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弟わんこの片思い  作者: 苺屋カエル
15/22

朝の騒動2

ヨロヨロとベッドから這い出た鳩子に待ち受けていたのは、自分に無体を働いた男の御両親に挨拶をする。という試練だった。


当事者である来栖鷹矢は今、鳩子の後ろに跪いている。といっても敬意を表してではない。

その手は鳩子のふわふわスカートを撫でている。

来栖さんやめて下さい。この呪文が来栖にとって無効であることが判明した以上、唱えても無駄なわけだ。それならば、ひたすら来栖のターン『スカートを撫で撫でする』を耐えるしか鳩子には道は残されていない。


「これで綺麗に整ったよ」スカートの裾をちょんと引っ張って来栖は立ち上がった。

「ありがとうございます」最初からどうとも無いと思っていた鳩子だが、ここは大人なのでお礼を述べる。

来栖の手は忙しなく鳩子の髪を触り、リボンに張りを与え、襟を直す。一歩引いては全身をくまなくチェックして「可愛い」と褒め称えることは忘れない。


ようやく一つの試練が終わりを迎えるが、次の試練を考えると、鳩子は満足気に自分を眺める来栖を締め上げたい衝動に駆られる。

(よりによってあんな場面を)

来栖の息子に圧し掛かられている最中を御両親に見られた、それも結構な時間でたっぷりと。

主犯の息子は自分の犯した罪の重さを知らないのか平然としている。鳩子は被害者と同時に共犯者という難しい立場にいるというのに。


(今日は厄日だっ)連日、厄日が続いている。

目が覚めると来栖が居て、そのまま二度寝したら母の夢を見て、そのまま来栖に襲われて、着替えは鳩子のキャラじゃないカワユイのを着せられて、また襲われた所を御両親に見られて、セクハラされながら服を整えて、この後の予定は御両親に挨拶。

どんな顔をして、のこのこと出て行けば良いのだろう。


(さすがに、おはようございます、じゃ済まないよね)


脳内シミュレーション開始

(初めまして。先程、息子さんに襲われかけた高梨と申します。来栖さんとは只の同僚で、仕事上の接点はほとんどありませんが、私が物珍しいそうで暫らくお付き合いをしております。無論、健全のギリギリ清い交際であります)


健全・・・健全?


ふと気付いた驚愕の事実。朝も早くから部屋に二人きりなんて、何かあったと思われても不思議じゃない。


(な、何も無いのにっ)・・・多分。朝からの来栖の行動と照らし合わせると揺らぎそうだが、何も無いと信じたい。


カシャリとまた音がした。呑気そうに携帯で鳩子を撮る来栖、その爽やかな笑顔が憎らしい。

(人がこんなに頭を悩ましているのにぃっ)


混乱する頭と焦りでいっぱいの鳩子はついに切れた。


「も、もーやだ。やだ、やだっ。来栖さんのバカ。もう、もうっもうっもうっ」

もうもう言いながら地団太を踏む鳩子。怒りなれないので感情の持って行き方が実に下手だった。

「ちょっ、可愛過ぎ。まってムービーでも撮るから」興奮する来栖。


「カワイクナイっ。撮るなっ」怒った鳩子は猛然と挑みかかる。

「あー可愛いなぁ。おいでっ」幸せそうに来栖は優しく抱きとめた。


「違うっ。バカっ、もーもーもー」怒る鳩子にデコチューをする。

「やだやだやだ」積もりに積もった鬱憤がよりによって元凶の来栖の腕の中で爆発してしまった。

「うわああぁぁん」・・・そして鳩子は泣いた。






・・・・・・。


鳩子は進退窮まる危機に直面していた。

泣き出したものの、三分もしないうちにみるみる冷静になってしまったのだ。そう、なってしまった。

涙は武器にもなりうるが使い方を間違えれば自爆してしまう。

せっかく泣いたのだから扉を開けて、そのまま逃走すれば万事丸く収まったのだ。来栖の御両親に礼儀知らずと思われようが、子供っぽい振る舞いに呆れられようが構うことはない。

