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弟わんこの片思い  作者: 苺屋カエル
12/22

昼食のその後

下ネタっぽい表現がありますが、意味が分からなくても流してください・・・。


結局、来栖との昼食は思いのほか早く再開された。



鳩子は襲われた(来栖にタックルをかまされて拘束された)怒りやら羞恥やら困惑やらで、来栖に最大限の警戒警報を己に発令した。これには来栖は堪えた。まず、視線を合わせてくれない。会話は最低限しか交わさない。

来栖の一方的ではあるが親しくしていた二人の距離を考えると絶縁状態とも言えた。

事件のあった昼食後から翌日に掛けて丸一日。来栖の必死の謝罪は聞き入れられることはなかった。


頑なに拒む鳩子が昼食を再開したきっかけは・・・

意外にも職場を同じくする同僚たちであった。


「来栖さんがあまりにも可哀相よ。もう許してあげたら?」

「一度の失敗くらい許してやれよ」

「悪気があったわけじゃなさそうだしね」

「犬に咬まれたと思ってさ」

「躾としては充分に成果があったわよ」

「これ以上は虐待じゃね?」

「お母さんに置いてけぼりにされた子供みたい」

「あーあれね、悲しそうに後ろ姿を見つめていたよね」


「わはははっ、高梨くん!相変わらずの悪女だなっ。しかし痴話ゲンカなら二人っきりでやれっ。仕事が滞るっ!」


入れ替わり立ち代り。来栖擁護は鳴り止まない。

チーフの響く声を至近距離で放たれた鳩子は、離れた席でしょんぼりとこちらを見ている来栖を見た。


白昼の中、異性に突撃された鳩子に同情の声がないのは何故だろう。

世界は不条理で創造されたに違いない。


鳩子と視線を交わした来栖は、嬉しそうな顔を隠しもせずに近寄ってきた。

勘の鋭い来栖のこと、これが仲直りの最大のチャンスと嗅ぎ分けたのだろう。

「来栖さん、もう二度とあんな事しないでください」一度でも許せないのに鳩子は譲歩案を出した。

「反省してる」

「今度したらグーで殴ります」既にセカンドビンタは発動された。

「鳩子が望むなら僕は喜んで殴られるよ」むしろ望む事だと言わんばかりなのは気のせいだと願いたい。

「本当に反省してます?」反省は本物なのか。

来栖は力強く頷いた。


「してる。感極まって鳩子のお尻を掴んでしまった。次は優しく撫で回すよ」



え?


来栖は神妙な顔をして瞳には誠実さが溢れている。鳩子は自分の聞き間違いかと思った。

「い、いま、なにを?」

「本当に反省してるんだよ。触り心地が良くて、つい」来栖はじっと両の掌をみつめる。


鳩子は、ただ抱き締められただけと思っていた。来栖に包まれるように倒されて、突然に視界がブレて天井が見えた。混乱と恥かしさで訳がわからなくなり、平常心を取り戻そうと必死だった。

よもやそんなお触りをされているとは・・・。


「明るい中ですることではなかった。指があんな所を辿ったんだ。鳩子が怒るのも当然だ」


どんなトコロだっ!



悲鳴は空気を切り裂き、鳩子は来栖の望み通りにグーでぶん殴ってあげた。



鳩子は尻を掴まれた屈辱を、己の拳に託して来栖の顔面に打ち込んだ。

ところが社会人たるもの、いや、一人前の大人とされるならばその行為は逸脱し過ぎていた。

来栖が顔を押さえて身を屈めた。その手から鼻血が零れた。

職場内は騒然となった。女性社員の悲鳴と鳩子を非難する声。何事かと興味津々で騒ぎ立てる人もいる。

なお、騒然の最大の音源は中谷チーフの愉快に大笑いする声だったりした。


血の気が引いた鳩子は立ち尽くした。

数人の女性社員がわらわらと来栖を取り囲み、かいがいしく世話を始める。彼女たちの手は親しげに来栖に触れながらも、鳩子に睨みと非難を浴びせることは忘れなかった。

ショックなのは人を故意に傷つけたことだ。来栖は大丈夫と鳩子に片手を挙げるが、その手には血が付いていた。

スーツが汚れるわ、と騒々しく連れて行かれる来栖の背中を、鳩子は呆然と眺めることしか出来なかった。


(怪我をさせてしまった)

来栖が鼻血を出したことに比べれば、尻を掴まれたことなんて何でもないじゃないか。大袈裟に取った自分が恥かしくなる。

強烈な自己嫌悪に陥りそうな鳩子は肩を叩かれた。

「よくやったわ。高梨さん」

「そうそう、落ち込むことないよ。痴漢した方が悪いのよ。指を圧し折って丁度よ」

普段は会話もしない同僚に励まされて鳩子はぎこちなくも笑顔を浮かべた。


「女ってのは本当に解らねぇなぁ」後ろを向くと中谷チーフがいた。

「同じ女がセクハラされて、あれはないだろ」来栖たちが向った先を見る。暗に鳩子に非難を向けたことだろう。

「高梨さんのポジションが羨ましいだけよ」

「そうそう。ライバルを蹴落とすチャンスとでも考えてるんじゃない?来栖さんの怪我も自分を売り込むビッグチャンス。そんな感じかしらね」

「・・・女ってのは本当に怖いな」珍しくチーフの元気がない。

「あら、ひどい。チーフも気をつけてくださいよ。顔面骨折しても彼女たちは見向きもしない上に、後から私もセクハラされたとか言い出しかねないわよ」


「今頃、来栖さんの手当てを競争している頃じゃない?なにせあの顔を間近で拝見できる絶好のチャンスだし」「言えてる。必要以上に顔を近づけている絵が浮かぶわ」「ウルウルして来栖さん可哀想とか言っちゃうのよ」二人は大盛り上がりだ。

