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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

俺様王子から(物理的に)逃げる私

作者: 摩莉花

「ぎゃあああああ!」

 男二人に身体を押さえつけられて跪かされ、むき出しになった左肩に焼印が押されたとき、自分の声とは思えないような咆哮が上がった。

 熱い! 痛い!

 どさり、と身体が石の床に投げ出される。そのとき、私は思い出した。日本人の荒瀬あらせ由美ゆみだったことを。

(仕事ばっかで、アラサーの喪女だったな。つまんない人生……)

 鉄と肉の焼ける匂いが漂う。

(あ、焼き肉食べたい……)

 ばさりと顔にかかった長い髪は銀色で、どうやら転生したらしい。でも、今回もろくなことになっていないようだ。今世の記憶を探ると、伯爵家に生まれたものの、両親は一つ年下の妹ばかりをかわいがり、自分は放置されていた。

「よし。これでユーリアの番紋は消えた。シルフィーヌが王太子のツガイだ」

 目の前の男が言う。小太りで十八世紀の貴族のような服装をしたソイツは、ユーリアの父親。

「シルフィーヌこそ、将来の王妃となるにふさわしいですわ」

 男の隣にいる豪奢なドレスを着た女は母親だ。

「おねえさまに王妃は、つとまりませんもの」

 くすくす笑っている、ふわふわのストロベリーブロンドで青い瞳をした小娘は妹。

「謝礼のほうは……」

 フードを被ったわし鼻の老婆が骨ばった手を差し出す。

「ちょっと寄らないで。ドレスが汚れるわ!」

 妹は、この魔法使いから偽の番紋を身体に施されて、これから伴侶となるべく、王太子に会いに行くのだ。

「ああ、忘れておらん。金はこやつらが渡す。では、あとはまかせた」

 父が答え、男たちを残して両親と妹は地下室の階段を上っていった。

「伯爵様の仰せだ。謝礼を」

 と、にやりとした男がナイフを鞘から抜き放つ。

「そんなこったろうと思ったさ」

 魔女は驚きもせず、ヒヒヒと笑い、次の瞬間、景色が変わった。




*****




「あなたもひどい目に遭ったものね」

 耳元で風が、ごうと鳴っている。

 気がつけば、私はうつぶせのまま、大きな鳥の背に乗っており、夜空を飛んでいた。傍らには、真紅のドレスを着て黒いマントをなびかせた、少したれ目で左側に泣きぼくろのある金髪碧眼のセクシー美人がいる。

 彼女は私に治癒魔法をかけていた。肩の火傷の痛みが引いていく。

「悪かったわ。番紋も元にもどして……」

「待って!」

 私は、がばりと起き上がった。

「火傷のあとは、そのままにして。王子様とは結婚なんてしたくないの!」

「おや、それはまたどうして。あなたの妹は、王妃になりたくて、自分の姉を傷つけ、殺そうとまでしたのに?」

 この世界では、王族それも直系男子だけが番紋を持って生まれてくる。その伴侶も。

 だから、子どもが生まれて番紋が浮き出ていた場合、国に届け出る決まりになっている。けれどもまれに、初潮を迎えてから出る者がいる。私はその数少ない一人だった。

 番紋が肩に浮き出たのは初めての生理の日。侍女からそれを聞いた両親は、私がまだ伴侶が見つかっていない王太子の番だと知って、地下室に閉じ込め、魔法使いを捜して妹に私と同じ番紋をつけて、私のものを焼き切ったのだ。

 でもこれって、あのクソな家族と縁を切るチャンスじゃない?

「顔も知らない人と結婚なんてしたくない。それに私は、自分で相手を選びたいの」

つがい』なんて本能的な繋がりじゃなく、自分の気に入った相手がいい。今世こそ、すてきな恋をしてみたい。

「キンブリックのルカス王太子は、こんな人だけど?」

 泣きぼくろ美人は魔法で鏡を出し、見せてくれた。

 そこに映っていたのは――金色の短髪を逆立てた、眉のない若い男。

(むかーしの、ヤンキーお兄ちゃんじゃない。ほんとに王子様?)

