第五話:封を解く
目覚めるとそこは、何から何まで白色が囲む部屋だった。
アルコールの香りがする、どうやら保健室のようだ。
布団に包まれた上体を、ゆっくり起こす。
「お? おはよう蔵部。割と早いお目覚めだな」
声がした方を見ると、ソファーに座った坂井がいた。
「坂井……? あれ、僕はなんでここに」
「ああ、岩井先生が保健室から出てきたところに偶然会ってさ。玄関で倒れてたんだとよ」
「そう、なんだ。あ、確かにそうかも」
そうだ、何かに叩きつけられた感覚は倒れたからか。
それに、誰かに囁かれた記憶もある。
だけど、脳裏にすごくモヤついた感覚が纏わりついて、ハッキリと思い出せない。
「にしても、まだお前クラスから空気みたいな扱い受けてんのか? アハハ!」
「……」
「ハハ、いや悪かったって。そんな睨むなよ」
「睨んでいるつもりはないんだけれどね……」
空気であることは、否定しない。けれど、君はなぜ僕と何気なく接することができるのか。
その疑問を抱いて、眉間にシワが寄ってしまっていたようだ。
それなのに……なんだかそんな疑問を、口に出して聞く気になれなかった。
「あ、あれ……柳原は?」
ふと気付いた。二人は、帰りがいつも一緒だから。
「ああ、先にせーちゃんを迎えに行った。俺は俺で、岩井先生にお前の様子を見てもらうように頼まれたから」
「ごめん、僕のせいで」
「気にすんなって! ああ、そういやお前らの組練習してたよな? アニソンの……なんだっけ、あの話題になってるオープニングだかなんかのダンス。割とできが良かったぞ」
坂井が立ち上がって、鼻歌をしながら例のアイドルのダンスのそれっぽい振り向けをする。よくわからないけど、やはりダンスをする彼の動きにはキレがある。
「あ、その練習、まだやってる?」
「〜♪ お? そんなもん、お前が寝てる間に終わったわ。今17時半だぞ? もうダンス部の奴らが、絶賛活動中」
ベットから見える、ドアの上の壁掛け時計を見ると17時半を軽く過ぎていた。
「……ホントだ」
坪谷と別れて、もうそんなに経ってたんだ……。
「ま、お前の体調が良くなったら帰ろうぜ。せーちゃんとナナを、待たせちまってるしな」
「それなら、僕が目覚めるのなんて待たずに帰ればよかったのに」
「だーかーら、そういうわけにもいかねえだろ。この学校で、俺以外に岩崎先生とナナくらいしかクラベの知り合いなんて居ねーし。お前の両親も、仕事中で連絡取れねーし」
うちの親に連絡していたのか。
「そうだったんだね」
「おま、そうだったって、いや自分の息子だろ!? 親ってこういう時すぐ反応するもんじゃねえの?!」
「まあ、あまり突っ込まないで欲しいかな……」
家のことは、あまり他人に話したくはない。そんなところで、他人に無駄に気を使わせる必要はないんだし。
被っている布団を剥いで、靴を履く。
「お前……ったく。お、もう立てるのか?」
「うん」
立ち上がると、ちょっとしためまいが生まれ、近くの壁に突っ込むようにより掛かった。
「……とと」
「おい、大丈夫かよ?」
「大丈夫。多分、軽い貧血みたいなやつ」
「貧血?」
「まあ、ホント一時的なモノ。大丈夫だよ、すぐに歩けるから」
昔から、よくふらつく。
理由は不明で、貧血ではないとのこと。
だけど、結局原因が分かっていないので説明できない。
だから、貧血と言うことにしてある。
口をむっとした坂井が、呆れた目でこちらを見て頷くと、出入り口のドアへ向かっていく。
「……ん、とりあえず岩井先生にお前のこと伝えとくからな」
「ああ、ありがとう」
「あ、もし早く玄関着いたら待っててくれよ。ニシヤ駅までは、俺等同じだろ?」
「まあ、そうだね」
「じゃ、そゆ事で先に行くな」
「うん」
扉を開けっ放しにし、彼が走って出ていった。
足元のふらつきが治る。
開けっ放しの扉から、僕も保健室から出る。
扉を閉めて、玄関に向けて歩き出す。
