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弟わんこの片思い  作者: 苺屋カエル
17/22

導火線と口火


「鳩子ちゃん、いつでも家に遊びに来て」

魅力あふれる笑顔の綾子。輝く女性を前に、複雑な思いで鳩子は返事をした。


鷹矢の口から結婚の意志はないと告げられたときの動揺は深く心に衝撃を与えた。

優しさ全てが偽りだとは思えないが、鷹矢のこれからに鳩子は必要ないと改めて線引きをされた。

簡単に考えていた将来的な別れが、こうも明確になると寂しい。

居心地が良かったから執着しているのだろうか。それとも好きなんだろうか。


自分の気持ちが分からない。

考えていない、と言った鷹矢がひどく憎らしいような気持ちになった。


「今度、可愛い子犬を飼うんだろう?」からかう隼人の笑顔はよく似ている。

「鳩子ちゃんが気に入っちゃうくらいに可愛いのよねぇ」含みを見せる綾子。

仲のよい親子をガラス越しに見ているようで鳩子は孤独を感じる。

この暖かな世界は鳩子を必要としていない。

早く、あの小さな自分の部屋に戻って冷静になりたかった。






市也は鳩子の部屋をぐるりと見渡すと、手始めに乱雑になっているベッドのシーツを剥いだ。

錦には学校へ行くぞと促しておきながら、市也は早々に鳩子宅へと戻っていた。

時計を見ると鳩子が帰宅する時間ではないものの、どうしてもじっとしてはいられなかった。


ベッドの上に脱ぎ捨てられていた衣服を抱えて洗濯機へ向かう。蓋を開けて中を覗き込むと干されていない洗濯物が残っていた。

そのまま蓋を閉じて再度、洗濯。

市也の今日の予定は家事労働に勤しむことにした。


決心した市也の行動は早い。

無断でクローゼットを開く。適当に掛けられた服、かごに丸められた洗濯済みのシャツ。

引き出しの中には放り込まれた下着に靴下がごちゃ混ぜ。それらを黙々とたたみ、しまっていく。

慣れた手つきで畳みつつ、意識は鳩子へと向かう。


弟の錦から聞いた話では、鳩子と鷹矢の付き合い方には問題があるようだった。だった、というのは錦の歯切れの悪い話し方による。

主観と客観を変化させながら話し続けて、どこまでが鳩子の気持ちなのか、錦の推測なのか判断がつかない。

とりあえず、鳩子の窮状を知りながら黙っていた罪は重く、錦を厳しく指導した。


クローゼットの中が終わると市也は部屋の掃除に取り掛かる。

もともと物が少ない鳩子の部屋にでんと構えたベッドの下を探る。何かを探ろうと思っての行動ではなかった。相手が鳩子ではなく弟たちならばエロ本の一冊や数冊はあってもおかしくはない、が、


「・・・なんだ?」


指先に当たるのは意図を持って隠された物だと判った。触れてはいけないものかと心臓がヒヤリとする。

ベッドの下から出したのは本だった。

市也は手の中にあるこの物体が何なのか知りたくも無かった。

市也にとって鳩子は大切な女の子だ。いつだって守っていた。性質の悪い男に騙されないように、いたずらに遊ばれないように、しっかりと異性関係は清らかに監視監督して、不穏な動きをする男がいれば粛正という名の制裁を与えた。

手中の珠として大事に大事に大事に慈しんだ純粋な鳩子が・・・

「・・・ホモ・・・」

市也の手の中には現在、青少年たちの愛憎と目くるめく官能を繊細な描写で綴った一冊の小説があった。

表紙は半裸の美青年二人。鎖とバラに繋がれていた。

そして、なぜか密封できる袋に入れられている。


成長した鳩子に戸惑いつつも、部屋の中央にその本をそっと置いた。


洗濯の終了を告げるアラームが聞こえた。市也は気を取り直して向かう。

終わった洗濯物を取り出し、次に洗うものを入れている途中、玄関のほうで物音と声がした。





玄関を前に鳩子と鷹矢は痴話げんかをしていた。


「鳩子、言いたい事があるなら僕に言えばいいだろう」

「無いです。もう帰ってください」

「じゃあ、どうしてそんな態度なんだ。怒っているのか?何に対して、僕?」

「別に普通ですよ。怒ってないし」

「怒っている理由を」

「怒ってないってば、もう付いてこないでっ」

「一度も僕を見ていないだろ」

「見てますよ、ほら。・・・ちょっ、顔が近いっ、なんでっ」

「それは、まあ、キスするから?」

「いやだ、やだ」


(おかしい・・・)


鳩子は悲壮なまでに心が傷ついたはずなのに、今は自宅の玄関でセクハラをかわすのに必死だ。

悲壮の原因は鷹矢という目の前の痴漢だ。

その相手にキスを迫られるという不思議。

一番の不思議は、そこまで嫌じゃないということだ。


(追いかけられて嬉しい私もいるのよね・・・)


