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弟わんこの片思い  作者: 苺屋カエル
14/22

朝の騒動

指先が鳩子の額を撫でる。

夢との間をいったりきたり。幸せと、もう一つの気持ち。

懐かしい・・・これは・・・


(おかあさんだ・・・)


病気で早くに亡くしたお母さんだ。お見舞いに行くとお母さんのベッドにもぐりこみ、お母さんの傍でお昼寝をするのが約束になっていた。

鳩子がうつらうつらすると、こうして優しく撫でてくれた。


遠くになりつつある思い出に、幸せと切なさが込み上げる。


閉じている瞳が熱くなり涙が流れているのを意識した。


覚めたくない夢に縋り付く。泡となって消えていく母の幻が恋しくて鳩子を苦しめる。


(おかあさん、・・・)

目覚めを意識しないように。

この指先の優しさに浸りたいのに熱くなった瞳が覚醒を促してくる。

幸せが夢とともに薄れてくると、どうしようもない孤独が形を持って鳩子を覆う。



「鳩子、目を覚まして」


母とは違う男の声にパチリと目を開けた。

目に映るのは真っ白い何か、それがシーツであると意識するのに時間が掛かった。

ゆっくりと頬をすられて、鳩子は背後から伸びるその手の主をみた。

体を仰向けにするとベッドに身を乗り出す形で来栖が鳩子に覆いかぶさっていた。至近距離で覗き込まれているのに驚きは無かった。


「来栖さん・・・」

「悲しい夢でも見た?幸せそうにしているかと思ったら泣き出したから」そっと顔を、次に額に掛かった髪をすく指先に、あの鳩子を慈しむ指先が来栖のものだと分かった。


「おかあさんの、久しぶりにおかあさんの夢を見たんです」夢というより、来栖の指先に触発された懐古だろう。ぼんやりと来栖の瞳をみつめる。

「あったかくて、久しぶりに思い出したから・・・」悲しくも無いのに涙が伝い耳まで濡らした。その涙も来栖の指先がすくい鳩子の耳をくすぐる。

「悲しくなった?」

「どうだろう・・・」

悲しいかな?。

夢を手放したくなくて切なくなった。

でも、

「幸せだから泣いたのかな」幼い鳩子が母の傍で幸せに過ごした日々。愛しくて胸が詰まる。

「目が覚めて、誰かがいるのって良いですよね」笑顔に目を細めると、また涙が溢れた。

・・

数分後・・・。






「し、信じられない」


ぶるぶると震える鳩子は床でもんどりうっている来栖をさっきとは違う涙目で睨んだ。来栖は体を丸めて呻いている。

「最低、来栖さんのバカ、ヘンタイ」鳩子が立て篭もるベッドが唯一にして最後の砦になった。目の前には苦痛に歪めている変態のケダモノがいる。

「は、鳩子」息もきれぎれに身を起こすと、鳩子を恨めしそうに見る。

「鳩子、いいかい、ここは多くの意味で重要で尚且つ貴重な財産でもある。むやみに蹴るものじゃない」突っ伏した来栖の表情は窺い知れないが笑顔でないことは判断できる。

「ううっ最低、来栖さんが悪いのに」

「違う、鳩子が悪い。俺は被害者だ」ブツブツと文句が続くので、身体と精神に相当のダメージを負ったのだろう。

「おかあさんの夢を見た後でこんな・・・う、思い出が穢れる」

「酷い言い草だな」怒ってはないが、鳩子に一言いわなければ気がすまないようだ。

「あの流で何もしないほうがオカシイ。僕は同意を得たと確信したから次の段階に移行しただけだ。拒否のサインがよりによって蹴りを入れると」やれやれと体を起こしてクローゼットに向う。その姿が痛々しい。

