第四話︰暗闇の真相を求めて
「はぁ、はぁ、っああ! 無駄に疲れた……。何とか、封じ込められたけどよ。くっそ、最っ悪だ! く……!」
「……」
歯を食いしばりながら、僕を睨むなり唸る。
脳裏に浮かぶ、黒い影。暗化とは、一体何なのだろうか。
「坪谷、あの――」
「さっきのこと、無かったことにしろ」
坪谷は、僕の言葉を遮るようにそう言い放った。
彼の瞳は、一層鋭くなっていた。
「……どうして?」
「どうしたもこうしたもねえよ!」
大きな声を、坪谷は僕に浴びせる。
そんな彼の目を、僕はみつめる。
「なんで?」
「おま……ふざてんのか!! チッ! そうなんだな、きっと! 俺が調べていた不確かな事件が、今確かになっちまったのは、きっとお前のせいだ……。お前のそがグイグイ首突っ込んでくるせいで! 異変が悪化してんだよ!! お前がまたこの事に更に首突っ込んだら、もっと最悪なことになるかもしれねえんだよ!! いいな、忘れろ!!」
僕の胸倉を、坪谷は勢いよく掴む、
坪谷の荒げた声が、廊下に響く。
彼の感情は、何となく分かる。
焦り? 怒り? それを僕に向けているのだろう。
そんな感情を向けられる理由がよくわからない。
けれど、何故かこの事態から離れないような気がした。
頭がかち割れるような痛みが、完全に剥がれるように取れても、朝の違和感は消えてくれない。
僕の内側から、何かが求めてる気がした。
だから――。
「関わったら不味いのは、何となく分かってる。けど、ゴメン。どうしても、僕はこのことを知らなくちゃいけない感じがして……」
「お前、話聞いてッ――」
「お願い、知ってることを教えて」
「……」
坪谷はじっと僕の目を睨み続ける。
「クソ野郎」
絞り出すように坪谷がそう言うと、舌打ちとともに僕を突き放し、両手を腰に当て下を向きながら深いため息を吐く。
彼は、あんかがどうとか、たましいがどうとか、ブツブツ頭を抱えながら独り言を続ける。
「もし、こいつはアイツが言ってた奴だとしたら……」
こいつあいつとよく分からないことを言っている。
それから少しして、彼は顔を上げ頭の後ろをガシガシとかくと僕を睨みつけ、ズボンのポケットからスマホを取り出した。
「……ん、データ送るから、スマホよこせ」
「あ……ごめん。その、自分スマホ無くて……」
「スマホがないねえ……え。 は? はあ?! お、お前冗談だろ!? 田舎のジジイでも持つ時代だぞ……」
彼の細い目が見開く。
そう、自分はスマホを持っていない。持っていたとしても自室の古いパソコンだけだった。
両親は、僕に携帯電話のようなものを渡したことが無い。
きっとあの二人も、僕のことが認識できないのかもしれない。
……いや。そんな事考えてる場合じゃないや。
「ゴメン、そのスマホの代わりに、そのパソコンのYGメールのメアド教えるから……」
「だあ゛……なんか調子狂うな……。ん、宛先ここに入力してくれ」
彼からスマホを渡され、指差された箇所に入力していく。
打ち込み方、あまりわからないな。
一つのキーに連打しながら言葉を変換させて入力している最中、適当なところを押したらパソコンのキーボードみたいなものに変わった。
少し運が良い、そのまま入力しよう。
「……おい、どれくらいかかるんだ?」
「ごめん、入力ぜんぜんなれなくて……はい」
結局、入力に二分くらいかかってしまった。
「やっとか、ここに送りゃ良いな? ……なんかキーボード仕様になってるし。ん。送っといたぞ」
「うん、ありがとう」
「じゃ、俺とのこの件は無かったことにな。あと、俺は金輪際、この件に関わらないから。くらべ、だっけ? ここまで突っ込んできたんだ、お前一人で後はなんとかしろよ」
「……君はどうしてこの事件のことを」
「仕事、俺の本職の関係。それ以上は教えらんねえわ。そんじゃな、俺はこのまま帰るわ」
早々と帰ろうとする坪谷を、僕はあることを思い出して腕を掴み引き止める。