「ったくお前たちはココに何しに来てんだ。オイッ山下、お前来栖の様子と、あと手当てが必要そうなら代わってこい。」

山下と呼ばれた男は予測していたように席を素早く立ち来栖たちの後を追った。


鳩子は席についても来栖のことが気になっていた。来栖に付き纏っていた女性社員は不満気な顔をしているからポイント稼ぎは上手くいかなかったのだろう。

暫らくすると来栖は鼻の辺りに絆創膏を貼り付けて、山下と連れ立って帰ってきた。鳩子と目が合うと来栖は大丈夫と口を動かした。


(やり過ぎたのは間違いないから、謝っておこう)

生まれて初めて人を傷つけた。血が流れた恐怖を抱えて鳩子は謝罪の気持ちでいっぱいだった。






鳩子の中に来栖への謝罪はとうに消えていた。


昼食が始まる頃、来栖は今までの神妙な態度をガラリと変えて、以前と変わらない人懐っこさ(鳩子はこれをふてぶてしさと改めた)で鳩子の前に登場した。

そして奴は、あろうことか脅迫してきたのだ。

「鳩子の熱い気持ちはちゃんと届いたよ。でも人生初の鼻血を公衆の面前で晒すとは思わなかったな。それに、ほら」さりげなく指差すその先にはうっすらとシミが。

「スーツに付いちゃったね」

鳩子は念仏のように、私は愚鈍で鈍間で空気の読めない間抜の阿呆です、と自己催眠を掛けていた。そうしないと、このまま来栖に言いように誘導される予感がしていた。

「親に殴られた経験がないからビックリしたよ。鳩子のように優しい女の子でも攻撃的になる瞬間があるって勉強になった。鳩子は一筋縄ではいかないね」笑顔。

来栖の左手には御弁当の入った包み。鳩子の机に置く。鳩子への断りはない。

「そうだ。このスーツだけど、高くないから鳩子が気に病むことはないからね」

鳩子は謝罪などしたくなくなった。

「御飯食べようね。鳩子」

厚かましい来栖は当然のように席に座る。膝を意味深に押し付けるのは忘れない。


来栖の言い分は、

愛するが故の過剰なオサワリの件は鳩子の一撃によって代償を払った

ところが、鼻血を出したのは鳩子のやりすぎなので、今度は鳩子側から代償を支払えということだ

代償は昼食の解禁


(あくどい。遠回しにネチネチと)

強気に出られないのには、鳩子にも何となく罪悪感らしき芽があるからだ。

「どうぞ・・・。でも本当に今度はありませんからね。セクハラと痴漢で訴えてやる」睨みを効かせて宣言する。

「ふふふ、来栖の弁護士は強力ですよ」

訴える前に負けが確定していることを知った。


「おっ、お前ら元の鞘に収まったようだな。結構結構」チーフがドカドカと音を立てて来た。

「チーフ、元から鞘に収まった過去はありません」

「これから鳩子のサヤに納めるんだよね」セクシャルなものが込められて、手の甲を軽く引掻くように撫でられた。

「ぎゃっ、せ、せくはら」慌てて手を引っ込める。

「なんだ、手を触られてもセクハラなのか。難しいなぁ」わはは。

来栖の言動に問題があるのに、それは気のせいなのか?。

鳩子は真昼間のオフィス、目の前には豪快な笑い声のチーフ、隣には誠実な微笑みの来栖。

(気のせい?)

鳩子はこれが流されている、という事態になっているとは気付いていない。


「それで中谷チーフ、何か御用でしょうか」来栖は本来の用を尋ねる。

「忘れてた。いやな、お前ら飯食うなら食堂に行け。ここは昼食を禁止しているだろう」

「そうでしたね。鳩子、場所を変えましょう」

「えっ、そんな。今まで言われたことないのに」

「すまんな。高梨くんだけだと何とも思わなかったが、来栖といるとどうしても人の目があるからな。特例というわけにはいかんだろ」

元凶はこの男か。鳩子は来栖をきつく睨むが、反対に「・・・人目のなくて人気のない所に行こうね」と熱く言われて慌てて目を逸らした。息が荒いのも気のせいだ。

「来栖は元気が良いなぁ。オフィスベビーは勘弁してくれよ!」わははは。チーフの一際大きな声につられて人の視線が鳩子と来栖に注がれる。

「最低・・・勘弁して欲しいのはこっちです・・・」真っ赤な顔を覆いシクシクと鳩子は懇願した。

「おい、来栖。今度、高梨くんを押し倒したら不味いんじゃないのか?」慌てて顔を上げると目の前には鼻血の残る来栖のスーツ。襲いかかった来栖を捕まえていたのはチーフだった。

「な?高梨くん。これ以上、コトが進むと産休を取る破目になるぞ。人が居る食堂へ行け」


鳩子が大急ぎで食堂に向ったのは語るまでもないだろう。




「美味しい?」

ニコニコと嬉しそうな来栖。

鳩子は乱暴に来栖の御弁当からから揚げと玉子焼き二切れを遠慮なく分捕った。


ここは社員食堂。

大勢の注視する中、ひたすら顔を伏せて弁当に取り掛かっている鳩子。隣には来栖。

普段、食堂に配置されるイスは間隔を開けて並べられているが、二人の距離は近い。密接とも表現できる。

真っ赤になった鳩子と、涼しげな来栖。


襲われる恐怖と大勢に注目され続ける羞恥、鳩子は救いようがない選択にひっそりと涙した。


来栖が即物的になった。

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