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祝災の魔王、酒を知る

お酒大好き!

 少女は卒倒したメイドの頬をぺちぺちと叩きながら魔王に言った。


「あなたが魔族なら……ひとつだけ先に確認したいことがある。人間を殺しに来たの? 私の国の国民を傷つける意思はある?」


先ほどと変わらず興味津々に金の瞳を輝かせている。警戒や牽制の色は微塵もないようだった。


「ない」


「本当に?」


 少女は魔王の顔を覗き込んだ。いくら視界が霞むと言ってもそんなに近づけば少女の顔がはっきり見える。美しい少女だった。こんなに生き物と近づいたのは初めてだったので魔王は緊張したが、はっきりと言い切った。


「ない」


「わかったわ! なら食事にしましょう!」


「うぅーん……姫様……食べられちゃいますよお……」


「一緒に食べるのよ!」



***



 大きなテーブルには豪勢な料理が所狭しと並べられている。


 「食べたことないんでしょう? まずはいろいろ食べてみて」


 魔王は食事の香りに驚いていた。これまで石と岩と砂に囲まれて生活してきたので、食事の匂いというものを嗅いだことがなかった。それが美味いことを知っている人間からすればいい香りなのだが、生物と初めて触れ合う魔王には暴力的に感じるほどの情報量だった。


「……儂さっきの花がいい……」


「いいから一回食べてみて! 食べてみて苦手だったら食べなくていいから!」


 少女はテーブルの向かいから身を乗り出して勇んでいる。儂は一体何をしているのだろう、と思いつつ、自分を拒絶しない生き物に初めて出会って魔王は早くも絆され始めていた。


 実際に人間と触れ合ったことはなくとも、人間が食事を出すのは歓迎しているからということくらいは知っている。


 自分を拒絶しない初めての生物。嬉しい。


 魔王はこの小さな少女のおもてなしを全力で受けたいと思っていた。


「ふむ……」


魔王は鋭い爪がついた指先で恐る恐る皿を持ち上げ、皿ごと食べた。

向かいで見ていた少女は叫んだ。


「うわあああ! 怪我するわよ!」


「怪我? 儂が?」


「魔族は怪我しないの?」


「わからぬ。したことない。怪我は他の生き物の文化かと思っていた」


「と、とにかく、怪我しないにしてもそんなんじゃ食べにくいでしょう? こうやって食べるの」


 少女はスプーンを握ってスープをすくってみせた。


「そしてこう!」


 口に運ぶ。


「ふむ……」


 魔王もそれに倣ってスプーンを持ち、ぎゅっと握った。ぐにゃり、とまるで飴細工のようにスプーンが歪む。驚く様子もなく、少女は言った。


「ああ! もう! 力入れすぎなのよ!」


「す、すまない……」


魔王はなかったことにするため慌ててスプーンを口に放り投げて咀嚼した。


それを見ていたメイドは唖然とし、少女も驚いて一瞬固まったが、すぐにお腹を抱えて笑い転げた。


「わ、笑い事じゃないですよ! 」


「はー、……ちょっと待って、私が食べさせてあげる」


「姫様! 近寄ったら危ないです!」


メイドが慌てて少女を追いかけるが、少女が立ち止まる様子はない。


「あら、じゃああなたが食べさせてあげたら?」


「そ、そんな……!」


「いいから黙って見ててよ。はい、あーん」


 少女はてずからスプーンを使って魔王の口元に食事を運ぼうとした。


「?」


「私があーん、って言ったらあなたも一緒に口を開けるのよ」


「わかった。あー……」


魔王は素直に口を開けたが、触れるだけで血が出そうなほど鋭い牙がずらりと二重に並んでいる。舌にもびっしりと尖った魚の鱗のようなものが連なっており、まさに魔族と言った様相だった。だが少女は一瞬目を丸くしただけで、臆することはなかった。


「うわぁ、すごいわね……はい、どーぞ」


「ふむ、悪くない」


「あらそう? じゃ、これは?」


「うむ、なかなかだ」


少女は次から次へと食べ物を魔王の口に運び、魔王も大人しくそれを食べた。


「なんでも食べられるじゃない!」


 少女は目をきらきらさせて、魔王を褒めた。


「皿まで食べるくらいですから……」と呟くメイド。


「それもそうね……」


 きょとんとした顔で頬張り続ける魔王を見て、少女も呆れ笑いした。


「次は飲み物ね。飲み物は飲ませられないから。優しくカップを持って、ゆっくり傾けるの。見てて、こうよ」


少女はグラスに注がれた水をゆっくりと飲んでみせた。


「ふむ……それはやったことあるぞ」


 その昔人間が落としたカップを拾い、見よう見まねで池の水を飲んでみたことがある。水を救うために池に手を突っ込んだら魚が浮いてきたのでそれ以降二度と挑戦することはなかったが。


「あら! じゃあこっちも飲んでみたら?」


そう言って少女は別のグラスを勧めた。


触れるだけで粉々になりそうなグラスだった。


魔王はその小枝のように華奢な持ち手を慎重につまむと、薄い飲み口を壊さないよう、唇には触れさせず、中身を口にぶちまけた。


 瞬間、なんともいえない味と匂い、口の中で弾ける刺激、反射的に飲み込んだ喉は焼けるように熱い感覚がした。


「ぐえっ……なんじゃこれは!!!」


「えっ?! ダメだった?!」


「くっ……人間め……油断させて毒を盛るとは……」


「ええ?! 毒じゃないよ! いや正確には毒だけども!」


「姫様! 誤解を生むようなこと言わないでください!」


「これは酒! 知らない? お、さ、け!」


 飲み込み終わると、不思議な余韻。確かにどうやら毒ではないようだ。


「酒……? なるほど、これが……存在は知っていたが……ふむ、よくわからなかったかもしれない。もう少し試してみないと」


 図体の大きな魔王が華奢なシャンパングラスをいじらしいほどに優しくつまみ、差し出す仕草に少女は笑い、メイドまで思わず吹き出した。

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