鳩子の覚悟
注意。
たいしたレベルではないと思いますが、一部分、鷹矢が鳩子所有の18禁本の朗読を行います。
お湯の沸く音がする。
市也は荒らされた玄関付近を掃除して、これからお茶の準備だ。
あの後、鷹矢からの謝罪は無かった。誤解によって蹴られた腹部は痛むが、謝罪を求めたところで彼からの返答は猛烈な嫌味だろう。
それは少ない付き合いで骨身に染みた相互理解だ。
握っていた鳩子のブラは型崩れがないようにネットに入れた。その作業は鷹矢の興味をひどくそそったようで凝視していたが、熱い視線が鳩子のブラから市也に移された瞬間に仕留めんばかりの鋭いものに変わった。
あの場に鳩子がいなかったら、鷹矢はブラをネットに入れたのだろうか、それとも市也を息絶えるまで甚振ったのだろうか。
(両方の気がする)
彼が女性にモテるのは知っている。
複数の女性に囲まれている場面を見たことがある。余裕であしらう仕草は手慣れていた。
外見も外面も充分良い、加えて家のレベルも高い。実は硬派な面もありケンカが強いのは体験済み。
(今さら鳩子のブラなんて廊下に落ちたハンカチくらいだろうに)
一緒に暮らして頃は実際に落ちていたこともあったので市也はハンカチレベルと思っている。
「あっ何してるんですかっ嫌っやめてっ見ないでっ」
切羽詰った鳩子の悲鳴に市也は急いで部屋を覗き込んだ。
「へぇ、鳩子は男同士の恋愛に興味があるんだね」
ベッドの上では二人がじゃれあう光景。
仰向けに鳩子を抱えている鷹矢の手元には例の半裸の男が表紙の本。
「なになに
年下の秘書は恥じらいに先を滴らせ、快楽で研ぎ澄まされた社長を口に含む。舌先で愛を乞う秘書は、自分の肉体と魂が壊れ再生されゆくのを快楽とともに感じた。
恥辱に苛まれた日々では嫌悪で身を震わせ達した。それが今では進んで口に含み、ねだる。道具同然に嬲られる哀れな境遇に秘書の下肢は痺れ、それしか知らない人形のように肉体をくねらせた。先から滴り落ちるのは最早恥じらいではなく、濁りきった喜びの証だった。
・・・・・・くだらん。よくもまあ、この程度の表現力で物を書く気になったもんだ」
心地よい声と体に伝わる振動。鷹矢の18禁朗読会を鳩子はうっとりと聞き入ってしまった。
「濁りきった喜びって何?」
自分を抱える鷹矢と、彼の手にある本を見比べた。
「意味がわからないですけど、達した、って何を達成したんですかね?」
「鳩子、聞くんじゃないっ」
文章の内容を察した市也は声を荒げるが、ベッド上の二人には別世界のようだ。
「濁りきった喜びっていうのは、「鷹矢さんっ鳩子に変なこと教えないでくださいっ」・・・出ちゃっただけだろね」
「何が?」
「鳩子っ、ほらお菓子あげるからそのことは忘れろ」
ぽいぽいと投げられたお菓子は鳩子が買っておいたものだ。
「異性って点では違うけど秘書と社長ごっこで追体験してみる?そしたら出るものが何か分かるし」
それまで抱きかかえられた姿勢を上下入れ替えた。
「あれ?これって今朝も似たよう感じ・・・」デジャブに頭を悩ます鳩子。
ゴソゴソとしだした鷹矢に市也の限界は突破した。
「お前らいい加減にしろっ未成年の前で○○○始める気かっっ」
騒乱状態の市也と鷹矢の間で鳩子は振り返る。
確かに鷹矢の言葉にショックを受けていた。のかも知れない。
とうとう怒り出した市也に正座をさせられてしまう鳩子の隣、鷹矢は優雅にベッドに腰を下ろしたまま長い足を組み、爽やかな笑顔で市也に毒舌を吐いている。
鷹矢の両親と別れた後、凍りついた心では一緒に居られず一人になりたかった。鳩子がいくら拒否をしても、聞いているのかいないのか、ぐいぐいと追いかけてきた。
振り返ると鷹矢がいる、その姿を見て安心したのは内緒だ。
強引に追いかけてくれたのは結果として良かった。のかも知れない。
市也がいなければ部屋で一人で泣いていた。
悩み事は一人で悩んでいても、結局は一人分の知恵しかないのだ。
鳩子の問題はすでに鷹矢へのほのかな想いによって拡散している。
鷹矢自身が言ったのだ
悩み事なら二人で分かち合おうと、
ならば鳩子の中でくすぶる問題を彼に解いてもらう。
そうして二人の関係にヒビが入って終わっても納得が出来る。
鷹矢のそばがとても心地良いのを知ってしまった今、鳩子も努力しなければいけない。
彼は追いかけたのだ。鳩子の気持ちはそれだけで発露する。
女の修羅場に巻き込まれようと戦おうじゃないか。
優しくしてくれるのも、追いかけて来てくれるのも、鳩子は嬉しいのだ。