(……ハハ)
「また……笑い声が?」
頭の痛みが再び走るが、首を横に振り、玄関へと歩く。
(ハハハハハハ……)
脳裏で、笑い声が聞こえてくる。
(アハハハハハ……)
歩く度に、その笑い声が徐々にハッキリと聞こえるようになる。
向かう先に、玄関に何かがいる。
人型の黒いモヤが、そこに居た。
屋上の黒いモヤと、全く同じだ。
笑いが止まる。
『……』
“ソレ”は、こちらを見ているようだ。いや、睨みつけているのか。
「……」
僕は、“キミ”に何かをしたから、怒っているのだろう。
僕は、“キミ”が何に対して怒っているのか分からない。
僕は、“キミ”を何も知らない。
だから、僕は“キミ”を知るために調べることにする。
“キミ”を知ってから、再びまた会おう。
「その時まで、待ってて」
『……』
「……!」
そのモヤとすれ違う時、何かを喋った。
その言葉は、ハッキリとは聞こえなかった。
後ろを振り向くと、既に何も居なかった。
しかし、“キミ”が持つ感情が、凄まじい重圧感を僕に残していった。
それは、良いものではないと、この場の空気を震わせるくぐもった声色から、伝わってきた。
「“キミ”は、一体どんな思いで此処に……」
「おーい、待たせたな!」
「……あ、坂井」
玄関近くの階段から、坂井が走ってくる。
「って、どうしたその顔? まだ体調悪いのか?」
「ううん、体調は大丈夫。僕のことより、柳原と聖菜ちゃんだよ。待ってるんでしょ? 早く行こう」
「おう? おう」
戸惑う彼より先に、下駄箱から歩き出す。
僕も急いで帰って、調べなきゃならない。自分の事を調べたいけど、先にこの件を調べ上げて、“キミ”をどうにかしなければ。
僕に、今何ができるのか、分からないけれど。
□
坂井と一緒に帰った後、自分の部屋に着いてすぐパソコンを立ち上げた。
それは、十年前くらいの古いパソコンだ。ロードがゆっくり進んでいく。
しばらくして、ホーム画面が出てくる。YGメールが大きく出てくる。
三件のメール通知だ。
一番上に、坂井からのメールがあった。
『坂井 18:37 To.自分 よお、メール見てるか? 無事帰れたか連絡くれや つか、お前もそろそろスマホ持ちなよ』
帰ってきて早々のだる絡みだ。
『無事帰れたよ それとスマホは持たない、余計なお世話だ』っと。
彼に返信をしたあと、坪谷からもらったメールを見る。
前文に詩が書かれていた。
想いは影と沈みゆく
言葉は歌で絡みつく
絡む歌は想いと共に
動かぬ身体に赤が滲む
赤は寒さで青く染まり
青は熱で黒く穢れゆく
黒は影となり身体を覆う
死体は影に飲まれる
影に潜む死体は歌い続ける
骸は影と踊る
影は言葉と踊る
言葉は想いと踊る
想いは骸と影と絡み合う
死体の言葉は絡みつき
闇と骸が混ざり合う
骸の秘密は歌の中
言葉は死体の中に眠る
……なんだこれは。
とりあえず下にスクロールすると文が出てきた。
『亜桜高校にて隠蔽された事件について 西宮 大輔』と、『悪霊と暗化による霊魂の汚染度、並びに対策法について』という題だった。
「にしのみや、だいすけ……」
電流が走るような痛みが頭を襲う。
「っ、こんな痛みに構ってられない」
(お前はその苦しみを、自分勝手に知ろうとしている。その図々しさを理解しろよ)
坪谷の言葉が、蘇って聞こえてきた。
「図々しいかもしれない。けれど、この苦しみは僕だって知る必要がある、はずなんだ」
だから、まずは“キミ”について知ることにしよう。
西宮大輔という名前が書かれた題をダブルクリックした瞬間、黒いモヤが画面から溢れ出てくる。
「え、壊れた……?」
マウスを動かしても、カーソルが動かない。
黒いモヤが、溢れ続けている。
黒いモヤが、部屋の床を覆い尽くしていく。
(何がどうなって……)
そのモヤを出す画面から、静かに手が伸びてくる。
ゆっくりと、僕の頭に近づいて、そして――――
「え」
…………
……