「……タイプじゃないわ」

 私の好みは黒髪のワイルド系なのだ。ぜってーヤダ。こんなやつ。

 ありがとう、妹よ。今までのイジワルは水に流してあげるから、幸せになってね♡

「しょうがないわね。番の相手と暮らすのが一番いいのよ? でも、姿を見ても何の反応もないなんて……」

 お姉さんがぶつぶつ言っている。

「父が私の番紋を焼いたので、縁が切れたのでしょう。妹に魔法で番紋をつけたのは、そういうことでは?」

「素人は、そう考えるわね」

 独りごとを言っていたお姉さんが、にやりと悪い顔をする。

「これは面白い現象ね。研究のしがいがあるわ。それはともかく、あなたは、これからどうするの? どうしたい? 殺されそうになったから、成り行きで連れてきてしまったけれど」

「そのへんで下ろして。何とか一人で暮らします。いざとなったら、酒場で飲み比べして、お金を巻き上げるから」

 特技なんてないけれど、お酒だけは強かったんだ、私。

 と言ったら、お姉さんがカエルでも飲み込んだような顔をした。

「お酒はダメよ。十六歳の成人になってから。それに十三歳の女の子を放り出すわけにはいかないわ」

 お姉さんは私の前に魔法で出した大きな姿見を置いた。

 そこには、ぼさぼさの銀色の髪に紫の瞳、ぼろを着たやせっぽちの女の子が映っていた。これが今の私らしい。確かにこれでは一人で暮らすなんて、無理だ。

「……あの親の所には帰りたくない」

「当然、『帰れ』なんて言わないわよ。巻き込んだ責任をとって、私が保護するわ!」

「どうして?」

 この人は、あの場にいなかった。

 私が訊くと、お姉さんはツルリと顔をなでた。すると地下室にいた老婆の顔になり、もう一度なでると元に戻った。

「私は隣国リーゼラの魔法使いなの。どこの国においても、にせの番紋を施すことは禁じられているはずなのに、闇の情報網でその魔法を使える者を募集していたことを知って、潜入したのよ。まさか自分の娘に火傷を負わせ、殺そうとするなんて思わなかったわ。キンブリックの王家にはもう、通報済みだから、あなたの両親と妹は王宮に入ると同時に、逮捕されているはずよ」

