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弟わんこの片思い  作者: 苺屋カエル
13/22

嵐の前


「錦、お前の携帯じゃね?」僅かに聞こえる音がメールの着信を知らせていた。


「・・・鳩子からだ」

「鳩ちゃんか。最近会ってないなぁ」

高校の帰り道、駅を降りて仲の良い友人と三人で喋っていた時だった。


「鳩ちゃんなんて?」錦と幼馴染の二人は鳩子と面識があった。

「あー・・・ただの愚痴。自称彼氏が鳩子に付き纏ってんの」疲れた声で言う。


「「へっ?」」綺麗にハモッた二人のテンションが俄然上がる。


「うっそ、鳩ちゃんに男?何、自称彼氏って」

「相手はどんな男だよ。確認はしてんのか?変な奴だったらどうすんだよ」

「そうだぞ錦。あの鳩ちゃんのことだ、強引に迫られて済し崩しに許してしまって、傷物に・・・許せん!お兄ちゃんは許しません!」

「警戒心が強いわりに情に絆され易いからなぁ。駄目な男ほど放って置けなくて親身になって世話して、それが愛だと錯覚するとか・・・ありえる」

「生活費の面倒までみるよな、きっと」

「ぼんやりしてるからな、二股かけられても気付かないかも」

「相手の素性は調べたのか?」「エグイくらい調べた方が良いぞ」

「このこと市也さんは知っているのか?」「いや、知っていたら既に別れさせているはずだ」

「市也さん重度のシスコンだもんな」「実の弟のお前より、断然鳩ちゃんラブだもんな」

「で、どうなんだよ。相手の男は誰だ」「ロクでもない奴だと刑事事件に発展するぞ」

「「なぁっ!聞いてるのか錦っ!!」」


「だぁっ、うるせーぞお前ら」

むさ苦しい男子高校生、二人に迫られた錦は忍耐の限界を突破して尻に蹴りを入れた。

「いってぇ。お前、冷たいな」

「普段シスコンのくせに妹が可愛くないのか」

「誰が誰の妹だっ。鳩子のほうが年上だろうがっ」

「鳩ちゃんはお姉さんって感じじゃないよな」

「全然頼りないし、抜けてるとこ多々あるし、褒められるとどこまでも付け上がるし、偉そうにするわりにすぐ泣くし」

「俺らが泊ってる時、怖い映画を見た後でトイレに行けなくて夜に起こしに来たよな。鳩ちゃんがハタチの時か?」

「そうそう、錦が怖い思いをしてんじゃないかと心配で、とか言ってな。目に涙をいっぱい溜めて」

「錦が渋るもんだから最後は市也さんのとこに逃げたな」

「それはお前らが脅かすからだろう。あの後酷い目にあった」

「お兄さん強烈だよな・・・俺、市也さんが怖い」


「お前らが鳩子を泣かすからだろう」突然の第三者の声に三人は飛び上がった。


「いいい、市也さん」

「家の前でうるさい。余所へ行け」話し込むうちに家に辿り着いたようだった。

市也の機嫌は良くも悪く見える。これが長年、弟として、そして弟の幼馴染として、市也の子分として仕えた三人は非常に不味い雲行きであると察した。

「ところで錦。鳩子に関する何か、あるだろう?」とっとと言えと無言の圧力がかかる。

市也は趣味のレベルではあるが一時期、格闘技にはまったこともあり、実験台にされてきた三人は知らず身が震える。

「お、俺帰る。じゃ、な錦」「うん、もう遅いし、失礼します」慌ただしく市也と錦に挨拶を済ませると二人は脱兎の如く逃げ出した。

「あ、俺、大事な用が・・・」錦はしどろもどろに言い訳をして踵を返したが、

「奇遇だな、俺もお前に用がある」

首根っこを掴まれた錦は市也に逆らうことなど出来なかった。






~同じ日の来栖と鳩子~

本日も『来栖と衆人環視の中でお昼を食べる』という鳩子限定の罰ゲームは終了した。

注目されながら食べるのは苦痛を伴う。早食いとストレスで胃が荒れそうだった。


鳩子は終業すると同時に急いで更衣室に飛び込み、まずは銀字に来栖の捕獲依頼をお願いして拘束してもらうように手配した。

その後は錦に、自分の窮状を切々とメールに託したところで幾らか気が治まった。しかしのんびりとはしていられない。来栖がいつ銀字の拘束から解き放たれて追いかけてくるのかは予想もつかないのだ。

