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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

使命と呪いは紙一重

作者: 山田

恋愛ではない。

のちのち恋愛にしたかった。

あぁ、最悪中の最悪。クソッタレ。何もかもにも腹が立つ。

怒りで頭の中が沸騰して、目の前の景色が真っ赤に歪んで見えてしまう。堪えるように唇を強く噛んでいたのか、口の中は血の味しかしねぇ。

血を拭おうと手の甲で唇に触れ、馬鹿な俺はやっと気づく。

目の前と俺自身が血の海だから、視界は真っ赤だし、口の中も、血の味しかしねぇ。


俺の前で胴体が真っ二つに分かれているのはこの国の勇者。淡い紫色の瞳が光を喪い、イケメンだと持て囃された顔は口や鼻から色んなものがでて、不細工通り越して人間じゃない。


お前、やっと魔王倒してこれから贅沢三昧なのに何やってんだよ。俺みたいな孤児より、お前の方が価値があるってスラムのガキでもわかる話じゃねぇか。なんで俺をかばってくたばってんだ。


「あー…無理、ホント意味わかんねぇ」


頭がキャパオーバーでどうにもならない時、人間様には大層便利な機能がついている。視界が赤から黒に変わり、俺の足は立ち続けることを諦め、身体が後ろに倒れこんだ。


あぁ、そうさ。

目の前が真っ暗になった!所謂、気絶ってやつ。


勇者の死体と仲良くおネンネしていた俺は3日後に目を覚ますと、勇者が命をかけてまで助けた大切な子供として貴族の老夫婦に引き取られていた。


「ジョン、貴方のその命は勇者様が与えてくださったもの。そして本来ならば魔王討伐後、勇者様はもっと沢山の人を救うはずだったのよ」


しゃがれた声のババアは毎日同じことを話す。

白髪を一つにまとめ、真っ赤な口紅を塗るババアは勇者の信奉者らしい。勇者が死んで一年半も経つというのに、喪服を来て過ごしている。ジジイもババアに逆らえないのか、同じように毎日黒い服を着ていた。

葬式のような静けさの中の朝食は儀式めいていて、居心地が悪いったらありゃしない。


「ジョン、勇者様が救うはずだった命を…貴方は幾つ救えるのかしらね」


毎日同じだった朝食の味はもう思い出せねぇが、ババアのその言葉がいつまでも耳に張り付き離れない。俺は誰かを救わなきゃ死ねないのだと、ババアに呪われたのだ。



勇者が魔王を倒した後の世界は平和ではなかった。魔王が死んでも魔物はいるし、人間にだって悪い奴はいる。勇者だって狂暴化した魔物にやられちまったし、どこかの国と国では戦争が始まりそうだと噂が流れていた。

じゃあ俺は騎士になるかと思ったが、勇者の死体と3日間過ごしたのが駄目だったらしい。血を見るだけで気を失う軟弱野郎になってしまった。


「貴方は何故ここに?」


目の前の男が紹介状と俺を見比べた。紹介状はババアが書いたもので俺は中身を知らない。きっと孤児だとか読み書きは一応できるとか書いてあるんだろ。騎士になれない俺はそれを持って製薬所の門を叩いた。


「いい薬を作るのに、人を使った実験がいるんだろ?俺を使ってほしい」

「我々の治験には罪を犯した囚人を使います。わざわざ貴方の体を使う必要はありません」


男は信じられないとばかりに指先で机をカツカツ叩く。切り揃えた爪と銀縁の眼鏡、そしてシワのない白衣。きっと神経質な性格なのだろう。


「それに貴方は出身は孤児でも養い親はバーネット夫人ではないですか。御夫人のツテを使えば他の就職先もあるでしょう?」

「……就職先を探してるんじゃない。ただ、薬の研究に俺の体を用立ててほしいんだ。それにほら、俺みたいなのがいれば子供用の薬の開発に使えるだろ?」

「──何故そんなに必死なのですか?ここが駄目だと養い親から何か折檻される、または家を追い出されるなど、何かしらの不利益があるんですか?」

「ないない。必死なのはここしか選択肢が無かったから。バーネットのババアはイカれてるけど、アレは勇者の信奉者だから悪いことなんてしないさ」


虐待とか疑ってる?そう思って着ている服を脱ごうとすると、男が大きなため息をついた。


「脱がなくて結構です。貴方と話すのは無駄なようだ」

「じゃあ実験台として、」

「使いません。御夫人と縁があり、勇者が最期に助けた子である貴方を粗末に扱ったら、どんな天罰が下るか」


男の言葉に、息が止まる。

勇者、その単語だけで、目の奥が熱くなる。


「……薬を作ってる奴が、天罰とか言うんだな」


誤魔化すように嫌味を込めてそう言えば、男は気にした様子もなく、 目を細めた。


「ええ、信仰心が厚いものでして」


その後男は俺を雇いましょうと告げ、俺は実験台としてではなく、助手として雇われることになった。





面倒な子供を引き受けたものだ。

アルフレッドはバーネット夫人からの手紙を眺める。あの子供は勇者に命と引き換えに助けられ、その罪悪感で押しつぶれそうだと言う。確かにあの言動は死にたがりだ。わざと彼の前で勇者の名を出したが、あの青ざめ方はかなりのトラウマを抱えているのだろう。


「バーネット夫人も酷なことを言う」


彼女はジョンに対する言動を悔いていた。今にも死にそうなジョンに、使命を与えたら生きようとしてくれるかもしれない。また立場ある自身がジョンに辛く当たることで、勇者を盲目的に信奉する他者を牽制できるかもしれない。

そんな二つの気持ちを抱えて、中途半端に接したせいで、ジョンは見事に使命をやりきったら死にたいと思っている。


あの昼間見た彼の瞳はただただ真っ直ぐで、ただただ憐れだった。


「俺が勇者の信奉者じゃないからって、それでこちらに引き渡されてもな」


アルフレッドは未婚だ。育児なんてしたこともないし、子供と接したこともない。ただ、武力で人を救う勇者と違って、薬学で人を救える。


「800万人救ってからじゃないと死ねない、なんて言ってみようか」


この国の倍の人口だ。ジョンはきっと気づかないだろう。ゆっくり人を救う過程で、何かが彼の虚を埋めていけたらいいのだけど。


バーネット夫人からは事前に報酬はもらってしまった。アルフレッドは手紙を暖炉に投げ込み、ジョンの穏やかな日々を願った。


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