「やめて、って言ったのに全然聞かないから」

「そうだっけ?」きょとんと首を傾げて振り返る。

「でもまあ、蹴りはないよ。ここには来栖の跡取りがいるんだぞ。今のでダメージが残ってたらどうする」

「・・・」具体的に考えないように鳩子は意識して無意識状態に入った。

「鳩子の腹の中に届ける際に使えなくなったら困るじゃないか」

「・・・・・・」無心無心。

「それに、これを蹴るってことは遠回しに自分の子供を蹴っているようなものだよ」

「・・・」もう寝る。


「鳩子、流石に三度寝はまずいよ。起きて」ベッドの上には真っ白な小山があった。中心には鳩子が埋もれている。

「昨日鳩子が来ていたスーツは汚れてしまったから僕が選んでおいたよ。サイズは間違いないと思うけど・・・」

「スーツ・・・」

「下着もここに用意してるから」「下着・・・」

白い小山を跳ね上げて鳩子は自分の姿を確認した。



いやぁ、どうりで開放的でくつろげた訳だ。あははぁ。



力なく笑う鳩子は男物のシャツを着て乱れたベットに立ち竦んだ。

「来栖さん、これはいったい」

「昨夜、飲みに行ったのは覚えてる?」

覚えているようないないような。

「その後、体調を崩してしまったのは?」

全く覚えていない。

「お酒に弱いんだね。吐いてしまったから、ここに運んだ」

「吐いたの?」

「少しね。だから脱がしたんだよ。僕としては身包み剥いでも良かったんだけど、なかなか同意を得られなくてね」残念。

(おぉぉ、酔いどれでも同意をしなかった私って偉いよ)

「とりあえず寒いだろうから僕のシャツを着せて見てた。色々してたら鳩子も眠っているようだから、僕もそのまま寝たよ」

鳩子の視界にはシャツから伸びる自分の足と乱れたシーツ。

「何もないですよね」

「いかがわしいことはないよ」

カシャと聞きなれた音がした。驚いた鳩子の目に飛び込んできたのは、満足そうに自分の携帯を眺める来栖。

「来栖さん・・・?」(まさか私の大根足を?)

「時間がないな。早く着替えて」変わらず立ち尽くす鳩子の手を取りベッドから降ろした。

「あ、あの今、携帯に」

「気になるなら後で転送しておくよ」

にっこりと笑って来栖はそのまま部屋を出て行った。


いかがわしいことはしていない、らしい。来栖を追いかけて問い質したい気持ちと、いつまでも来栖のシャツを着ているわけにもいかない気持ち。心の迷いを表すかのように二、三歩あちこちによろめいたが、無防備な自分の姿があまりにも情けなくて服を着ることを選んだ。



来栖は手に入れた画像を早速、待ち受けにした。

あどけなく眠る鳩子も可愛い、白い足が眩しい自分のシャツを着た鳩子も垂涎モノだ。どちらも選びがたい。にやける顔を抑えて昨夜のうちに撮り続けた数枚をチェックする。少し開き気味のシャツで腕の中にいる鳩子、意味深な雰囲気を匂わせる画像が数枚。

「来栖さん、これって・・・」

「何?」慌てて携帯を閉じる。

「ちょっと可愛すぎじゃないでしょうか・・・」しきりにスカートやボタンを触り、大きなリボンをいじる鳩子は来栖の挙動不審に気付かない。

「いや・・・むしろ地味なくらいだったかな」

「派手ですよ。せめてリボンが、スカートが」

白と黒のカラー。黒のジャケットは後ろの大きなリボンが可愛さをアピールしている。そして白いスカートがふわふわフワフワ、裾の黒い刺繍が音符やリボンと気合が入っている。

鏡で確認した時に鳩子が見たのは、社会人の自分の姿ではなく、入学式を迎えた子供の格好をした鳩子がいたのだ。

「せっかく用意していただいたのですが、これでは仕事に行けません。私が来ていたスーツはどこに・・・」

そんなに目立たない程度の汚れなら、この入学式よりはましな気がする。

「クリーニングに出したよ。気に入らなかった?」

「いいえ、可愛いし肌触りも良いから好きですけど、仕事に行くにはちょっと」体を捻るとスカートがふわふわする。軽く叩くとふわふわ、ふわふわ。


「靴を履いてみてっ」急に興奮した来栖が慌てて差し出した靴を見て絶句した。

急くように鳩子をソファに座らせると屈みこんで、自ら靴を履かせるために膝をついた。

「ひぇ」空気も間も抜けた声が出た。

「ほらほらっ、完璧だ」鳩子を鏡の前に立たせた。


「可愛い」来栖鷹矢という男が分からない。


鏡の中にいるのは子供のコスプレをした鳩子だ。丸い襟にリボン、ふわふわのスカート。この服を手掛けた人は着る者の年齢を考えていなかったと言えよう。足元の靴は先が丸くて、もちろんリボンが付いている。来栖こそ鳩子の年齢を考えるべきなのかもしれない。

