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祝災の魔王、花を知る

 目を覚ますと_______いや、正確には目を覚ませなかった。


目を開けても視界はぼやけ、耳もよく聞こえない。息がうまくできない。自分が今何か冷たい石の上にいるのはわかるが、溺れたようにじたばたと藻掻くことしかできない。息がどんどん出来なくなっていく。恐怖。


 生まれて初めて、本当に死ぬかもしれないという恐怖を感じた。


ひと思いに殺してくれればいいものを、なぜこんな……いや、それすら許さないということか……


 「大丈夫……?」


 絶望の中、もう一度意識を手放そうとした時、少女の鈴のような声がした。先ほどの僧侶とは違う声。いや、それどころか、これまで聞いたどの生物とも違う、苦しそうじゃない、明るく優しい声。


 何か言葉を返そうとして、声が出ないことにも気づいた。うめき声のような吐息が牙の隙間から漏れ出る。


「大丈夫だよ……」


優しい声と共に、抱え上げられた。生き物に抱き抱えられたのは初めてだった。一瞬魔王は自分が苦しいことも忘れ、驚きに満ちた。


「うっ、重たいな。でも大丈夫。今お城まで連れて行ってあげるからね」


 声の意味は最後までよくわからなかった。


 最後に見えたのは、ぼやける視界でもわかるほど一面の花畑。もっとも花畑は本の中でしか見たことないが。


 地獄にも天使が落ちてきてしまうことってあるんだろうか。魔王は眠りにつくようにまた気を失った。


 ***


 次に目を覚ますと、絶不調だったものの、先ほどではなかった。視界は霞んでいるものの、物の輪郭は捉えられるし、息もできる。


 「あ! 動いた! 起きた!」


先ほどの少女の声がした。耳も案外良好なようだ。咄嗟に体を起こすと、小さな手のひらが背中を支えた。


「大丈夫? 起きれる?」


 自分がどこにいるのか一瞬わからなかったが、ふかふかな手触りと、フリルのついた天蓋。昔人間の廃村で拾った絵本に出てきたのとそっくりだ。これは_______


「ベッ……ド……?」


「しゃ、喋れるの?!」


「一体なにが……」


「喋れるのね?! あなた、私の城の裏で倒れてたのよ! 王家の墓の上で! 体は大丈夫なの?」


「ここは……どこだ?」


というかこの少女はなんなのだ。

勇者と同じ白髪に金の瞳。だが感情が読めない勇者とは似ても似つかない。まだ子どもだ。


いや、それ以前に勇者と違って身なりが綺麗すぎる。


血色のいい顔で金の瞳を輝かせ、手入れされた様子の長い白髪は少女に合わせてさらさらとよく動いた。シンプルだがシミひとつない上質な白いドレス。人形のように美しい少女だった。


先ほどから興奮した様子で喋りかけてくる。かと言って瘴気による錯乱ではなさそうだし、なにより敵意や負の感情が感じられない。


 わからないことだらけで、キョロキョロと辺りを見回すと、がちゃり、部屋のドアが開き、メイドのような女が顔を出した。


「き」


「き?」


「きゃああああああああ!」


 メイドは持っていた水差しをガシャン!と落として絶叫した。水差しには構わず少女に飛びついて魔王の側から遠ざけた。


「姫様姫様姫様! どうしてここにいるのですか?! 近づいてはなりませんとあれほど……」


「私が拾ってきたんだもん。最後まで責任持って面倒見なきゃ」


「犬猫じゃないんですから!」


捲し立てるメイドを無視して、姫様と呼ばれる少女は魔王に喋りかけた。


「お腹空いてるよね? 何か食べたいものはある?」


 少女はよく見えなくてもわかるほどの笑顔だ。思わず疑問が口をついた。


「何故死なない……?」


メイドはヒィッと声をあげて青ざめている。少女の方は一瞬だけ驚いた顔をしたものの、すぐにまた笑顔に戻って言った。


「……いいから! た、べ、た、い、も、の! 教えて!」


 食べたいもの……食べたいものってなんだ?よくわからない……


 魔王は長い思案の後、言葉を絞り出した。


「……………………食事を摂ったことがない」


「そうなの?! なんにも食べたことがないの?」


「姫様……コイツ嘘ついてますよぉ……」


「……いや、岩や砂は口にしたことがある……」


「それが好きなの?」


「別に好きなわけじゃない……ただ、生き物は儂が触れたらすぐに腐って泥になるか朽ちて砂になるから食べたことがないだけだ……何故か今は……違うようだが……」


魔王はふと、ベット脇に置いてあった花瓶に気づき、まじまじと花を見つめながら言った。


 訳はわからないし反応も異常だが、少なくともこの人間たちは瘴気に耐性があるだけだと思った。


 が、この花はなんだ? 

というか、本当に花なのか?


本来魔王が花を見つめれば、毒と呪いであっという間に萎れ、色を失い、粉と塵になるはずなのに_______花が枯れる様子はない。


 床には花弁が数枚落ちているが、まだ色と瑞々しさを含んだままで、魔王の力とは関係のなさそうだった。


 目覚めてから視界が霞んでいることと関係があるのだろうか?


 「ふーん。じゃあ自分の好きな食べ物がわからないんだ? 本当に魔族かもね! とりあえず食事の用意をして! 倒れてたんだから何か食べないと。人間の言葉を喋るのだから人間用でいいわ」


「えぇ?! 姫様! 本当に!? 困ります……こんな化け物を拾ってきて……どうなさるおつもりですか? 」


「育てる」


「はぁ?! 育てるったってなんの生き物なのか……あぁもう……どう見ても魔族にしか見えない……なんで魔族が……もし本当に魔族なら国際問題になってしまいます!」


「……弱っている生き物がいた。それなら全力で助けるのが尊い姫君のすべき事じゃないの?」


「屁理屈言うんじゃありません!!!」


「国際問題になったとしても、もし本当に魔族なら我が国始まって以来の朗報だわ! そう思わない?」


 メイドは頭を抱えてうわごとのようにぶつぶつ言っているそばで、少女は腰に両手を当て、仁王立ちでどや顔だ。


 二人が言い争っている間、魔王はこっそり落ちた花弁を数枚拾った。生まれて初めて触れる、まだしっとりと生気を帯びた花弁。

指先で摘んで観察した後、思わずそのまま食べた。


 なんと言い表せばいいかわからない。魔王は思わず花瓶から花を抜き取り、そのままぱくんと口に含んだ。初めての生き物の味。柔らかさ。


 _______この世にこんな素晴らしいものがあったとは。


 感動に浸りながら、魔王はごくん、と花を咀嚼した後言った。


「あの……儂は魔族じゃぞ」


 二人は言い争いをやめて魔王の方を見たが、花を食べてる様を見てメイドは遂に青ざめて倒れた。少女は華麗にそれを片手で受け止め素早く抱き抱えたが、メイドの方は一瞥もすることなく、目を輝かせて爆笑した。


「あはははは! 花食べてる! すごい! すごいわ! 魔族! 初めて見た! 新時代が来たかもしれない!」








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