早く早くと着替えて扉を開けて小走りでエレベーターに乗り込む。


(何で逃げるような真似をしなけりゃいけないんだろう)

来栖が鳩子に構うカラクリは分かっているのだ。最上階の休憩室で聞こえた話を思い出す。


・・・変種でも相手にするか、話のネタに良いよな

・・・別れるまでがゲームの一環だろ

・・・来栖家に役立つ、見劣りしない程度に美人でないとな


エレベーターの扉が開き外に向う。

(好きになんなきゃ大丈夫だよ)適当に相手をしていれば来栖のほうから飽きてくるだろう。

(そうそう、私がしっかりしていれば)前向きになったところで鳩子の携帯が鳴る。相手は銀字だ。

「はい、どうしました?」『やぁ、すまないね。鷹矢がそっちに向ったから』「えっ・・・」


「鳩子」


悲鳴を飲み込んで振り向くと爽やかな笑顔の来栖がたっていた。

「い、いつのまに」

「送っていくよ」

来栖は鳩子の携帯を取り上げると無断で切った。自然な動作で鳩子の腰に手を添えると当然とばかりに連れて行こうとする。

「結構です」

「遠慮しないで。それとも、どこか飲みに行く?」添えられた手が動き腰を撫でられた。

「行きません」なるべく動揺を悟られないようにしたいが震える声は隠せない。

「飲みに行くだけだよ」

下心なんてありませんー、と笑顔で鳩子を宥める。


(あ、流されてる。しっかりしようと決心したばかりなのに)

がんばれ、と気合を入れて足を踏ん張り止まった。


「く、来栖さん。私、迷惑してるんです。もう止めてください」


言った、とうとう言った。


ドキドキする気持ちに呑まれそうになりながら来栖の反応を待った。

悲しそうな顔をしても、辛そうに話し出しても、まさかとは思うが怒って怒鳴られても鳩子は真っ向から立ち向かう気でいた。

さあ、どうでる!。



「・・・ごめん・・・」と寂しく呟かれ、おまけに涙が一つ・・・。



な、泣いたーっ!



鳩子は勇ましい闘士として来栖に立ち向かう気でいたのに、これでは鳩子が弱いもの苛めをしている。

「あ、わ、くるすさん・・・」内心ドキドキ、バクバク、プチパニックに陥った鳩子。

「ゴメン、鳩子・・・。そこまで嫌われているとは思ってもなかった」

鳩子の勇ましい気持ちはついに霧散した。

世の中には大の男が人前で泣くことに侮蔑と嫌悪と失笑を持つ女もいるが鳩子はその逆だった。

(わあ、泣いた、どうしよう)来栖がとてつもなく可哀相で健気で胸がきゅんとした。


錦の友人が心配した、情に絆されて愛と錯覚が今、完成されつつある。


「来栖さん、言い過ぎたわ。ごめんなさい。そ、そこまで嫌じゃないのよ?」

「無理しなくて良いよ。鳩子が、俺のこと何とも思ってないのは感じていたし」俯き唇を強く噛み締めていた。

(あっ俺って言った・・・って何とも思ってないの察してんじゃん)そう思いつつも言えない鳩子。


「そんなことない。来栖さん素敵だし優しいし、何とも思ってないなんてありえないよ」必死に来栖を励ます。

「素敵とか優しいとか、曖昧だよね・・・。他に挙げられるところがないから無難な賛辞を言ってるんでしょう」みんな言うんだよね・・・。小さく付け足された言葉に、皆から言われて羨ましいと鳩子はちょっぴり不公平を感じた。


贈られる賛辞があるだけ良いじゃないかと拗ねながらも「他にもいっぱいあるよ」と慌てて励ます自分が酷く滑稽に思えた。

「じゃあ、鳩子は僕のどこが好きか言ってよ」面倒くさい男、来栖。

来栖を泣かした張本人であるために、何とか励ましたい鳩子は頭をフル回転させる。鳩子の脳裏には来栖を元気付けたい気持ちでのみ動き、他のことは何一つ浮かんでいない危険な状態にある。


「えー、と、そうね。まずは外見からね、来栖さんはとてもカッコイイよ。背も高くてスラリとして王子さまみたいって初め思ったわ。笑顔が綺麗で優しいし、指先も長くて整っているから羨ましい」