 偉そうだったけど、ただの小悪党だったわけだ……。

「……私、犯罪者の家族なのね」

 異世界で覚醒早々、詰んでるなあ、と思った。

「いいえ、あなたは被害者だわ。まずはうちに来て。身体を治しましょう」

 お姉さんはビアトリスと名乗り、隣国の第一王女で魔術師部隊の副官を務めていると自己紹介した。

「あなたの両親は番紋を焼き消せば、つながりもなくなると思ったみたいだけど、文様というのは目に見えるものであって、その本質は……」

 ビアトリス様は専門的な話をしていたけれど、そこで私は緊張の糸が切れたのか、気絶してしまった。




*****




 目が覚めて最初に見えたのは、豪奢な天蓋の布。

 私は立派な部屋のふかふかなベッドに横たわっていた。ベタだ。

「起きたのね。よかったわ。あんなにひどい栄養失調だと思わなかった。回復魔法をかけたけど、まずは食べることで体力をつけなくてはね」

 ビアトリス様はベージュのシンプルなドレスに着替えていた。そして、枕元のチェストにあった呼び鈴を鳴らし、メイドを呼ぶと、食事の支度を命じた。

 メイドと入れ替わるように長身の男性が入ってくる。シャツにベスト、トラウザースといったラフな格好で、砂色の髪に深緑の瞳をした三十代くらいのイケメンだ。

「ビー! 私の光。無事に帰ってきたんだね。どんなに心配したことか!」

「ジュリアス、あなた。魔術師の塔にいるはずじゃ……」

 驚いているビアトリス様を胸の中へ抱き込み、男性はキスをした。

 はい、お熱いところ、いただきましたー。

 前世、シャイな日本人だった私にはストレートな愛情表現をされると、目のやり場に困る。

 私は上掛けを被って、布団の中へもぐり込んだ。

 そして熱い抱擁とキスを何度か繰り返した二人は、やっとこちらを振り返った。

「この子かい? 君が保護したのは」

「そうなの。私の出した報告書は見た?」

「あー、それが、君が帰還したと聞いたので……」

 すぐに飛んできたらしい。

 そこでビアトリス様は、私の抱える事情を話した。

「それは……大変だったね、ユーリア。ウィンライト侯爵家は君を歓迎するよ。いつまでも滞在して欲しい」

 ビアトリス様の旦那さまは王家の血を引く侯爵で、魔術師を統括する師団長を務めているという。

「ベッドの上から失礼いたします。お世話になります」

 私は起き上がり、白い寝間着姿のまま土下座した。

「かしこまらなくてもいいよ。君はビーを邸に留まらせてくれた。彼女を独り占めできて、私にとっては好都合だからね」

 と、侯爵はウィンクした。

 私が連れて来られたのは、侯爵家のタウンハウスだった。潜入捜査という大仕事を終えたビアトリス様は、私の様子を見るついでに長期の休暇を取ったということだ。

 その日から、私はビアトリス様の手厚い看護を受け、一か月もすると日常生活を送れるようになった。

「ジュリアス様、ビアトリス様。たいへんお世話になりました。今日まで、ありがとうございました」

 夕食後、居間でくつろいでいた侯爵夫妻に頭を下げて礼を言った。

「身体のほうも良くなりましたので、孤児院なり何なり行きたいと思います」

「何を言うの。この子は……私が初めに言ったことを理解していなかったのね」

 ビアトリス様が右手を額に当てて呆れる。

「冗談じゃない。孤児院なんて行かせないぞ。養女にする手続きをしているところなのに」

 と、ジュリアス様。

「へ?」

 私は間の抜けた返事をした。

「私は保護する、と言ったはずよ? 身寄りのない未成年の女の子を身体が治ったからといって、放り出すわけないでしょう」

「ユーリア、君はここにいて、いいんだよ。いや、いなくちゃダメだ」

 私の両目から、どっと涙があふれた。

 両親から、いないものとして扱われ、番紋を妹に移したら、いらない子として殺されそうになった私には、優しすぎる言葉だった。

 えぐえぐと泣き出した私が落ち着くまで、二人は待っていてくれた。

「あり……がとうござい……ます」

 私は泣きながら笑った。

「でも、養女は辞退させてください。私の両親は犯罪者として裁かれる人たちですので。そのかわり……ご好意に甘えて、成人するまでこのお邸にいさせていただきます」

「んもう、頑固ねえ」

 ビアトリス様が溜め息をつく。

「子どもは、甘えてもいいのよ」

「そう……ですか。なら、読み書きを習いたいです」

 使用人と同じ食事が出され、食べることだけは出来ていた。けれども育児放棄されていた私、ユーリアは読み書きも礼儀作法も何も教えられていない。前世の記憶を思い出すまで、ユーリアは出された一日二回の食事を食べ、部屋の中を歩き回り、たまに来るメイドにお風呂に入れてもらって、暗くなったら、寝るというだけの生活をしていた。

「それに、成人して一人で生きていけるように何か仕事を覚えたいです」

「ユーリアは、しっかりしているね」

 ジュリアス様が呆れている。

 外見は十三歳でも、中身はアラサーの喪女ですから。

 話し合いの結果、勉強させてもらえて、見習いメイドとして雇ってもらえることになった。




*****




 読み書きに加えて、歴史や語学などの教養、そして何故かダンスと楽器の練習まで加わってカリキュラムが組まれ、午前中は家庭教師に教わっての勉強の時間となった。

 午後からは、メイドとしての研修。といっても、お茶の淹れ方を習って、ビアトリス様とティータイムだ。

 そのときは紺色の制服に、ふりふりの白いエプロンといった格好だったけど。

 侯爵邸で私が三か月過ごしているうち、ビアトリス様の妊娠が分かった。

「ユーリア! 君は幸運の女神だよ。うちに天使を運んでくれた!」

 ジュリアス様は大喜びだ。

 ビアトリス様はこれを機に仕事を辞めることになった。危険な案件に関わらなくなってジュリアス様は安心したようだ。

「仕事は辞めても、研究はできるものね。私のテーマは『番紋』だから、目の前に被験者もいることだし?」

 ビアトリス様が、ふふっと笑う。

 番紋に詳しいので、私の一件のとき潜入捜査をするのはビアトリス様しかいなかったのだという。

「被験者?」

 私が首をかしげる。

「そう。そのうち分かるわ」

 ビアトリス様が悪戯っぽく微笑んだ。

 面白がってるなあ。でも、何を?

