理想の問題
先に市也が怒ったからか、思ったより冷静でいられた。
(信じられる、要素・・・いっちゃんたちと変な事はないっていう、証明?)
「何、お前邪魔なんだけど」
市也の手を捻り上げて鷹矢は冷たく見下ろす。
「あんたが酷いこと言うから、だろ」
痛さで呻くが鷹矢の手は少しも緩むことはない。
「あの、市也くんを放してあげて。それから、市也くん、乱暴なことはどうかと・・・」
「なんだよそれ。鳩子が侮辱されたから俺は」
手が解放されたら、当人からは理不尽なことを言われる。
「うん、ごめん。だけど、鷹矢さんの言うことも一理あるし」
(証明されれば、きっと・・・)
「だから、これから病院にいって診断書を書いてもらう」
「私、まだ経験ないからお医者様に診てもらったら分かるかもしれない。今から行って相談してみる」
思い立ったが吉日。善は急げ。
保険証を取り出して鳩子は玄関へと向かう。
「鳩子っ、待て。慌てんなよ」
「あ、うん。大丈夫。転ばないように行ってくるから」
「違う、そうじゃない」
ほぼ玄関から体半分出たところで鳩子を捕獲した市也は疲労でいっぱいだった。
「病院で検査をするのも良い事だけど、処女かどうかは見てもらわなくても僕は判るよ」
ケロリとした鷹矢に市也は少しだけ怒りがわく。
「・・・鷹矢さん、さっき信じられないって言ってませんでした?俺にはそう聞こえたんですけど」
「言ってない。処女かどうかの話なら鳩子の申告は信じるが、何かあったかどうかは信じられない」
「・・・・・・何で処女かどうか、・・・昨夜か・・・そうか昨夜、鳩子は大人になったのか?・・・」
小さかった鳩子がとうとう大人になったという悔しいような複雑な気持ちで鳩子を見る。
「鳩子が寝ている隙にお前らが下種なことをしていない、とは思えん。僕ならする。鳩子が変なことをされていないとは言えない」
「したんですか?寝ている隙に、ひどいっ変態っ」
悲鳴をあげて抗議しているがイチャイチャしているようにしか見えない。
「市也くん、変な目で見ないでよ。私はまでしてないもん」
「朝帰りしてそんなセリフは白々しい。そんな話を誰が信じ・・・あぁ、こういうことか」
「そういうことだ。銀字さんところに養女に行けば大なり小なり注目が集まる。お前のとこは男ばかりの兄弟だからな。評判を落とす材料として鳩子は中傷されるだろう」
「そんな・・・」
落ち込む鳩子をそっと市也から遠ざけて肩を抱き寄せる。
「次の後継に銀字さんを望むものは多い、だが複雑な事情で彼を後継に据えることは出来ないんだ。ただでさえ若く未婚の僕に反対を唱える者もいる。そこに養女に入った鳩子が僕の妻となれば新たな火種が」
「ちょっと待ってください」
「何?」
市也に話を遮られた鷹矢は非常に不愉快だと睨む。
「妻?」
「そうだ。話がいってないのか?銀字さんは知っているから後で聞けよ」
投げやりな態度で犬を追い払うように手を振る。少し離れろという合図らしい。
「銀字さんの養女になった上で僕と婚姻を結ぶと、鳩子に権力が集中したように思う人間がいてもおかしくはない。銀字さんが何か企んでると噂されれば周りが騒ぎ出す。妊娠すれば鳩子の腹の子が誰だとか言われるのは不愉快だ、ま、それは言わせないけどね」
「鷹矢さん、鳩子と、その結婚する予定なんですか?・・・」
「予定はないよ残念だけど」
「どういう意味です?」
「結婚は二人でするものだろう。予定を立てようにも立てられない」
唐突に理解する。
綾子に向かって結婚を考えていないと言ったのはそういうことなのだろうか。
来栖夫妻を前に肯定すれば一気に婚姻に突き進むだろう。特に綾子の手に掛かればあっという間だ。
鳩子の気持ちは置いていかれる。
(もしかして、私のことを考えてくれて・・・)
胸が高鳴る。いつだって鷹矢は優しくしてくれた。
(消極的な私を待っていてくれてるのかも)
ドキドキする気持ちを大切にしたいと、そっと胸を押さえた。
(突然、おじ様とおば様に会うことになって緊張したけど気を配ってくれたし・・・)
鳩子は、準備なしで来栖夫妻に会った原因が鷹矢であることを忘れている。他、もろもろの振り回されている原因も奴だ。
「根本的なことですが、その、二人は結婚を前提に付き合っていて、婚約しているわけですか?」
婚約!
(生々しいな。良いのかな、するのかな、どうなんだろう)
高鳴る心臓の音。
「市也くん、その話は・・・」
顔が赤いのが分かる。市也は不服気な顔をして、鷹矢はご機嫌だ。
「俺としては非常に面白くないけど、鳩子を傷物にしておいて遊びだとか許せないです。だからって責任だけで結婚するのも腹が立ちますけど」
「ふうん。例えば鳩子が妊娠して、愛のない責任をとるだけで鳩子をもらったらお前はどうするわけ?」
ギスギスした空気が再びやってきた。
鷹矢は人当たりもよく、気配りもできる。
市也は口数は少ないが、事を荒げる性格ではない。
そんな二人が何故にここまで対立するのか。
「二人とも、仲悪いの?なんで」
「「理由なんてない」よ」
ハモる二人は根本的なところで考えが同じだ。
「鳩子、やっぱりこんな男やめろよ。責任は俺がとってやるからすぐに別れ、」
腹を蹴られた市也の言葉は途切れた。
狭い部屋でこれ以上の乱闘は勘弁してもらいたが、市也に抵抗の意志はなかった。
「ぃ、ってぇ。本性はコレだぞ。気に入らないことがあれば暴力。DVで泣くか浮気で泣くかの二者択一で即効で離婚がオチだ」
「う、うう~ん」
答えに困る。
「お前に対する扱いと鳩子に対する扱いが同じだと思うなよ。傲慢な」
「DVと浮気は否定しないんですか」
「市也くん、これ以上の刺激は」
ぽん、と肩に手を置かれた鳩子は鷹矢へと振り仰ぐ。
「僕たちの仲の良さを知らないから言えるんだよ。刺激が欲しいようだから見せ付けてみようか」
爽やかな笑み。
「た、たかやさん?」
「さっきからほんっと部外者風情がよくも知らないのにごちゃごちゃと嘴突っ込んで、いやぁ、温厚な僕だからここまで我慢できるけど」
「何言ってるのか・・・ごめんなさい、もう一度ゆっくり・・・」
不穏な空気がまさか自らの身に降りかかるとは思っていない鳩子は急な展開についていけずにいた。
「あ、もしかして、鷹矢さん、イライラしてるの、か、な」
「うん。結構ね」
昨夜は無防備な鳩子とベッドにいたのだ。誓って何もしていない。着替えの最中に軽いお触りをしたのは不可抗力のハプニングだ。しょうがないのだ。
朝は盛り上がったところで両親の乱入により中止。そのまま続けても良かったが、両親との初めての挨拶も交わしてないのに、その息子と体を交わすのを見られる鳩子を思うと我慢した。
とにかく、心情としても肉体的な面でも鳩子と密着したい。昼間からでも鳩子の部屋で、そして済し崩しに結ばれるのを期待してみれば・・・
他の男が我が物顔で居座っている。
しかも仲が宜しいようで。
蹴りの一つや二つ、当然の権利だ。
考えたくはないが、鳩子の理想の男はなんだったけっなぁ。
冷静になれない今、その話はきつい。