鳩子は自分のソーセージみたいな指を見た。雲泥の差だ。来栖の手が伸び、鳩子の指と絡めると硬く握る。

「他は?外見なんて幾らでも変えられるよ」拗ねたように言う。来栖の顔は変わらず落ち込んだままだ。

「あるよ、えー・・・。仕事ができるし、要領も良くて飲み込みも早い。あとは、友達も沢山いるし人に好かれるし、人懐っこいところとか」

「もっと具体的に言ってよ。僕のどこが好きなのか。それとも無いの?」眉が寄せられ悲しそうに見つめる。ここで鳩子はブチギレて、どんだけ褒められれば気が済むんだよ、欲深めとアッパーの一つくらいかましても誰も責めはしない。

しかし鳩子は、来栖を励ましたい、この一点のみで脳が動いてる状態にある。


「ある、あるよ。そ、そうね、傍にいると良い匂いがするし、あったかくてホッとするな。可愛くて放っておけない時もあるけど、頼りがいのある来栖さんといると安心して全部任せられそうな気持ちになるよ。これって特別なことだと思うよ」

後半は過大評価な感も否めないが鳩子にしては上出来だと自画自賛した。

来栖も笑みを浮かべているところを見ると合格点に届いたようだ。

慎重を要する難問を解いた達成感に鳩子も晴々とした笑顔を向けた。

「鳩子はそんな僕が好きなんだね?」

「はい!、す・き・・」ですよ

最後は音にならなかった。


(イマ私はナニを)


「僕もですよ。良かった、一方的な想いかと不安だったけれど鳩子も同じ気持ちなんだね」

「い、や、ちが「それじゃ、行こうか」

鳩子は流されるままズルズルと連行されていった。行き先は知らない。


その後の鳩子はどうなったかというと・・・




「むーん」

清潔な香りのする寝具で、強張った体を解すように目を閉じたまま大きく伸びをした。

「ふぁぁ」

あくびをして体を反転させた、その先には、

伏せられた長い睫、薄く開いた唇、整った顔立ちには男らしさの中に優美な甘さもある。

(誰・・・)

鳩子は記憶の引き出しをひっくり返すが誰だか分からない。

呆けてじっくりと眺めて・・・


「くっくるすさん?」


起きぬけで乾燥気味の喉を無理矢理に行使すると

ゲホゲホゲホ。無様な咳が出た。


鳩子の咳に来栖のまぶたがゆっくりと上がる。気だるげな色気で鳩子をその瞳に捕らえると、愛しいといわんばかりの笑顔をみせる。

無言のまま鳩子を引き寄せると、腕の中に閉じ込めて背中を優しく擦る。

「もう少し寝てなさい」諭すように言われてじんわりと心に沁み込んだ。

鳩子の体をすっぽりと覆い、鳩子が認めた良い匂いが心だけではなく、体にも馴染む。

ベッドの中は暖かくて、良い匂いで、穏やかな規則正しい呼吸は鳩子を瞬く間に第二の眠りに誘う。

鳩子は無意識に来栖の胸元に顔を付けてから、一つ大きく深呼吸して身を委ねた。

ここは小さくて穏やかな世界。シーツの中で守られるように抱き寄せられて、鳩子は幸福を感じた。






その頃、

「あ、兄貴・・・」市也は弟を厳しく睨み据えて、次を言わせなかった。

洗いざらいに白状させられた錦は、市也から『鳩子が来栖鷹矢の餌食にされているのを黙っていた罪』で愛の制裁を受けた。


鳩子が一人暮らしをする小さなアパートに市也と錦の兄弟の姿がある。

秒針を刻む音が無常にも過ぎていく。カーテンの隙間からは朝日が零れ、新聞配達のバイクの音が遠くで聞こえる。


「鳩子・・・朝帰りとは良い度胸だな」


市也の低くて重い怒りの声が主のいない部屋に響いた。

二人に挟まれる小さなテーブルの上に携帯がある。何度も掛けられた鳩子の番号は、ことごとく繋がらなかった。

鬼の様な顔をして怒りをほとばしらせている市也。

「錦、帰るぞ。学校に行く準備だ」

「えっ、マジで。俺たち一睡もしてないんだけど」

市也の一睨みで震え上がった錦は、嵐の予感をひしひしと感じた。

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