 それが判明したのは、翌日の午後のことだ。




「あねうえー。子どもができたって? って、コレ、何だ?」

 長身、黒髪に青い瞳、ワイルド系の青年がいきなりドアを開けて入って来た。

 そのとき私はテラスで、ビアトリス様のためにお茶の用意をしていたのだけれど、全身の毛が逆立った。

「ぴゃっ?」

 ダダダッと、本能のまま脱兎のごとく庭の方へ逃げ出す。

「あははは、おもしろいな。コレ!」

 私は追ってきた青年にすぐに捕まって脇に抱えられ、じたばた暴れた。

「おーろーしーてー」

 彼は言うことを訊いてくれず、笑っている。

 どんぴしゃ好みのイケメンだけど、こういうとこは、やだな。

「姉上、コレ、なに?」

「人を物のように扱うんじゃありません」

 困った子ね、と言った副音声は『この駄犬が』と聞こえた。

「もうじき、うちの子になるユーリアよ。ほら、降ろして」

 ビアトリス様にうながされて、その青年は私から手を離した。

 床に足をつけて立った私は、いつでも逃げられるように身構える。

「ユーリア、おびえないで。この不作法男は、わたくしの弟・テオグリフ。この国の王太子です。このお行儀では、そうは見えないけど、王子としては優秀なのよ」

 と、ビアトリス様は溜め息をついた。

「ご無礼をお許しください」

 私は習ったばかりのカーテシーをして謝った。

 とりあえず、謝っとこう。って感じで、本心はそんなこと思ってない。この俺様王子とは関わりたくなかった。

 そう思う反面、もっとこの人に触れていたいと感じる自分に、困惑する。

 なんで?

 私は二人分のお茶を淹れ、そこから離れようと一礼してから、そっと後じさった。そして、ダダダッと駆け出したとたん、また捕獲される。

「放してください!」

 動く物を追う習性でもあるのか、この王子は!

 暴れても、今度は脇に抱えたまま降ろしてくれなかった。そのうち私はぐったりして、だらんと両手足を下げた。疲れる。

「おまえ、どうして逃げるんだ?」

 テオグリフ様が不思議そうに訊く。

「あなたみたいな乱暴者、怖がられているのよ」

 ティーカップを持ち上げ、優雅にお茶を飲みながら、ビアトリス様が言った。

「ふうん?」

 椅子を引いて座ったテオグリフ様は、私を自分の膝の上へ乗せる。

「やだ、降りる!」

 じたばたしても左腕でがっちり私のウエストを固めたテオグリフ様は、ケーキスタンドから、右手でチョコチップクッキーを取って私の口元へ差し出した。

「ほら、食べろ」

 うりうり、と唇につけられて、私は仕方なく口を開けて少しかじった。

 素朴な味がする。

「やっぱりおもしろいな、コレ。リスみたいだ」

 むぐむぐしている私を見て言った。

 失礼なやつ。これで本当に王族か?

「ごめんなさいねえ、ユーリア。この子ったら、そとづらはいいのよ?」

「当たり前だ。この口調になるのは、ここに来たときだけだ」

「それにしても、初対面なのに、ずいぶん気に入ったのね」

「まあな。俺のツガイだし。多分」

「なんですってえ!」

 ガチャン、とカップをソーサーに置いて、ビアトリス様が立ち上がった。

「早くそれを言いなさい!」

「今、気づいた」

「もう、あなたって子は」

 脱力して、ビアトリス様が再び椅子に腰を下ろす。

「ユーリアは、隣国キンブリックの王子のツガイだと思っていたわ。どうりで、国内を捜しても、あなたの相手が見つからなかったはずね」

「番紋の専門家の姉上にも、分からなかったのか?」

「あなたの番紋、子どものときに見たきりなの。今度、形を確かめさせてもらうわ」

 と、そこでビアトリス様が私に訊く。

「ユーリアは、この子を見て、何も感じなかったの?」

「はい、全然。なんにも」

 早く降ろしてくんないかなー、と思いながら答えた。

 クッキーを食べてしまうと、今度はプチタルトが口元へ差し出される。

 それも口を開けて、食べさせてもらう。

 ……餌付けされている気分だ。

「まあ、これは興味深いわね」

 うふふ、とビアトリス様が、黒い笑みを浮かべた。




 それから俺様王子は毎日、やってくる。捕獲されないよう、隠れるのだけど、すぐに見つかって膝の上に乗せられる。お菓子を口に入れられて、恥ずかしいんだけど、テオグリフ様は自然体だ。