「あ? なんだよ、他にあんのか?」
「あ、あのダンス練習は?」
「ああ、そんなんあったな。俺等二人共犯者だな。こりゃ後でお互い冷たい目で見られるなー! ヒッヒッヒ!」
彼の引き笑いに対しての反応、どうすれば良いのか。
とにかく、彼にもう一度聞く。
「え、えっと、それでもまだ、みんなやってるし」
「んなもん、知ったこっちゃねえ。俺は馬鹿だからよ、みんなで協力したり、桜竜祭とか楽しんでる場合じゃねえの」
そう言って、彼は分厚い赤い本をちらつかせる。
そこには、有名な東京の難関校の名前が書いてあった。
「それに、一人欠けようがアイツラは楽しんでいる。それでいいんだよ、それで」
「あの……坪谷は、なんでみんなとワザと距離を置くの?」
疑問だった、この人はみんなと仲良く集まることが好きじゃないのかと。
そこまで勉強する理由ってなんなのか。
彼の瞳から感じる、曇りがかったような違和感は、何なのか。
「お前、ホンット他人の事情にズカズカと……。はあ、理由なんて言うわけねえだろ。お前に言ったって、ナンの意味もねえ。ほら、腕放せよ」
「あ」
彼は僕の手を強く振り解くと、そそくさと下駄箱へと向かっていく。
「……暗化、堕ちた者の末路。自分の暗闇に堕ち、誰からも忘れられたやつが抱く苦しみを知らずに、お前はどういう方法で干渉したか知らねえが、そいつの心に土足で踏み込んだんだ。そのせいで、そいつが今さっき暴走したんだ。それなのに、お前はその苦しみを、自分勝手に知ろうとしている」
「あの、あんかどういう事がわからないけど……やっぱり怒ってる?」
坪谷は再び舌打ちを打ってこちらを睨みつける
「当たり前だろ。この件、お前がどうしたいのか分からねえけど、更に悪化させたらマジで許さねえからな」
坪谷は、僕に強い敵意の眼差しを向けた後、玄関の門をくぐっていった。
「坪谷。彼が言っていた、暗化ってなんだろう。それに、堕ちた者とか、忘れられるとか。一体なんで、そんなことを……」
分からないことだらけで、全く頭が追いつかない。……まあいいや。兎にも角にも、今日は早く帰って情報の整理を――。
「あ、あれ」
視界が揺さぶられる。見ていた物の残像が残る。
身体が、動かない。
まぶたが重い。
「ま、また。不味――」
ああ、意識が、なんだか、とっても、眠、い。
(バタンッ)
腕、と、あ、頭、が、痛――。
……。
…………。
………………………。
□
――音が、聞こえる。
水の中のような、くぐもった音が、太鼓を叩くように響いてくる。
次第に、そのくぐもりが無くなっていく。
『あ、久しぶり! ん? や、初めましてが正しいかな? にしても君、やっと此処に来たんだ』
心音だ。心音がドド、ドド、と太鼓のように鼓膜を叩いてくる。
『君が覚えていない、あの日以来だ』
心音が、響く。
『君はきっとこれから、暗闇の底へどんどん堕ちていく。深い、もっと深いところで眠る、君自身に向かって』
心音が、響く。
『そして、君はきっと目覚めてしまう』
心音が、遅くなっていく。
『底しれず欲するその本能と、食らうことに満たされる感覚に』
『けれど、君の心の奥に眠る慈愛が同時に溢れ出してくるんだ』
心音が、くぐもっていく。
『そして、彼らが苦痛で嘆きながら、吐き出すように詠う彼らのを存在を、君は跡形もなく消し去り、喰らい尽くしていく』
『でも、それが君にとって切なくて苦しくてどうしょうもなく君の心を締め付けてくるんだ』
心音が、弱まっていく。
『最後、君自身は染まる。彼らの抱いた黒色と、自分の奥側にある白色と、混ざり合って』
心音が、消えかかっていく。
『君は、何色になっていくのだろう?』
やがて、聴覚が閉塞感に覆われていって。
『私は、綺麗な灰色になった君に会いたいな。……じゃあね、今度は直接会えるその時に』
心音が消え、僕はまぶたを開いた。
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