鳩子にしては思い切った決断だった。
鷹矢が問題の本をカラーボックスに並べる。猫まんがの可愛い本と、国民的まんがの本に挟まれた18禁ホモ小説は少しだけ目に痛かった。
「お前は客にお茶の一つも出せないのか」
鷹矢は素晴らしいまでの上から目線で再度促す。
「私が淹れてきます」
部屋の住人は鳩子。
「鳩子、この場合は年下の市也の仕事だと僕は思うな」
「・・・鳩子は座ってろ、俺が淹れてくる」
不穏な空気が流れ始める。
(カリカリしているな)
お茶とお菓子を手際よくテーブルに並べる市也。
いつになくピリピリとした雰囲気を感じる。
「市也くん。お腹空いたのかな?チョコ、食べる?」
子供は腹が空くと辛抱が出来ない。
もう一人の弟、錦は今ではクールぶって(鳩子談)はいるが、子供の頃はお腹が空く度にわがままを言っていた。
乏しい子守経験の中から、市也のピリピリは腹を空かせたことに原因があると推測する。
お菓子の山から一つ取って、剥きながら鳩子は気遣う。
「はい、あーんして・・・って鷹矢さん」
チョコは目の前の市也ではなく、隣の鷹矢にさらわれた。
指先を舐め、勝ち誇った顔で市也を挑発しないで欲しい。
「甘すぎる。ほら」
次の行動を見越した鳩子は慌てて口をガードする。
「さっきのホモ小説の真似ですよね、笑えますよ」
笑うつもりのない声で淡々と言う市也。
市也が気になって萎縮する鳩子。
「・・・観客は黙っててくれない?どこまで笑えるか見せてやるよ。お前は自分の指でも咥えて慰めてろ」
怖い。
鳩子はピリピリとした鷹矢と市也の空気に逃げ出したかった。
「どんな目論見でうちの鳩子に近づいたんですか。遊び相手なら他の女にしてください」
「部外者が口を挟むな。それから鳩子はお前のじゃない。俺のだ。二度と口にするな」
「鷹矢さんのものでもありません」
「お前のものでもないだろ。うちの鳩子ってあたり、撤回して謝罪しろ」
声を荒げる市也と淡々と無感動に告げる鷹矢。
鳩子は自分のことで争う気配をみせる二人に、自分も何か言うべきか迷う。
「二人ともケンカはやめようよ、従兄弟なんでしょ」
「別にケンカしてるわけじゃない」
「安心して、いつもこんな感じだからね」
殺伐とした二人の関係が通常なら、ケンカになったらどうなるのだろう。
(殴り合い?さっきも市也くんに蹴りを入れてたしなぁ)
第一印象は穏やかな王子様然とした鷹矢。
(セクハラギリギリの痴漢もイメージと違ったし・・・)
「・・・何時から付き合ってたんだ?」
急に話をふられて戸惑った。
(何時?いつだろう。そういえば付き合って下さいって言われてないよね?やっぱりあれかなチューされた時からカウントするのかな。でも恋人じゃなくてもチューする人もいるよね?プロポーズっぽいのもあったけど・・・相手の精神状態によっては無効になるのかもしれないし)
「う、ううーん、急に難しい質問を・・・」
「何でお前に言わなきゃいけないわけ?」
返答に悩む鳩子の隣で鷹矢の好戦的な姿勢は崩れない。
「言えないような関係なのかよ」
市也は矛先を鳩子のほうへ向ける。鷹矢へ向ける物程ではないが、居心地を悪くするには充分だ。
「鳩子に絡むなよ。言えないような関係じゃない。どう言って良いか分からないだけだろう」
市也に見えない位置で鷹矢の手のひらが鳩子の太ももを触る。
(ひ、何っ)
「強引に押した結果だよ。鳩子にとって僕は職場での同僚でしかない、そうだろう?」
悲しげに見つめる鷹矢の様子に市也は押し黙った。
「ずっと彼女の目に留まるようにアピールし続けたけどまるで効果はなかった。時間を掛けていくつもりが・・・あの日、鳩子が銀字さんに痴漢されて・・・」
突如あらわれた父の名に市也は動揺した。
「え、嘘でしょう?」
鳩子を見るが俯いたまま顔を上げる気配がない。
肩が震えているようにも見える。
たんにテーブル下でお触りをする鷹矢の手を阻止すべく戦っているだけだ。
「そのことは解決したんだ。鳩子が可愛いとはいえ、すでにあの人も反省しているしね」
「はあ・・・」
納得がいかないものの鳩子が否定もせずに俯いたままなので、後で父を問い詰めようと決意する。
「悠長に構えてる暇なんてなかったのだと気づいたんだよ」
鷹矢と市也の話は鳩子を除けて進む。
鳩子はというと、太ももに置かれた手をどけようと必死になっていた。油断するとスカートの中に進入してくる手を動かないように捕まえておく。
話なんてこれっぽっちも聞いちゃいない。