入学式の子供じゃないなら発表会の子供だ。

こつ、と頭が揺れた。鏡を見るとベロアのカチューシャが。リボンが付いている・・・。


「かっ、可愛い。何この可愛さ。やっべ、まじでイケそう」ポツリと零れた言葉が身の危険を知らせるが、鳩子は自身の恥かしい姿に顔を赤くして時が止まっている。

「寝室に置いておきたい・・・」興奮して鼻息も荒く鳩子を凝視している。


「ないっ、ありえないっ」きゃあきゃあ羞恥に身悶えする鳩子。


「鳩子、寝室に行こう。手伝って欲しい事があるんだ」混乱する鳩子を力ずくで誘導する来栖。

「こんなの私のキャラじゃないよー」

「そうかな、じゃない。そうだね、鳩子こっちに上がって」

「来栖さんもそう思うでしょ。こ、これじゃ仮装だよ。私を幾つだと思ってるのよぉ」

「うんうん、新しい服が来るまでちょっと、ぬぎぬぎしてようね」

「こんなフリフリのリボン、人に見られるくらいなら会社をズル休みするっ」

「そうだよ人に見られる前にね。さ、次はボタンを外してあげようね。大丈夫、僕に任せて。鳩子は何もしなくて良いからっ」


メソメソと泣く鳩子と、ハアハアと熱い息の来栖。来栖が馬乗りになった姿は犯罪行為そのままだ。


「鳩子、あぁ、好きだ愛してい「きゃあぁぁぁぁぁぁぁっっ」悲鳴は扉から聞こえた。


良いところで邪魔をされた来栖と、悲鳴で泣き止んだ鳩子が同時に動きを止める。


「いやぁあん、見て。隼人さん見てぇ、鷹矢さんが女の子を襲っているわっ」嬉々として隼人を呼ぶ綾子。目が爛々と輝き、頬は紅潮して興奮している。

「どれ、あぁ、本当だな」

「ケダモノよ、ケダモノがか弱い女の子を襲っているわ」隼人にしがみつき鷹矢を指差す。

ぽかんとして鳩子は突然の乱入者に目を瞬かせた。盛大な舌打ちが頭上からして見上げると、来栖が今まで見たこともないような形相で乱入者を牽制していた。

「何の用です。見て分からないのですか?少しは察してくださいよ」これまた聞いたこともないような刺々しい声音で威嚇した。

「見て察したら警察を呼ばなきゃならないな」

馬乗りになった男の下には服を脱がされかかった泣き顔の女性。

「とりあえず今の体勢を変えてはどうかな」


離れ難い誘惑を振り切り鷹矢は体を起こした。緩められたベルトと僅かに下げられたファスナーに、隼人と綾子は居た堪れない気持ちで顔ごと視線を逸らした。


「わ、あ、ちょっと来栖さん」

「じっとしててね」無邪気を装って鳩子の服を整える。ボタンを留める手が過剰なほど押し付けられているのは鷹矢の未練の証だろう。

「来栖さん、手、手が」「柔らかい・・・肌触りがとっても良いよ」「来栖さん、わ、やめて」

隼人も綾子も来栖な訳なので、先程から鳩子が来栖と連呼するその都度、ベッドの二人を見てしまう。鷹矢は体を起こしているが馬乗りなのは相変わらずなので、とんでもない構図は繰り広げられたままだ。


「綾子、あちらで待っていようか」

「んんーあと一枚・・・。そうね時間が掛かりそうだし」綾子は息子の不埒な行為を携帯で撮りまくると夫と二人、仲良く扉を出て行った。


来栖がこんな男ですみません。

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