「明るい時間帯にってのも興奮するよね。快楽に堕落しきった感じがしてそそる」

「変なこと考えないでくださいっ。と、とにかく私は部屋で一人考えたいことがあるんです」

「悩み事なら二人で分かち合おう。喜びも快楽も二人なら倍増するって。さ、あがってシャワーは先?後?俺は一緒でも」

「鷹矢さん、俺になってますよ。化けの皮がはがれて・・・」

「ま、しょうがないよ。男の本性ということで。それじゃ、レッツゴー」



「・・・あの・・・近所の目があるのでやめてもらえませんか」


「んぎゃぁっ」


過熱する鷹矢との言い合いに熱中していた鳩子は自宅に第三者の気配がして飛び上がるほどに驚いた。

「な、な、あ、いっちゃん??」

「・・・いっちゃんはやめろって・・・それよりも随分と仲が良いようだな」

驚いた鳩子は転がるように目の前にいた鷹矢にしがみついていた。

「ふ、ふつ、普通よっ。さあ鷹矢さん、もう帰ってください」

毅然と言い放つ。


「・・・『鷹矢さん』?」面白くなさそうに眉をしかめた市也。


「お前・・・鳩子の家で何してんの?痴漢?窃盗?」冷え冷えとしたオーラと低い声で唸る鷹矢。


疑問の発言に鳩子はその視線を辿る。


「あっ、あっ、嫌だ、いっちゃんたら何してんのよっ」真っ赤な顔で悲鳴を上げる鳩子。


市也の右手には鳩子のブラが握られていた。


「別に恥ずかしがることないだろ。以前は毎日のように俺がやってやったんだから」

「毎日ヤッた・・・・・・」

「そ、それはそうだけど。鷹矢さんがいるのに」

赤く恥らう鳩子は壮絶にかわゆい、と通常の鷹矢なら悶えて襲い掛かっただろう。しかし、赤く恥らわせたのは鷹矢ではない。別の男だ。


「市也、お前シネ」


にっこりと清らかな笑顔のまま、鷹矢は市也に目掛けて唸るこぶしを打ち放った。

ギリギリでかわした市也は、腹部に衝撃を受けたと感じると背中が猛烈に痛んだ。ぶれる視界の片隅で鷹矢が足を下ろす動作が見えた。

「・・・っつ、さ・・、最悪」

蹴られたのだと理解した。狭い空間、壁にぶつけて背中が痛い。

(あぁ、そうか。鷹矢さんが人目に付く場所に痕を残すような甚振りをするわけがない)

顔面を狙ったのはフェイントだろうが、当たれば儲けものといったところだろう。

「いっちゃんっ」

目の前には靴を履いたまま上がりこんだ鷹矢の姿。見下ろす鷹矢の顔を見て甚振りは終わっていないと悟る。

相当、腹立たしいのだろう。いつもの上品な穏やかさはなりを潜めて、市也を忌々しく見下ろしている。


余裕のない態度で嫉妬をあらわにする姿は、市也の知る鷹矢とは違っている。

好きな女性の部屋に他の男がいたら怒るだろう。が、そんな場面でも鷹矢は眉一つ動かさずにあっさりと女性と別れていそうだ。

こうやって修羅場を始めるほど逆上する姿に違和感がある。



「鷹矢さん、やめてよう。いっちゃんに酷いことしないで」

鳩子も靴を履いたまま鷹矢を追いかける。

「ごめん、いくら鳩子の願いでも聞き入れられない。冷静でいられると思う?よその男が勝手に部屋に上がりこんでいて下着を握り締めて、僕が何も思わないと鳩子はそう考えるのか!」

怒鳴るように叫ばれて鳩子はすくんだ。向けていた視線を市也に戻し、襟首を掴みあげた。

「お前、本当にむかつくな。ガキが色気づいて一人前に盛ってんじゃねえよ」

「待って、いっちゃんが悪いんじゃないよ。私が悪いんだから」

「鳩子、こいつ庇うの?」形だけの笑みが怖いと鳩子は感じた。

「そ、そうだよ。私が悪いんだもん。今度からちゃんと自分で洗濯するから」


「・・・何の話?」

「だから、いっちゃんに洗濯してもらってるの、自分でするから」

鷹矢は市也の手の中にある鳩子の下着を見つめる。

「洗濯?」


「そうです。疑うなら洗面所へどうぞ、残した洗濯物がありますんで」




下着くらい自分で洗いなさい、

お前ごときが鳩子の下着を握り締めるとは親の教育はどうなってるんだ、

等々、鳩子には説教と、市也には猛烈な厭味を吐く。


「話し合うべき事がたくさんありそうだね。・・・市也、お前はお茶くらいだせよ」


市也こそ多くを問い質したかったのに主導権を握っているのは鷹矢のようだ。


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