「この五日間、いつもお茶の時間に来るけど、ヒマなの?」

 ビアトリス様が、にまにましながら訊く。

「側近のダンカンを振り切ってくる。なぜか、コレの顔を見ないと気が済まないんだ」

「コレなんて。我が弟ながら、恋愛に関しては、ポンコツね」

 頭痛がするのか、ビアトリス様がこめかみを右手でおさえている。

「この子の名前、知ってる?」

「いや。そういえば、ちゃんと訊いていなかったな」

 と、テオグリフ様。

 瞳をこちらに向けた。吸い込まれそうな深い青だ。

「おまえ、名は?」

「ユーリアと申します」

 カーテシーをしたかったけれど、腰をがっちり掴まれているので、膝の上に乗ったままの態勢で答えた。

「ユーリアか。いいな」

 と言いながら、王子さまはプチケーキを私の口に放り込む。

「テオ、明日のこの時間、あけておいてね。お客様をお招きしようと思うの」

「客? 俺も会うのか?」

「ええ、キンブリック王国のルカス王太子とそのお連れの方よ。非公式だから、そのつもりでね」

「わかった」

 俺様王子は、自分が満足するまで私に餌づけしてから帰っていった。

 私のお腹はお菓子でパンパンだ。

 夕食が入らないと思ったけど、

「ユーリアはやせすぎよ。もっとお食べなさい」

 と、ビアトリス様に言われ、

「食べやすく小さくしてもらおうか? 食べないと、大きくなれないぞ」

 ジュリアス様は、幼児にするような心配をする。

 二人は私に甘すぎるなあ、お屋敷の使用人のみんなも。

 ここでの居心地は良すぎて、メイドの仕事がなかなか覚えられないのが、今のところの私の悩みだった。




 そして翌日。

 私はビアトリス様の言いつけで、黒いフードつきマントを着込んで部屋のタペストリーの後ろに隠れていることになった。これを着ていると、誰にも見えないということだけど、念のため。これから起こることを見ていて、気づいたことをビアトリス様に報告するよう言いつけられている。

 私のいる部屋というのは、お屋敷の地下にある転移魔法陣がある場所だ。

 床に魔法陣が描いてあり、ビアトリス様とジュリアス様、テオグリフ様が魔法陣のそばに立ち、護衛が六人、壁際にいる。

 ジュリアス様が何か呪文を唱えると、魔法陣が光り、次の瞬間、三人の男性がそこに立っていた。二人は黒い騎士服を着ているので護衛のようだ。中央の白地に金の縫い取りがしてある礼装姿の若い男性が言葉を発した。

「リーゼラ王国の王太子殿下に、キンブリックの世継ぎ、ルカスがご挨拶申し上げます。また、侯爵夫妻には、以前にご助力いただき、ありがとうございました」

 さらりとした金髪に緑の瞳をした細マッチョの、いかにも王子様といった感じの人だ。

「キンブリックの王太子どのには、こちらの申し出に快く応じていただき、感謝いたします。それで、例の人物は、どこに?」

 テオグリフ様が普段と違って真面目に受け答えしている。

「わずらわしいので、あとにいたしました」

 と、ルカス王子が護衛と共に、魔法陣から出た。

「さて、堅苦しい挨拶は終わりにして、幼馴染として、話そうでなないか」

 テオグリフ様が言うと、ルカス王子がふにゃりと顔をゆるませた。

「ほーんと、困ってたんだよね。番だって、にせの番紋を入れ墨したり、はては魔法でつけたりした女に言い寄られて。ビアトリス様に教えてもらった変装術で顔を変えても、妃の座が欲しい女が押しかけてきてさ」

「俺んとこは、ひと睨みで退散したが?」

「テオと違って、僕はそんなことできないし」

「次を呼びますよ」

 ジュリアス様に言われると、ルカス王子は顔をつるりと撫でた。すると、ヤンキーお兄さんになる。

 そうか、あの姿はビアトリス様に教わった魔法なのね。

 納得して見ていた私の前に、魔法陣が光ったと思ったら、そこには女性騎士二人に連れられた妹のシルフィーヌがいた。手かせはつけられていたけれど、白いドレス姿で元気そうだ。

「まあ」

 と、妹がテオグリフ様を見て目を輝かせる。

「私のツガイは、キンブリックではなく、ここにいたのね!」

 いきなり走り出し、テオグリフ様に駆け寄った。一瞬で王子と見定めたのは、すごいな。

「王子様、お名前は何とおっしゃるの?」

 うるうるとした瞳で見上げ、庇護欲そそられる様子を見せている。

 ヤメテ。

 私の中で、それまで感じたことのない激情が湧き上がって、渦を巻いた。

 ソレハ、ワタシノモノ!

 テオグリフ様が、シルフィーヌの身体に触ろうとしたとき、ばしりと二人の間に稲妻が走った。

 私がやったの?