ところが鳩子は来栖の腕の中でしがみつくように泣いている。


(間違えた)


鳩子は薄目を開けた。来栖のシャツが目に痛い。

思いっきり泣いたので目は熱いし、見境なく感情を爆発させたので鼻からは水分が垂れ流しのままだ。水分が流れている鼻は来栖のシャツに形が変わるほど押し付けられている。

泣いた後のしゃっくりが静かな部屋に響き、えっく、えっくと子供みたいで色気がなかった。


目が痛いし鼻水は出たままだし、もしかしたらちょっぴりヨダレが垂れたかも。顔を上げたくても怖ろしくて無理だった。糸を引くかもしれない。


少し顔を動かすとシャツがビチャビチャに濡れていた。

「ご、ごめ、んなさい」高そうなシャツを汚してしまった恥かしさで小さく謝罪した。

「謝らないで。急に僕の両親に会うことで緊張したんだね。怖かった?」

え、違う。言葉の足りない鳩子も悪いが、先回りして曲解する来栖もどうだ。

「両親に認められるか不安だったのかな?鳩子は誰よりも素晴らしい女性なんだから自信をもっていい」

体をゆっくりと離された。同時に鳩子のとんでもない水分がやはり糸を引く。赤くなる顔を伏せるが来栖の手が鳩子の顔を強制的に上げさせた。

みっともない顔を見られて鳩子は更に顔が赤くなる。とりあえず外出した鼻水の長さを短くしようと鼻をすするが無駄なあがきだった。


「そんなに目を紅く腫らして・・・」来栖の目はどうなっているのだろう。他に注目してあげつらう箇所が鼻の下にあるのに。

「困った子だ」淡く笑む綺麗な顔が近づいてくる。瞳はゆっくりと細められた。


(ひ、ひえええ)


目を瞑った鳩子はまぶたに異様な暖かさと圧力を感じた。生理的な嫌悪が全身を支配して目を開けるどころか指先一つ動けずに固まった。唇が触れただけではないと悟る。来栖は鳩子のまぶたを通して目玉を食んでいる。

「う、ええぇぇ」(き、気持ち悪い)

喉から振り絞って抵抗を示すが、来栖のまぶたを食む行為はやまない。眼球に加わる弾力が、唇が動くたびに捏ねられているようで鳩子は命の危機を感じた。

唇が離されて鳩子は気が緩みかけた。まぶたにふっと息を吹きかけられて、また体が震える。


「少し冷やそうか」声がすぐ傍で聞こえる。遠のく気配はない。

まぶたを開けるのが怖くなった。開けたが最後、今度は直に眼球をパクリとやられちゃうんじゃなかろうか。

勇気を出して、そろそろと薄目を開けて様子を窺うと来栖は楽しそうに笑っていた。

(あっ、鼻水)変わらず垂れっぱなしだったが、鳩子はどうでも良かった。




来栖に連れられた先は簡易の洗面所だという。といっても設備の充実ぶりとお洒落さをみると簡易と付けるには抵抗がある。陶器の洗面鉢がむき出しになってるのが可愛くて、鏡のふちには蔦の模様がからまっていたりと鳩子の好みだった。

「可愛いですね」ウキウキする鳩子に、来栖はなんのことかと首を傾げた。

「鏡です」

「あぁ、母の趣味だよ。顔を洗ってからまぶたを軽く冷やしておこう」

促されて顔を洗う。冷たい水が心地良かった。

「すっごい美人な・・・オカアサマですね」一目だけだが若くて美しい女性だった。そんな美女をどう呼べば正解かどうか判断が出来ない。

手渡されたタオルがふんわりしている。吸収性がばつぐんで流石はお金持ちだと感心した。

「そうかな?普通だと思うけど」

休憩所での来栖とそのお友達の会話でもそんなことを言っていたなと思った。

「美人ですよ。それに若いですよね、来栖さんくらいの息子を持つ女性には見えません」タオルに顔を埋めてしつこく感触を味わう鳩子。


「・・・そうだろうね。彼女とは血が繋がってないから」

爆弾発言に顔を上げる。しかし納得のいく気もする。若くグラマラスな美女と目の前の青年をみて、親子と思うよりも、恋人と間違う人がいても不思議ではない。

「・・・嘘だよ。なんで信じるかな」苦笑いをされた。

「微妙な嘘をつかないで下さいよ」




ペソペソとしても変わらない出来映えのお化粧を始めた鳩子の傍で来栖は鳩子に汚されたシャツを着替えた。

鏡越しに来栖の露になった肌が見えてドキドキした。涙とその他が付着したものを見ても嫌な顔一つせずに笑って許した来栖。


(な、なんか緊張してきた)


