第零話:分岐点
「……。これ、は」
黒い影に覆われた青い球体を、一人の男が見つめている。
「どうしたのさ。ああ、今回はホントひどいことになってるねぇ? 世界が、殆ど真っ黒だ。何度も何度も、誰かさんがやり直しを行った、その返しが今来てるのかねえ」
その様子を見た女は、不敵な笑みを見せ男にそう声を掛ける。
「私は……」
「いい加減にしな!」
言い出そうとする男に、女は怒り始める。
「どれだけその大規模な試行を繰り返しても、ヒトは完全な無償の愛には目覚められない! ろうそくの火がモノで覆いかぶさられて消えるように、“限りある自我”によって、愛は“生命の渇望”に飲み込まれてしまうんだよ! それでも、アンタは!」
「私は、それでもあの時、私の心を照らしてくれた、灯火を。その小さな灯火が照らしたその可能性を、信じているんだ」
怒りを顕にする女に対し、男は言葉を絞り出すようにそう答える。
「……はあ。“神様”がここまで愛に固執するとはね。けれどもう、保たないよ。またリセットす、る……。っ!?」
その女は目を疑った。青い球体のその黒いモヤが一瞬にして消えたのだ。いや、消されたのだ。何者かによって。
黒い曇りが晴れたそこは、中心地がくっきりと見えていた。
そこは、列をなした島国だ。
「なあ、アンタ、これは」
「私は、取り返しのつかないモノを生み出してしまったようだ。……遥か昔の私と、瓜二つの存在を」
女の質問に、男は拳を握りしめそう答える。
「……どうすんだい、これ。このままだと全てが消えちまうんじゃ」
「私が、人間となって生まれる」
「ってはぁ!? あ、ああんた正気かい?! 自分が何しようとしてるか分かってるのかい!? 世界を管理する者が居なくなったら、この星は」
「私以外にも管理者はいる」
そうして男が指を指したのは、彼女だった。
「……はあああっ。冗談じゃねえ」
「君が、管理をして欲しい。頼む」
舌打ちをする女に、男はその白い瞳で真剣な眼差しを向ける。
「つーか! 仮に! アンタが地上に狩出したとして、上手くいく保証なんて無いだろ!」
「だとしても、私が責務を最後まで全うしなければならない。“彼”が本当の“破壊”に蝕まれたら、私以外では止めることは無理に等しい。頼む、最初で最後の願いだ」
頭を下げる男を見たその女は、頭を限り大きなため息を吐くと、その青い球体に手をかざす。
「……時間座標は頑張っても、人間で言う50年後だ。それより早くは無理だ」
「ああ、構わない。アルファ、ありがとう」
「ホント、あんたって奴は……。まあいい、準備に時間がかかる。ほら、そこに例の装置用意したよ」
装置が、何も無いところから音を立てずに現れる。
それは、棺桶に似たカプセル状の物だった。
「入ったら体質変化の作用で意識が昏睡状態になる。……まあ、最後の別れだ。あんた、何か言いたいことは?」
「アルファ、銀河に住まう全ての人類、君達が在ることに一条の煌めきを、希望の光あれ」
「……相変わらずだね、安心したよ色々と。無事に、使命を果たしてくれよ、創造主」
装置の蓋が、男が近づくと自動で開いていく。
「ああ、必ず。ではおやすみ、そしてさようなら」
「さようなら、愛すべき愚かな主様」
装置が光り始めると、装置全体が粉のような光の粒子となって宙に浮き、静かに音を立てず消えて行った。
「……あの方のお陰で、まず時空の分岐が多数生まれたってことになるな。もう一つの可能性、パラレルワールド。そのいくつかある内の一つだけでも、この星に残せれば……。あるいは、アタシがアタシとしての役割を果たし、この世界に助け舟を出すか。……ふう、いずれにせよ」
女は頷き、男が残した球体に目を向け、その列島国に手を伸ばした。
『「信じてみよう、小さな光を」』




