんど貰い物なんです」
「これも?」
「そのペンは女子高の親友がくれたんです。お気に入りですよ」
「鳩子は女子高なんだね、良かった」
賢明な市也は言わなかったが、便箋のほうは市也があげたものだ。
「で、鳩子には訂正してもらおうと思ってね」
「訂正、ですか」
「そう、間違った件を正し、正確な情報を僕に提供する。一筆書いてもらうからね」
「理想の男が弟であるのを撤回」
「「・・・・・・」」
「「何ですかそれ」」
「またハモるの?本当は双子なんじゃないのか」
「いや普通に聞きますから。もしかして念書を書かせるつもりなんですか?わざわざ」
「そうだよ、わざわざ、書かせるんですよ。間違いは正さないといけないよね」
市也には使わない丁寧な対応に恐ろしさを感じる。
「お前らを模倣しようとした自分を呪いたい気分なんですよ。さあ鳩子、書いて、下に署名と印鑑を」
「その、なんの話なんでしょうか」
「鳩子の理想が弟みたいな、なんだろ」
苦虫を噛み潰したように言えば鳩子は何のことだと眉を寄せる。
「私の理想の人・・・」
「鳩子は年上好きのはずだよな」
「うん・・・年下よりも年上の頼りがいのある人が好きかな」
「初恋は親父だしな」
「えぇぇ、言わないでよ。ちょっとした汚点なんだから」
「それ知ったら親父が泣くぞ」
「でもねぇ、初恋っていうよりもパパのお嫁さんになる、レベルだし」
「そうだな。あれは父性に庇護を求めたようなものか。じゃあ、初恋はあれか、名も知れぬ年上の窓辺の貴公子か」
「やめてよ。秘密って約束したじゃないっ」
「恥ずかしがるなよ。鳩子が恥ずべき箇所は貴公子と言い切るそのネーミングセンスだ」
「ストップ。ちょっと待って、鳩子は年上の男に惹かれる性質?」
あの情報は何だ?
確かに弟のような男がタイプだと言ってなかったか?
「たぶん、そうです。好きな芸能人も渋いおじさまだから」
「大丈夫ですか?顔色が悪いですけど」
血のつながりはない鳩子と市也だが、こうして並べば違和感がない。似てない兄弟と言い切れる。
「俺、鳩子の好きなタイプが弟のようだって聞いたんだけど」
「なんでしょうかね。確かに市也くんたちのような人だと気を遣ったりしなくて楽ですけど・・・。年下はどうしても保護対象にしか見えないというか、子供にしか思えないです」
「年上が好き?」
「包容力のある人が好きですね。頼りがいのある人とか」
「犬好きってのは?」
「大好きっ。大型犬に限りますが、一度は大きな犬の隣でお昼寝したいんですよ」
「ねぇ、鳩子」
「はい?」
「俺、これからどうしたらいいのかなぁ」
「はぁ・・・」
「新たにキャラ作りすんのか?今さら」
「・・・」
鷹矢は色々と混乱しているようだ。
どこか遠くにいった鷹矢をそっとするべく、市也は家事の続き、鳩子はテレビをつけた。