「鳩子」

「・・・っひゃいっ」あっ、ずれたっ。

「ごめん、驚かせた?」

「いいえ。何ですか」隣に来栖の気配を感じた。

「今日の予定だけど」はっとして時計を見ると完璧に遅刻だ。

「あっあっあっ、大変っ。来栖さん仕事、会社がっっ」慌てて化粧ポーチを片付けて来栖を引っ張る。

「そっちは大丈夫。有給休暇もらったから」

「えっ、来栖さんは休みなんですか?」

「鳩子もだよ」

沈黙が支配する。

「・・・そんなに簡単に貰えるものなんですか?」

「仕事上の責任と必要な手続きを取れば」

「私、休みますって言いました?」

「僕が代わりに言っておいたよ」

(わぁ、なんて邪気のない笑顔)えへら、と鳩子もつられて笑う。笑顔の裏で、涙目の鳩子が山積みの問題を前に途方にくれる。

「二人揃って有給休暇って問題じゃありませんか」

「仕事のことなら心配はないよ」

「いやぁ、そっちじゃなくて。こう噂とか噂とか噂・・・」

鳩子の懸念は伝わらないようだ。




「父も母も退屈してる頃かな、早く行こう」

「あっ」そうだった。どんな顔して会うのかと逡巡していたのを忘れてた。

「どうしよう。どんな顔して会えば」

「笑顔で」

「違うっ。表情のことじゃなくて。さっき変なところ見られたんですよ。おまけにこんな朝から一緒にいたし、ああ、おまけに散々待たせているなんて」

「約束の時間はまだ先なんだよ。勝手に繰り上げているのであちらの責任だ。そもそも息子の部屋に勝手に侵入してきて邪魔を・・・」来栖から漂うに負の雰囲気に鳩子は身を震わせた。

「とにかく、今日の予定だけど」

「はあ・・・」

「本来ならもう少し余裕をもっておきたかったんだけど、両親が海外に行くことになってね。今日を逃すとしばらく会えないから顔見せ程度の食事会を開くことにした」

「そうですか・・・でも顔見せって?」

「恋人だろう。紹介するのは当たり前じゃないか」驚いた顔で鳩子を見る。

「恋人なんですかっ?」驚いた顔で来栖を見る。具体的な関係を来栖の口から聞くと違和感があった。


来栖はニッコリ笑ってから鳩子の顔を掴んだまま、失言をやらかした唇に噛み付いた。

「鳩子はこんなこと恋人でもない男としないよね」唇から数センチも離れてない距離で囁かれた。

「し、ませ、んっ」目を開けたくても開けられずにまつげを震わせて視界を開こうとする。獰猛な唇が動くたびにかすかに触れる。

「鳩子は恋人でもない男とベッドにいても平気なのかな?」声が体に響いて鳩子は無意識に膝をすり合わせた。

「、弟とは、へいっもぐっ」最後はまた噛み付かれたので言えなかった。


離されたと思ったら、すぐにガブッと鼻を噛み付かれた。

「むぎゃぁ」

来栖の腕を叩いてようやく解放されるがあまりにも衝撃がありすぎてヘナヘナと座り込んでしまった。

「ブラコンだからお仕置き」見下ろす来栖の顔は優越に満ちている。

「お、お仕置きって。何も鼻を咬まなくても」

来栖はワンと鳴いて、にっと笑った。



(あ、あれ。可愛い大型犬が狼に見えるような)

鳩子は咬み癖のあるわんこの躾にしばし頭を悩ましたという。



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