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弟わんこの片思い  作者: 苺屋カエル
11/22

昼食で餌付け

今日も鳩子は地味に仕事を始めた。

さあ、がんばるぞ、と気合を静かに入れたところで肩に手を置かた。手のひらでじんわりと包むような、撫でるような粘っこさだ。背筋がピリリとした。

嫌な予感と共に振り返ると予感通りの男、来栖鷹矢の爽やかな笑顔があった。

「楽しみだね」

ナニガ?と疑問に思う間もなく、来栖は足取りも軽く過ぎていった。

爽やかな笑顔と肩に置かれた執拗な手のひら。鳩子は深く考えないように、目の前の仕事に集中することにした。



「昨日はどうだったの?」お弁当を広げていた鳩子に、来栖は無遠慮に話し掛けてきた。

「お昼に行ったらどうですか」

「持ってきた」

来栖は手の包みを軽く持ち上げると、断りも入れずに強引に隣に座った。

鳩子の席はほぼ孤立していて、机と椅子のほかには備品に囲まれている状況だ。来栖は自分の椅子を鳩子の隣に並べる。そうされると逃げ場がない。


(それにしても近い・・・)

鳩子と来栖の体が僅かに触れいてる。いや、膝は僅かどころではなく、意識的にグイグイと触られている。鳩子は体をずらして距離を測るが、壁際であることと足元にある箱が邪魔をして身動きが取れない。迷惑そうに来栖を見ると涼しげな顔をしている。


「来栖さん、少し離れてくださ」「お弁当が落ちちゃう、もっと詰めて」更に椅子を寄せる。

ふざけるな、明らかに領土侵犯だ。思いながらも机の弁当を大人しくずらす。

「来栖さん、膝があたってま」「狭いのも良いよね」下心のない朗らかな笑顔。

私が自意識過剰なのか?。鳩子の胸のうちは内のまま消えた。


広げられた互いのお弁当の中身を見て鳩子は箸を噛んだ。

鳩子の全体的に茶系で統一された弁当は若い女性というよりも工事現場で働く男のものだ。大きさも同等だろう。対する来栖は色彩溢れる華やかなものだった。サイズは鳩子の弁当よりも一回り小さい。そのくせ内容の充実さは一目瞭然。

「混ぜ御飯たぁ、景気が良いですね」美味しそうな御弁当に嫉妬した鳩子の飯は、ごま塩と塩昆布がのった飯だ。

「鳩子のお弁当は美味しそうだね」どこがだ。

鳩子の弁当に性別をつけるとしたら男だ。

現場で働く親父の弁当であり、柔道部在籍の男子高校生だ。おかずより飯。質より量を追求している。

華やかで彩りも美しい来栖の御弁当は洗練されている。追求されているのは美だろうか。

「鳩子、その、良かったら交換しない?」もじもじと可愛らしく告げる来栖。

嫉妬に駆られる鳩子の心は揺らいだ。見目も美しく、美味しそうな御弁当を口にしたい、とても美味いだろう。値段を付けるなら千円は越えちゃうだろう。そんな御弁当を食べたい。食べたいが来栖の御弁当を頂くということは、鳩子の弁当が必然的に来栖の口に入るというこで・・・。


「しません」


鳩子は下らないプライドを取った。

あんな素敵な御弁当を違和感なく持参する男は、常に美味い物を食べているに違いない。鳩子の弁当は昨夜の残りの焦げ気味のから揚げと、黄身と白身がせめぎ合うツートンカラーの卵焼きに、塩気の足りない茹でたブロッコリーとプチトマト。人の口に入らないからこその気の抜けた弁当だ。

すでに見た目で勝負のついた自分の敗北弁当は予想と違わぬ味をする。来栖もそれを承知で交換を持ちかけたのだ。それなのに鳩子は小さな見栄をはった。


それでも来栖はしつこい位に未練がましい視線を送る。

「しませんっ」再度、強く言い放ち、鳩子は豪快に飯の真ん中をくりぬいて頬張った。

軽い溜息が聞こえたあとに、「いただきます」と声がした。そっと箸が御飯に届くのを横目で見ながら、鳩子はつくづく育ちの違いを実感した。


がつがつと箸が進むにつれて鳩子の弁当は飯の割合を多く残してきた。もともと飯とおかずのバランスが悪い。おかずを少し食べて、飯を頬張るといった具合だ。それを鳩子は慣れた物と食べていく。

「鳩子、食べる?」来栖の御弁当が寄せられる。上品な来栖は御弁当の食べかけも上品だった。鳩子の弁当には、焦げ気味のから揚げが齧られたまま飯の上に転がっている。

「遠慮しないで好きなのを取って」

迷う鳩子は転がったから揚げを見つめる。今更おかずを交換しようとは言わないだろう。軽く頷くと、迷いもせずに玉子焼きをとった。


(うまっ、たまごやきうまっ)

鳩子は名残りを惜しむように咀嚼する。

「美味しい?どんどん、食べて」にっこりと差し出された煌びやかな御弁当。彼の好感度がグッと高まる。

(何て良い人なんだろう)感激した鳩子は来栖の評価を上げに上げた。


来栖の箸は進まないようだった。鳩子から見て腹に溜まる御飯物が少ないというのに、これ以上の強奪は酷だ。

来栖に充分感謝した鳩子は、持参している水筒を弁当箱に注いだ。驚く来栖。

お茶漬け状態にした弁当箱を器用に持ち上げ、最後の仕上げにかき込んで食べた。こうすると洗うのも楽だったりする。

「ごちそうさま」

「凄いね。鳩子は」感動した様子の来栖。

「普通ですよ」

「そんなことはないよ。鳩子は素敵だ」

普通でもないし、素敵でもない。

それでも鳩子は気をよくしたようで愉快になった。成長した弟は何かに付けて鳩子を監視して口喧しく干渉してくる。昔は弟の尊敬を集めた鳩子も今では父親に諭される子供扱いだ。

久しぶりの親分気分。尊敬の眼差しを集めるのは気分が良い。

「まあまあ、来栖さんも早く食べたほうがいいですよ」鳩子の機嫌は最高だ。


「明日も一緒に。約束ですよ」食事を終えた来栖は明日の約束を取り付ける。

「はい。わかりました」鳩子はにっこりと笑って答えた。美味しい玉子焼きが貰える可能性がある限りは、同席を許可しようとの笑顔だ。


しかし、その約束が果たされることはなかった。

原因は鳩子のレアな笑顔に興奮した来栖が襲い掛かったことが挙げられる。



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