 指先をぼう然と見つめたテオグリフ様が、くるりとこちらを向いて、大股でやってくる。

「待って!」

 追いすがろうとした妹は、女性騎士に止められた。

 ずんずんとやってきたテオグリフ様は、タペストリーをはねのけ、私を抱きしめた。

「嫉妬してくれたんだな。うれしいよ」

 激甘の表情で、ぎゅうぎゅうに私を抱いている。

 私も、このときは逃げようとは思わなかった。腕の中にいて、うれしいと感じる自分がいる。

「ちょっと! そこには、何にもいないわよ!」

 妹が叫ぶ。

「いるさ。俺の最愛が」

 と、テオグリフ様は私のかぶっていたフードをはねのけた。

「ユーリア! なんで、あんたがこんなとこにいるのよ!」

 わめく妹に、テオグリフ様が言った。

「おまえは、臭いんだよ。にせの番紋をつけているんだろうが、それでちょっとは惑わされる。しかし、ごみ溜めの臭いがする。ユーリアは、なんとも言えない良い香りだ。番紋が消されていてもな」

「なんですってェ」

 シルフィーヌが悪態をつき始めた。

「あんなに高いお金を出して、痛い思いもしたのに! クソだわ。あの魔術師、詐欺だったのね!」

 その魔術師本人が、目の前にいるんですけど。

「なるほど。匂いね」

 ふむふむ、と一方で、ビアトリス様は考え込んでいる。

「いいなー。テオは伴侶が見つかったんだね」

 と、ルカス王子がうらやましそうだ。

「しかし未成年の十三歳。結婚はまだ、ですよ」

 ジュリアス様が冷静に言って、私とテオグリフ様を引き離した。




 この大騒ぎの結果、妹は故国に戻され、平民として両親と共に労働刑に処せられたそうだ。

 ビアトリス様は番紋についての論文を発表し、魔術師の間ではなかなか良い評判をとった。

 ルカス王子はそのあと、しばらく王宮に滞在して国王夫妻とテオグリフ様と旧交を温めていたのだけど、「いい匂いがする」と言って、ふらりと西の辺境に旅立ち、そこの辺境伯のところの三番目のお姫様がつい先日、番紋が現れたということで、伴侶が見つかったものの、相手は十二歳。転移魔法で、しばらく通って互いを知ることにつとめ、十六歳になったら、お嫁にもらうことに決まった。

 そして私も、正式にテオグリフ様の伴侶として認められ、国王夫妻と謁見することになった。

 王宮の一室で、王様と王妃様、テオグリフ様とビアトリス様、ジュリアス様という面々が集まり、私は国王夫妻にお会いした。

 王様は金髪碧眼の色気のあるイケオジ。王妃様は黒髪青い瞳のりりしい女性だった。ビアトリス様は父親に、テオグリフ様は母親に似たようだ。

「これは何とも、かわいい子が伴侶となったものだな!」

 お会いしたとたん、王様が声を上げた。

「着飾らせるのが、楽しみだこと」

 王妃様も、にこにこしている。

「お母さま、着せ替え人形じゃありませんのよ。うちの子ですから、あげません」

 と、ビアトリス様。

「あら、ユーリアは王宮で暮らすのではなくて?」

 王妃様は不満げだ。

「オオカミが一匹いる、王宮にやることはできませんわ。番紋に回復魔法をかけるのも、婚礼の夜にいたします。結婚まで、接近禁止よ」

「そんな! ユーリアを愛でることができないのか」

 テオグリフ様がみるみる落ち込んだ。

「三年の我慢だな」

 王様が気の毒そうに、言った。

 ということで、私は侯爵家の養女となり、王太子妃教育を受けるため、王宮へ通うことになった。テオグリフ様があまりにもごねるので、接近禁止はなくなり、一日一回のお茶会で、給餌行動はビアトリス様から許可された。

 遠くにテオグリフ様を見ると、ぴゃっと反射的に身体が逃げてしまうのは相変わらずだけど、それは恥ずかしいから。

 すぐに捕まって、膝の上に乗せられ、いちゃいちゃしていると、周囲は生暖かい目で見ているんだけどね。












読んでくださり、ありがとうございました。


2024年2月4日、日間総合ランキング8位、異世界恋愛短編5位、ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。 [気になる点] 元家族への罰が軽く感じました。偽の番紋で偽ったことだけなら相応の罰になるのかもしれませんけど、隣国の王太子に対する不敬も加算しての罰だとしたらちょっと。。…
[一言]  餌付け…。  胃袋を掴むのは大事ですね。
[一言] 仕事ができて虐げられている者に優しい侯爵夫人かっこいい!
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